第3話 タカモトコレクションと深夜の来訪者 その1

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 タカモトコーポレーションはこの帝都でもずいぶん名の通った輸入販売会社である。


 個人事業なので、規模的にはそれほど大きな会社ではない。社長兼ブローカーでもある高元泰久たかもと やすひさが業務一切を取り仕切っている。扱っているのはクラシックカーを中心とした車両全般だ。社長の高元が辣腕をふるい、車輪さえついていればマリーアントワネットの乳母車から最新型の機動装甲車までなんでも取り寄せるという。


 車はタカモト――それが世間一般の輸入販売会社、タカモトコーポレーションに対する認識である。


 そんなタカモトコーポレーションが美術品を扱いはじめたのは今から八年ほど前になるだろうか。


 こちらの方はとくに喧伝しているわけでもなく、顧客もごく一部の人間に限られていた。車関連の商売が表の顔だとすれば美術品は裏の顔だ。


 本来は畑違いの美術品であったが、しかし高元は依頼があればなんでも取り寄せた。巨匠とよばれる画家の描いた絵や、美術館から持ち出され行方不明になっていた装飾品、それどころか美術館に所蔵しているはずの品までも……。


 ブローカーはときに犯罪まがいの取引を行ったりするなどという話を聞くが、これはもうまぎれもなく立派な犯罪である。

 しかし不思議と発覚はしなかった。

 なぜなら買い手も当然そういう品だということをわかって買いにきているからである。その上、買い手がみな社会的地位の高い人物たちであり、捜査の手が届きにくく、捜査自体に圧力をかけることができるとなれば、もはやそこに犯罪などという事柄は成立しない。


 モノがモノだけに美術品売買にともなって動く金の額も通常の市場より二桁は多かった。

 今では表の顔である車両関連のほうが片手間でやっているような状況である。 



 ――だからあたしがちょっとくらい持ってっちゃってもいいじゃない。

 というのが彼女――萩原琴美はぎわら ことみの言い分だった。



 夜――。

 静まり返った高元の屋敷のなか。

 いいかげん歩きつかれた琴美は廊下の小さな明り取りの窓から外を眺めて小さくつぶやいた。


「どうして金持ちってのは無駄に大きな家に住みたがるのかしら?」


 曇っているのだろう。視線を走らせた空には月や星を覆い隠すように圧倒的な闇が広がっている。見えるものといえば眼下の広い庭をところどころ照らしている街灯のささやかな光と、奥に見えるこの屋敷の本館である洋風の建物ぐらいだ。


 琴美は廊下に目を移すと頭の上にずらしていた黒いメガネをかけなおした。薄ぼんやりとしていた常夜灯の明かりがひどく明るく見える。暗視ゴーグルだ。

 ゆったりとしたモスグリーンのアーミールックに身を包んだ琴美は探索を再開した。

 一応本人はあたりに気を配っているつもりなのだが、髪をなびかせ、堂々と廊下の真ん中を歩く様はとても侵入者の自覚があるとは思えない。


 狙いはもちろん高元が所有している美術品だ。



 美術品には魔力がある。


 金の成る木――。

 それが高元の美術品に対する意識であった。にこやかに取引をしながら腹の中ではこんな道楽で作ったようなもののどこがいいのだ、などと思っていたらしい。


 たしかに世の中、本当に芸術というものを理解して、収集している人間は少ないだろう。

 しかし、美術品の扱いが増えるにつれ、そんな高元の心境に変化が現れはじめた。

〝金持ちのバカモノ〟にはちょうどいいとまで言っていた美術品を、その高元自らが集め始めたのだ。もっとも彼が突然芸術というものに目覚めたということではもちろんなく、世界に一つしかないものを手元に置いておきたいという独占欲から来ていることらしい。

 自分では気がついていないようだが、彼もまた立派な〝金持ちのバカモノ〟になってしまったのである。


 動機はどうあれ高元は美術品収集をはじめた。

 年をとってから罹った病は重いという。

 高元の集める品は絵画や彫刻などの美術品から陶芸や刀剣、古美術、骨董の類まで美術品と呼ばれる物は手当り次第に手を伸ばした。


 元々価値などわかっていないのである。

 コレクションのなかには他の人間から見ればガラクタ同然のものも多く含まれていたが、ごく一部のコレクターには垂涎の品が多数含まれているのも事実であった。


 これがその筋では有名なタカモトコレクションなのである。

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