第36話

 苦戦する中央バジリスクを囲む歩兵精鋭隊。

 突いても斬っても叩いても、その黒曜石のような黒い鱗に弾かれてしまう。

 

 千もいた精鋭たちは、今や三分の一となっていた。

 弱点を探りながら、あらゆる場所に、とにかく槍を打ち付けている。


 しかし、特に目立った弱点などなかった。

 酸が飛び散り、火傷しながらも、精鋭たちは奮戦している。


 その中の一人、首にペンダントを下げた兵士が、隣の兵士に耳打ちした。

 すると、耳打ちされた兵士が声上げる。


「鱗の継ぎ目だ! その一点に集中して刃を突けぇええ!」


 そうは言っても暴れ回り、動くバジリスクの鱗の継ぎ目など、中々捉えられるものでは無い。


 それでも、懸命に兵士たちは自分の見える範囲の中の継ぎ目を攻撃していく。

 薙ぎ払われ、焼け爛れ、突き上げられながら……。


 そして、落ちた。

 鱗が一つ剥がれたのである。


 そこへ、槍を突き立てていく。

 バジリスクは暴れ回る。

 痛みを感じたのだろう。


「見たか! 繰り返すぞ!! 鱗の継ぎ目を狙えぇええ!!」


 精鋭兵士の言葉に、周りも鬨の声。


 一方では。


 息も絶え絶えに、片膝をつき、大量の汗を垂らすエクエスの姿があった。 

 数刻、ナーガと剣を交えていた。


「そろそろ、限界かしらね?」


 エクエスは、オールバックだった髪も乱れ、身体には細かいかすり傷が無数にあった。

 息をと整え立ちあがる。


「……そろそろ、決着をつけようか。殿下の計画に支障が出るのでな」


 それを聞いたナーガは、高笑いした。


「決着? 計画? 今にも死にかけているお前が何を言う。あたしの魔法も、槍も何とか防げる程度のくせして」

「ナーガ、と言ったな。確かにお前は強い。私が今まで戦って来たどの相手よりも……だが、お前は私には勝てん」

「あらあら、おじさん強がちゃって、負け惜しみ?」

「戦場において負けとは即ち死。さすれば、あの世で先に逝った部下に頭を下げねばならん。だが、それは今ではない。我が生涯を賭けてお使いする殿下が、今この時、お前らの頭目を討ち果たす。そして、何れは魔王すらも……私が死ぬのはそれを見た後だ!」

「……くそじじぃが……サキュバス様を倒すだと? ましてや、我らが絶対たる主まで愚弄するとは……」 


 ナーガは、構えた。

 エクエスも構える。

 次の一撃。

 それが決着の時。

 表情がそれを物語っている。


 一つ飛び込めば、刃の届く距離。

 二人の対峙した空間は、すぐ側の激しい戦の音が遠くに聞こえる程に、極限の集中化にあった。


 ナーガの肩が動く。

 その微かな動きに合わせ、エクエスも動いた。

 両者飛び込み――。


――一閃。


 交錯し、互いが居た位置へ背中合わせになる。

 刹那。

 そうした時間だった。

 そこは、時が一瞬止まったかのように凪となっている。


 時間が動き出した。


「――がはっ!」


 声を上げて崩れ落ちるエクエス。

 肩と首の間、鎧が弾け飛んだのか、抉れている。


 ナーガが持つトライデントの先から、エクエスのものだろう血が滴り落ちている。

 両者、向き直らず声を発しない。


 特にナーガに動きがない。

 やがて、ずるり……。


 人を模した体に斜め線。

 

 その線から上が地に向ってずれていく。


「……な、ぜ……?」


 ようやく声を発したナーガ。

 それが彼女? この魔物の最後の言葉となった。


 交錯の瞬間、ナーガは全身全霊を込めた、不可避の一槍を繰り出していた。

 体力が削られ、それまでの攻防でも防御一辺倒だったエクエスに避けられるものでは無い攻撃。

 それをエクエスは避けた。

 

 エクエス最大の秘技。

 日に数度と使えない奥義。

 肉体最強化。五感超強化。

 

 その合わせ技からの一刀。

 それをもってナーガを切り裂いたのだ。

 

 そうはいっても、重傷を負った。

 これが、人間と魔物の身体的差だろう。

 完勝とはいかなかった。


「……お前たちは人を舐めすぎだ。だから、邪龍ウロボロスも打ち倒されたのだ……殿下、後はお頼み申し……」


 抉れた肩から血しぶきを上げ、エクエスは血に伏した。



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