IF:Ark's Tale

星部かふぇ

IFの開始点

第1話 商品となった僕ら

「本日の目玉商品はこちらです!」


 近くで発せられる若い男性の大声で、靄のかかった意識が晴れ渡っていく。

 眠っていたか、ズキズキと痛む頭が思考の足枷となる。眠っていたかどうかさえも判断できずに、目の前で起きている事柄をありのまま受け入れることしかできない。


 手、足、首に異常な重みを感じた。大きな手枷と足枷。金属としての輝きを失った、ある程度年季の入った枷だった。首に関しては直接確認することができなかったが、手、足と同じものが付いていることは明確だった。

 ずっしりと我が身にかかる重さは、ただ立っているだけでも疲労するほどのものだった。こんなものがついていたら、逃げる気さえ失せていく。それを意図して作られたのだろうけれど、こんなの、苦痛のオプションでしかない。


 いつの間にか身に着けていた服は、白いワイシャツと黒のズボンに換えられている。確か、このような皺一つとして無い服は身に着けていなかったはずだ。ここに来る前の記憶はどれもハッキリとしないが、何となくそれを感じ取っていた。

 そして、僕の視界に入る白いベール。ウェディングドレスと共に着けるベールほど透き通ったレースのものでは無い。あくまで白色で、布の角に当たる部分に緑色の刺繍が入っている。それが自らの頭の上に着けられている。


 ギギギギギ……、と鈍い音を出して何かが動く。


 首にかかる重さもあって、ずっと俯いていた状態だったがその音の方に目をやる。すると今、僕がいかにおかしな状況に立たされているか、より一層わかった。

 鈍い音を出しながら動いていたのは目の前にある赤い垂れ幕。それが観客を焦らすようにゆっくりと上がっていく。出し惜しみをするようにも感じ取れるのは、僕が卑屈だからだろうか。


 スポットライトに照らされて目が眩む。案外、スポットライトに当たるというのは暑いもので、この状態で十分ほど立っていたら汗が出てきそうだ。


「博識なお客様であれば、この四人の人間の価値の高さは十分にお判りでしょう!」


 若い男の人の声を聴いてハッとする。僕は慌てて周囲を見回した。

 僕が立っているステージのような場所に、僕以外の人間が三人いた。


 僕たちのことを商品として扱っているかのようなことを言っている男性は、僕たちと同じステージに立っているわけではなく、少し手前の、ステージより下の場所に居た。

 ステージ上の三人は僕と何ら変わりない服装で突っ立っている。僕は左から二番目の位置だった。


 僕の左側に立っているのは僕と同じ歳くらいの、僕より少し背の低い少女。ずっと俯いていて、ベールのこともあってか顔は見えない。ただ、泣いているというわけでも無く、絶望しているというわけでも無さそうだった。

 あくまで俯いているだけで「無」なのではないかと思った。


 僕のひとつ右側に立っているのは、これまた同じ歳くらいの、僕と同じくらいか少しだけ背の高い青年だった。ベールのせいで表情は見にくいが、それでも歯を食いしばっていることがわかる。

 この状況で復讐の念でも抱えているのだろうか。


 僕から少し離れた、一番右側に立っているのは青年だった。僕より背が高い、そして恐らく同じ歳くらい。ここからでは遠くて、何を考えているのか、表情さえも見えない。


「ほら、商品は前を向いて! アナタたちに人権なんて無いんですからァ!」


 司会者とも思える若い男性はこちらを向いてそう言い放った。歪んで、狂った笑顔で。


 これだけの枷が付いてあれば抵抗する気すら無くす。他の人が従ったかどうかまでは見ることができなかった。それもそのはず、何をされるかわからない状況に怯えきっていた僕はすぐさま前を向いたのだ。


 二階席、三階席もある大型の会場。そこに沢山の仮面をした人間が集まっている。ドレスやスーツ、キラキラと光るアクセサリーを身に着けた、いかにも金持ちという人達が僕らを値踏みしている。


 いつの間に人権を奪われたのだろう。そもそもどうして出品されているのだろう。ここに立つより前の記憶がほとんど思い出せないのは何故だろう。平凡な僕にそれほどの価値は無いはずなのに、どうして価値があると言い張っているのだろう。

 考えても答えの見つからない疑問ばかり浮かんできてしまう。


「皆様! 大変お待たせ致しました、それでは早速オークションのお時間です」


 いよいよ僕らに値札が張り付けられるらしい。買い取られたくは無いが、せめて高額で買い取られたいという思いがどこかにあった。この値が低いと、後の自己肯定感に影響しそうだ。


「えー……最低額は一人百万メルからとなっております! それでは開始致します!」


 《メル》? 聞いたことの無いお金の単位だ。少なくとも僕自身が《メル》をお金の単位にしている国出身、ということは無いだろう。

 空っぽの頭を精一杯回転させても思い出すことができない。世界のどこにある国のお金の単位だ? ああ、もう! 言語と意識があって良かった。それすらも奪われていたら僕はきっとどうかしていたはずだ。


「二百万!」

「二百五十万!」


 低めの男性の声が大声で発言すると、それに被せるように若い女性の声が会場に響く。


 固まった表情で内心は悶えていた。そんな中でも金額は吊り上がっていく。焦っている心を落ち着かせるために、もっと吊り上がれ、と上辺だけで繰り返し考える。出来るだけ購入者に負担をかけたい。些細な嫌がらせだ。


 買い取られた後はどうなるだろう。購入者の意図にもよるが、きっと良い扱いはされない。痛みか、飢えか、苦しみか、どうせ与えられるものなんてそんなものだろう。結局僕は絶望のど真ん中にいることに変わりはなくて、逃げ出せもしない。


「五百万!」

「おぉ~っと! 五百万を超えました!」


 僕らを売っている側の人間は大層嬉しいことだろう。得た金の数割は運営側が持っていくのだから、高額であれば高額であるほど良いに決まっている。

 けれど、値踏みをされているこちら側の気分は最悪だった。最悪だけど逃げる勇気も無い。「なるようになれ」と思いつつ「誰か助けてくれ」とも思っている。自分から動く勇気なんて、遥か昔に無くしてしまった。


 ただ仮面を被って恨まれぬようとしている観客が気持ち悪くて仕方が無かった。


「七百万でどうだ!」

「おお! 七百万出ました! 他の方はどうですかー?」


 そうだ、売られているのは僕だけじゃない。

 こんな状況で探しても仕方が無いだろうが、心の拠り所にするために右隣の青年を見る。


 歯を食いしばっていたはずの青年はそれをやめて、ある一点を見続けていた。ベール越しに見えたその表情は希望と覚悟を伴っているように思えた。

 この絶望的な状況でそんな表情をする訳がわからない。視線の先に答えがあるのかもしれないと、僕は再び観客席の方を見る。

 しかし、あまりの人の多さに彼が希望と覚悟を抱いている特定のモノを見つけることができない。きっとどこかにいるのだろうけれど、共感もできなければ心の拠り所にもならなかった。


「一千万!」

「なんと! 一千万を超えました! これより上の額を払う方はいますか!」


 金額を言い合う勢いが収まっていく。流石に一千万メルを超えてしまうと手が出しづらいらしい。一人、二人と自分の持っている札を上げて値段を言う人は減っていく。


「一千百万!」


 最終的には二人の富豪の吊り上げ合いになっていた。


 一人は黒髪。とてもふくよかな男性で……心の中でオブラートに包んでいても意味がないか。まるで豚のように丸々と太った、不健康そうな男性。顔は仮面に隠されて見えないが、それほどかっこよくなさそうだ。

 ただ着ている服だけは清潔感があり、身に着けている全ての物が高価なもののように見えた。会場内を照らすライトが男に当たる度に煌めく宝石の数々は悪趣味とまで言える。


 もう一人はスラっとした男性。若くて、周囲の人と比べてかなり身長が高い。そして痩せている。白と青を基調とした貴族のような服を着ていて、それに金色の髪がよく似合う。まだこちらの男性の方が初見の印象は良い。


 ただ、どちらに買われようと僕の気分が晴れることは無いだろう。結局のところ、僕らは商品であり、その地位から抜け出せることが無いのだ。

 だからもう、どうでもいい。



「おい、支配人」



 先ほど隣の青年が目を向けていた方から女性の声が響いた。



「二億五千万。四人まとめて十億だ」



 会場全体が騒めく。僕自身も驚いた。


 二億五千万、十億という数は小さな数ではない。人間を買おうともなれば、それぐらいの金額を払ってもおかしくはない。しかし、先ほどまで一千万の価値だと言われていた。それの倍以上の値段で僕らを買おうとしているのだ。


 何故、彼女がこうやって動くことを隣の青年は気づいたんだ——?


 支配人と呼ばれたスーツ姿の男性は動揺した後、すぐに冷静になり会場全体に声をかけた。


「え、ええ……、二億五千万を超える方はいますでしょうか……?」


 若干引き気味じゃないか。少額の上げ合いをやっていたのにも関わらず、急遽莫大な金額が投じられたのだ。その気持ち、同情しなくもない。


「で、ではこれにてオークションは終了とさせていただきます……。落札者は案内人の指示に従ってください……」


 僕と三人の人間は、こうして十億で買われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る