かくして主人公は決意する
「トシ君……どうしてトシ君と坂木君が……」
目の前の光景を受け入れられないと言わんばかりに、唖然とした様子を見せる幼馴染。ポツポツと呟くように喋る彼女を見て、坂木が口を開く。
「あ、えとね。さっき偶然、苗木くんと会って……僕の独断なんだけど、この機会しかないと思ったんだ。月ちゃんは、苗木くんと話さない方が良いって言うけど、このまま放置するべきじゃないと僕は思う。ちゃんと話せば理解して──」
「余計なこと……しないでよ」
「え?」
「……あ、あのね、もし坂木君から何か聞いてたら、それはご、誤解……だから……」
「誤解? 何を言ってるの? 月ちゃん、ちゃんと苗木くんの目を覚まさせてあげないと」
だくだくと見たこともない量の汗を掻いて、左右に目を泳がせる幼馴染。声は上擦り、落ち着きなく両手を擦り合わせている。
対して坂木は、幼馴染の様子に納得がいかないのか、眉間にしわを寄せていた。
俺はベンチから腰を上げると、幼馴染に視線を落とした。
「お前……本当にどうしようもないんだな」
そうして一言、心の底から声が漏れて出る。
……結局、人は変わらないようだ。一度、堕ちた人間が這い上がるのは容易ではないのだろう。
それを今、目の当たりにしている。
「ち、ちが……」
声を詰まらせる幼馴染。
そんな彼女に変わって、坂木がピシャリと告げる。
「苗木くん。そんな言い方ないよ。月ちゃんは苗木くんのことを心配してるんだよ。信じられないかも知れないけど……苗木くんのカノジョ、凛花ちゃんは男を取っ替え引っ替えで、心を弄ぶ性悪女なんだ! 苗木くんは財布代わりに言いように扱われてて……」
「坂木も俺と同じだな……」
「え?」
「すぐ人の言う事信じちゃう。でもダメだよ。疑うこと学ばないと……まぁ最近になって俺も知ったんだけどさ」
自嘲気味に笑う俺。
坂木はただでさえ大きい目を見開くと、口を噤んだ。
俺たちの間に沈黙が落ちる。すると、とてとてとこっちに近づく足音が聞こえてきた。
「せ、先輩……これは……」
この状況を見て、すぐには事態を把握できない凛花。戻ってこない俺を心配して、様子を見に来たのだろう。
「ちょうど良かった。ごめん凛花。先に帰ってもらっていいかな? 俺、ちょっと話したいこと出来た」
「で、でも……それなら私も──」
「俺のこと、信じてほしい。凛花がいると多分また甘えちゃうからさ。これは、俺が一人で解決しなきゃいけないと思うから」
「…………。わかりました。先輩の好きな物作って待ってますね」
「うん、楽しみにしてる」
凛花はギュッと両の手を握ると、踵を返してこの場を後にする。
ここまで凛花は俺にとって、精神的な支柱だった。俺に常に味方になってくれて、俺の辛いとき傍に居てくれて、いつだって俺のために怒ってくれた。
だからだろうか。
俺は無意識的に彼女に甘えていた。
肝心なところは、彼女に委ねる傾向があったように思う。自分自身で考えることを放棄して、彼女に引っ張ってもらっていた。
変わらなきゃって、何度も思ったし、頑張って行動を起こしてみたりもしたけれど、結局は全部中途半端だった。
その結果がこれだ。
俺の甘ったれた性格が、幼馴染を増長させている。
反省して、心変わりするだろう。そんな胸の内で微かに抱いていた淡い期待は、早くも霧散した。
結局俺は……多分、まだ幼馴染のことが好きなんだと思う。未練があるのだと思う。
それだけ俺にとっての初恋は重く、そう簡単に断ち切れるものではなかった。
第一相手は幼馴染。物心ついた頃から知っている。
そんな相手への想いを完全に断ち切るのは容易じゃない。
だから心のどこかで思っていた。自分のしたことを反省して、心を入れ替えた彼女となら、やり直せるんじゃないかって。
恋愛的な意味ではない。幼馴染として、また一からやり直せるんじゃないかと思っていた。
それだけ俺は甘く、くそったれな根性をしていた。
凛花が聞いたら、ドン引くような甘い考えだし……あれだけのことをされても尚、幼馴染と繋がりを持とうとしている俺自身、どうかしていると思う。
けど、彼女とのこれまで積み重ねた時間はそんなに軽いものじゃない。
惜しいと思ってしまう俺がいるのを、否定は出来ない。
だが。
もう……いい加減、心を入れ替えるべきだよな。俺自身が。
ふと、彼の言葉が脳裏をよぎる
── その甘い性格直さないと、いつか足を掬われるぞ
本当にそうみたいだ。
「ここじゃアレだし、場所を移動しよう。どこか静かに話せる場所がいい」
俺は幼馴染の目を正面から見据えると、落ち着いた声色でそう提案した。
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