第2章 15話

 どうせ、何をやってもウヴァロヴァイトに処分される子供を楽しませるのは、意味があるのかないのか、ジェードは悩みつつも、文化祭の本番の間近には少し吹っ切れていた。

 「どうせ死ぬから何もしない」というのは、人間ならばどうせみんな死ぬのだから、生まれてから楽しみの一つすらなくとも良いということになってしまう。この世に生まれた時から全員に当てはまることだ。

 故に、ここはきちんと、ウヴァロヴァイトの指示に従うことを優先しようと考えなおした。


 翌日、子供たちは全員、休まずに文化祭に出席していた。

 当然だ。

 それが、ウヴァロヴァイトの指示なのだから。

 

 クンツァイトが描いた絵が廊下中に飾られ、それは意味不明な抽象画であったが、子供たちは無理に笑顔を作っていた。


 そして、夕方に、ジェードが作ったステージの前に、全校生徒が集められる。

 生徒たちは皆、膝を抱えて座らせられ、決して動かぬようにと厳命されていた。当然、逆らう者はいない。

 

 出荷直前の子豚たちを見ているようで、ジェードは目を逸らし、ステージ袖に隠れた。


「ぴーんぽーんぱーんぽーん。お待たせいたしました。間もなく開演である」


 マイクの割れた音が響く。ステージの幕が開くまで二時間、子供たちはアスファルトに尻を着けていたことになる。ジェードがどれだけ言ってもルールを守れないのに、ウヴァロヴァイトの命令がこんなに通るというのは何故なのか、少し考えてしまう。威厳が足りないのだろうか。そんな筈はない、命が懸かっていたのはウヴァロヴァイトの前でもジェードの前でも同じだ。何故、こんなに大人しいのだろう。

 まさか。

 今日が命日だと察しているのか?


 舞台の上にスポットライトが当たる。

 その中央に、オパールが、観客に背を向けて立っていた。

 ピンク色と若草色のチェック模様のミニスカート、ハートの形が無数にプリントされたブラウスからは、押さえのリボンを越えて胸が溢れている。横から見ても分かるほどだ。ヒールのピンク色の靴でリズムを取っている。

 リズミカルなイントロが流れると、くるっと振り返る。

 満面の笑みで大きく生徒達に手を振る姿は、まさにアイドルだ。男を酸のプールで溶かした女とは思えない。

 オパールは有名人であるから、流石に緊張していた生徒達も、一瞬目を輝かせて、オパールを見上げる。ジェードも、手間を掛けた甲斐があったと思った。


 次の瞬間、機関銃の銃声が鳴り響くまでは。


 生徒たちが一斉に悲鳴を上げる。その後は各々に動き始める。頭を抱えて蹲る者、首を伸ばして辺りを見回す者、立ち上がって逃げようとする者。最初に動いたものから、クンツァイトが、ステージ上から頭をぶち抜いていく。


 何も起きていないかのように舞い踊るオパールは、まさに蝶であった。

 

 ジェードも観客席に降りて行く。彼にも仕事があった。

 機関銃が当たる前に、逃げてしまった生徒を、ナイフで始末するのだ。


 ステージの下に、隠れている子供の細い手足が見え、掴んで引っ張り出す。

 先日、六花美織をどうにかしてくれと、ジェードを頼って来た、あの生徒だった。


 何とも言えない気持ちになって、ジェードは一旦ナイフを下ろしてしまった。


「先生……助けて……死にたくない……」


 二人でじっと見つめ合う、その目は本当に自分の兄弟に似ていて--

 ジェードは拳を作る。目を閉じる。動けない。


 「先生、後ろ! 美織ちゃんが!」


 目下一番の標的の名前を叫ばれ、ジェードはハッとなって振り返った。

 その脇腹が急に熱くなった。


 目を見開いて脇腹を見下ろすと、深くナイフが刺さっており、ナイフを持っているのは目の前の、ジェードに助けを求めていた子供だった。

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