第7話

 ジェードは受け取った資料を大切にしまいながら上司であるウヴァロヴァイトの言葉に耳を傾けた。


「最近、国内で起きたバラバラ殺人だが、その件数が少々平時より多い。この事件の奇妙なところがある――それは、皆、遺体の一部がなくなっていると言う共通点だ。恐らく、犯人が持ち去ったとみるべきだろう」


「遺体の一部が? 首や、特徴のある部位ですか」


 身元が割れると困る遺体の首などを始末しておく、なんて、このような職業では基本の「キ」だった。遺体全体を焼却などするのは難しいから、一部を。


「そうではないと思われる」


 ウヴァロヴァイトは首を左右に振った。


「なくなった部位は、腕や足など、それぞれ被害者に依って異なるが、殆ど、指紋が残る手の先も、歯も目も残っている」


「足に腕? そんな物持ち去っても、邪魔ですし……足が付き易くなるのでは」


「嗚呼。ジェード。お前の言う通りだ。本来なら何の利点もない。そもそも遺体を何故バラバラにするか……それなりに手間のかかる行為だ。それを敢えてしている。これはもう、そう言うマニアとしか考えられない」


「それぞれ違う部位なのに……?」


 その手のマニアはこのマンションにもいそうだが。大抵は同じ部位を集めるものだ。目が好きなものは目を刳り貫くし、手ばかり集める奴もいる。


 そのようなマニアと言うなら、真珠もそうだ。

 真珠はウヴァロヴァイトの息が掛かっていると言えばそうなる。ジェードほど密接ではないが。

 真珠は人を購入した。ウヴァロヴァイト経由で、妊婦から購入した。堕胎をする予定の妊婦から三千万円で購入した。と、ジェードは仲間内の噂で聞いた。

 ウヴァロヴァイトはよくそうやって子供を手に入れる。或いは、何かのに生ませるのか。それも、噂で聞いた。

 使い道は色々。こうやって転売も出来るが、人間の中身は何時だって買い手があるし、労働力にしても良い。

 真珠はその子を着せ替え人形にした。

 大正ロマンに溢れた大きい花柄のワンピースを着せ、可愛い名前を付け、金をたっぷりかけて顔を整形し、自分の弟、時に母、父と呼び。自由に取り扱った。

 部屋からも許可なく出させず、まさにお人形だ。

 愛を掛けて育てていると言うが、その子が笑ったところも口を利いた所もジェードは見たことが無い。


 生まれただけで意味があると言うこの御時世、真珠が買い上げたその子にしてみたって、生まれる前に死んでいたよりは幸せなのかもしれない。ジェードはそんな生き方、まっぴらごめんだけれど。

 少なくとも、そんなことは噂にすぎない。目の前でそのような取り引きをしてるのを見たことがないから。ウヴァロヴァイトは生真面目なただの青年かもしれない。

 ジェードにとって、今はそれより自分の身、アルマンディンの死の真相の方がずっと大切だ。


「仮にアルマンディンをやったのが、その手のマニアだとするだろう。それが私の縄張りで犯行に及んだ。だとすれば、より一層見逃すわけにはいかない」


 ウヴァロヴァイトは、もう何個目か分からないプリンをスローモーションで口に運びながら強く言った。


「そう言うマニアには、一度上手く行くと思われると厄介なんだ。特に馬鹿は。味をしめるからな。甘く見られて、何度も私の縄張りを狙うようになる。捕まえやすくはなるが、どうしても事後処理になる。人材が減るかもしれない」


「なるべく早く手を打ちます」


「なるべく早くなんて生温い。かかれ。アルマンディンをやったやつを見つけたら、すぐに、家賃を納めさせて始末しろよ。この男のようになりたくなければな」


 ウヴァロヴァイトは床の上に倒れた男を目で指して、プリンをまた口に運んだ。口の端についたカラメルを舌で舐めとりながら。


「決して逃がすな、決して許すな」


「そうか、ウヴァロヴァイトさん。あなたは、本当に素晴らしい人なんだね」


長く口を閉ざしていたチャロアイトが胸元を抑えるようにして口を開く。


「アルマンディンは僕の友人だった。僕の友人の為に努力してくれるあなたは、また僕にとっての友人だ」


そう言いながら、持っていたスーツケースから、金色の腕輪を取り出す。丁度、ベロニカに贈った腕輪と同じだ。

そして、そっとウヴァロヴァイトに寄って行き、手を握って、目を閉じる。


「これは僕からの友情の証……手作りの腕輪なんだ。どうかな」


しかし、ウヴァロヴァイトは眉一つ動かさず、それを突き返した。


「申し訳無いが、私は人から物は受け取らない主義なんだ。それと一生友を作る予定は無い。お前を嫌っている訳では無く、皆に対してそうなんだ。故に気に病む事は無い。私は平等だ」


「そうか……」


「友を作る利点はあるか? 友と言うのを口実に様々なことを押し付けられたりする。群れの王者に並び立つ友はいない。ライオンを見れば分かる」


「僕たちは人間だけど」


「アルマンディン関係の捜査にはルチルを貸してやろう」


話しを聞く気すら無さそうだった。


「ルチル。行け」


ずっとウヴァロヴァイトの背後にいた女性がジェードに歩み寄って跪く。

まさにチタニウムホワイトと呼ぶべき頬と、髪の女性だった。

ウヴァロヴァイトの側近の一人。ルチルだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る