主税(ちから)君の不思議な冒険

冷門 風之助 

其の一

まえがき

この作品は、以前書きました、奇々怪々歴史譚を、もう一度書き直してみたものです。それほど意識をしないで、書きたいように書いたもので、つまらないかもしれませんが、お読み頂けると幸いです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 雪が降っていた。

 俺はその日、青森から新幹線で帰ってきたばかりだった。

 昔馴染みの同業者から頼まれ、厄介な事件を一つ片づけてきたのである。


 東京駅南口から外に出た。

 ここから俺の愛すべき寝床、新宿までは、公共交通機関を使えば幾らでも方法はあったが、鉄道は使いたくなかった。

 何しろ身体の芯まで疲れ切っていたからな。 

 

 それに、実入りもそれなりによかった。

 わざわざまた、人込みに揉まれる必要もあるまい。

 それに明日の朝まで出張していることになっているから、事務所はその間ずっと留守電にしておけばいい。

 携帯はあるにはあるが、電源は、

”仕事上差し障りがあるので”

 という理由で、ずっと電源はオフにしたままである。

 ほっときゃあいい。

 空を見上げる。

 灰色の都会の空から、間断なく雪が降っていた。

 2021年、12月13日、午後4時丁度。

 俺はタクシー乗り場に立ち、数分待った後に、黄色いボディに黒白のチェッカーのラインの入った、オリエンタル無線が入ってきた。

 手を挙げ、音もなく開いたドアから車内に乗り込み、

『新宿、Sビル』と行き先を告げる。

 ネグラと行き先が違うって?

 何を言ってるんだ。

 このまま帰ったって、ただ寝るだけ、折角懐があったかいんだ。

 馴染みの店で一杯や二杯引っかけたっていいだろ?

 馴染みの店・・・・そう、俺が新宿、いや、東京一と日頃から呼んでいる酒場、

”アヴァンティ!”だ。

 カウンター7席と、6人掛けのボックス席が一つ。

 一杯になったって、20人にも満たない。

 現実にはそれすらも一杯になったことはない。

 年老いたバーテンと、そうした店には不似合いともいえる庶民的な顔立ちのママが二人きりで切り盛りしている。

 騒がしい歌声も、女たちの嬌声とも無縁だが、孤独を愛する俺みたいな人間にとっては、ネグラ以外ではうってつけの場所だ。

 俺は雪で煙った窓の外を眺めながら、シナモンスティックを咥える。

 カーラジオからは、何故か古き昔、某公共放送から電波に乗っていた、日本人にとって最も馴染みの、あの『四十七人の男達』の騒動を徹底的に美化しまくったドラマの重厚なテーマミュージックが流れている。

 そうか、明日は十四日か・・・・

 そんなことを考えているうちに、俺は瞼が張りつくのを感じた。


 渋滞にも捉まらず、俺の乗ったタクシーは、新宿に着き、Sビルの前に横付けになった。

 雪は前よりも少しばかり強くなっている。

 俺は運転手に料金より少し余分にチップをはずんだ。

 時刻はジャスト5時。

 いいタイミングだ。

 階段を上がり、3階にある店の前に着くと、髭面で痩せた、愛想のないバーテンが行燈を外に出て、開店の用意をしていた。

『いいかね?重さん』

 俺が問いかけると、彼はいつものぶっきらぼうな様子とは打って変わり、

『こりゃ、乾さん』と、如何にも”助かった”とでも言いたげな様子で、ドアを大きくあけ、それから辺りを慎重に見渡し、

『いいですよ。早く入って下さい』 

 と、俺を招き入れた。


 店の中に入ると、綺麗に掃除が行き届き、カウンターの向こうでは、あの地味な、俺好みの芦川いづみ似のママが、ウグイス色の和服を着て、困ったような顔をして、佇んでいた。

 他には誰も・・・・いや、そうではない。

 ママの前の止まり木に、一人の若い男が腰かけていた。

 色白で面長、しかも上背はかなりある。

 驚いたのはその姿形だった。

 

 時代劇でよく見る、若い侍。

 月代さかやきを剃り上げ、きちんと髷を結っている。

 着ているのは、亀甲文様の入った、薄茶の地の着物に、濃い灰色の袴。そして腰には小刀をたばさんでいる。

 男は俺の姿を見るなり、肩を震わせ、身構える仕草をしたが、ママが、

”静かに”とでもいうように、彼の手に触れて頷くと、男はまた落ち着いたようにスツールに座りなおした。

『宗さん(俺のことを名前で呼べるのは、身内以外ではこのママくらいのものだ)、いいところへ来てくれたわ。』と、ほっとしたようにいい、

『いつものでいい?』と、男の二つほど隣に腰かけた俺に声を掛ける。

『ああ』俺は言い、今日二本目のシナモンスティックを咥える。

『今、忙しい?』

 ママが俺に訊ねる。

『いや、大仕事を片付けたばかりでね。今東北から戻ってきたところだ。身体はくたびれてはいるが、この先の予定はしばらく空いてる』

『じゃあ、お願い。頼まれてくれないかしら。』

 俺はカウンターに入った重さんが出してくれたグラスに注がれたバーボンを一口呑り、ママを見る。

『この人の事なんだけど・・・・』ママがあの着物姿の若い男に目をやりながら言った。

『この人を返してあげたいの、お願い。手を貸して』

『誰だね。この人は』

『知らない?大石主税おおいし・ちからよ』

 俺は一瞬、ママがおかしくなったのかと思ったが、彼女の眼は極めて真面目だった。

『主税さん、この人、ウチの常連おなじみさんで、探偵さんなの。何でもやってくれる信頼のおける人よ』

 ママが男に優しく呼びかけると、男は俺の方を見て、

『失礼致した。拙者、大石主税良金おおいし・ちから・よしかねと申す』、

 低いが良く通る声でいい、両腿に手を置いて頭を下げた。

 

 

 

 

 

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