第二十九話 大切な愛娘なんだから!

 アイカとヒマリが時空ゲートに吸い込まれまいと必死に抵抗している一方で、上空に飛ばされてしまったポルトミーヌとプリムはこれからどうするか? を相談していた。


「婆さんや、これは困ったもんじゃのう」

「そうじゃて、爺さんや。魔女っ子があんな姿に成り果ててしまうとは想定外じゃて」


「しかしこんなに吹き飛ばされてしまっては、着地した所から魔女っ子の所に戻るのも一苦労じゃ」

「はてさて、どうしたものかて……」


 二人が空中で相談をしていると遠くの方から二人に向けて声がかけられた。


「そこのお二人ー! もしかして、ポルトミーヌ様とプリム様ではありませんかっ!?」


「おや、この声は?」

「ほいほい、この声はカルネじゃて。でもどうしてこんな空の上で聞こえるんじゃて?」


 ポルトミーヌとプリムが不思議そうに声の方を向くと、空を飛ぶラビタクのカニフ、コンパ、そして黒い不思議な物体ボボの姿を確認できた。


「おお、カルネよ。ウサギで空を飛んでおったのか?」

「お二人ともどうされたのですか!? コンパ! とりあえず、お二人を背中に乗せてください!」


 カルネは荷物だけを乗せて運んでいるコンパに空を舞う二人の回収を依頼する。


「キュゥーッ!」


……スタッ、スタッ。


 ポルトミーヌとかプリムがコンパの背中に収まる。


「カルネ、これは助かったわい。礼を言うぞい」 

「ひょっひょっ。はやりイケメンは良いタイミングで現れるもんじゃて」


「いえ、その……ご冗談はともかくとして、一体何があったのですか? どうしてお二人が空の上に?」


……ポルトミーヌは熊のアンクルに襲われた辺りから一部始終をカルネに伝える。


「何とした事でしょう!? 私がアイカ達と離れている間にそんな事が!?」

「全く、魔女っ子には困ったものじゃ」


「一刻も早く魔女っ子の所に戻る必要があるんじゃて。お嬢ちゃん達が心配じゃて」

「確かに予断を許さない事態ですね。カニフ! コンパ! 最高速度でツリーハウスへ向かってください!」


「キュッキュッ!」

「キュゥーッ!!」


……ビューン!


 カルネの指示でカニフとコンパはパンソーの居る場所へ向かって最高速度の急降下を始める。一方、地上ではパンソーが引き続きヒマリを時空ゲートに吸い込もうと時空ゲートを操っていた。


「離せ……離せ……早くその手を、離してしまえ……」


「うるさいわね! そんな事するわけないでしょ! このバカ魔女!」


……ズズッ、ズズッ。


 ヒマリを吸い込もうとする力が更に強くなる。


(また吸い込む力が強くなった!? このままじゃ……握力が持たなくなるのも時間の問題だわっ!? 足だって痛いし! 何とかしないとっ!)


 パンソーは呪文の力を強くしていくが、予想に反してなかなか手を離さないアイカとヒマリに苛立ちを覚える。


「離せ……早く離せ。何故だ? ……なぜ離さないのだ?」


「何故も何も当たり前でしょ! このバカ魔女! 母親が愛する娘の手を離すわけないじゃないっ! ……私の愛情は! ……私達の繋がりは! あんたなんかに切り離す事はできないのよ!!」


「はぅ……あぁっ……愛情……繋がり……想い……!?」


「いい加減に目を覚ましなさいよ! 私はこの手を絶対に離さない! ……お願い! だからこんな事、もうやめて!!」


「……違う。愛など……所詮は口先だけ。最後は捨てるのだ……本当は思っていない……離せ……お前は本当は娘を愛してなどいないんだ。邪魔だ……面倒だ……バカな娘だ……居なくなれば良いんだ……そう思っているんだ……」


 パンソーの心ない言葉にヒマリが動揺する。


「ええっ!? ママ!? そんな事ないよねっ!?」

「当たり前じゃないのヒマリ! こんなバカ魔女の言う事なんて聞いたらダメよ!」


「そんな事はない……離すんだ。お前はいつかその手を離す……」


「うっさいわね! そんな事絶対にないって言ってるでしょ! ……ウチに居るのはね! 邪魔でも面倒でもバカでもない! ……たった一人のっ! ……一人だけのっ! ……大切な愛娘なんだからっ!!」

「ママーッ!」


 必死に自分を守ろうとしてくれる母の姿に、ヒマリの目から涙がこぼれ落ちる。その涙は地面に落ちる事はなく、勢いよく時空ゲートに吸い込まれていく。


「離さない……手を……離さない……?」

「そうよ! 私はこの手を離さない! いい加減に分かりなさいよ、このバカ魔女!!」


「違う……離す。お前は……その手を離すんだ。私がされたように……きっと自分だけ楽になろうとする……そうだ、これでもまだ……その手を離さないと言えるか?」


 パンソーは予想以上に抵抗するアイカに向けて指先から針の様な閃光を放つ。


……ピシッ、ピシッ!


「きゃぁぁっ!!」


 アイカの左手を強烈な痛みが襲う。そしてその直後、アイカの左手は痺れを起こして麻痺してしまい、ヒマリの手を握る事ができなくなってしまった。


(ああっ!! 左手の感覚が……効かない!? 腕だけはちょっと動くけど……肘から先が全く動かない!?)


「ママーッ!!」


 ヒマリは宙に浮いた状態で、両手を使ってまだ繋がれているアイカの右手をしっかりと掴む。


「ちょっとこらバカ魔女っ!! 何してくれてんのよ! こんなの反則でしょ!!」

「離すんだ……永遠に……別れるんだ……」


……ピシッ、ピシッ!


 続いてパンソーはヒマリの左手に針の様な閃光を放つ。


「うわっ! 痛い!!」


 感覚がなくなったヒマリの左手は握力を失い、アイカの手から離れてしまう。繋がれているのはヒマリとアイカ、それぞれの右手のみとなった。


(ああっ! ……そんなっ! そんなっ!!)


 アイカの目からも大粒の涙がこぼれる。その涙は時空ゲートに吸い込まれる方向に飛び、ヒマリの頬にぶつかる。 


……ポタッ、ポタッ。


「ママーッ!!」

「ヒマリッ!!」


 パンソーは泣きながら必死に片手同士をつなぎ止めるアイカとヒマリに、無情にも次の閃光を放とうとする。 


「さあ……選ばしてやる。どちらだ? 自分の手、娘の手……どちらでも好きな方に撃ってやる……自分で手を離すのは嫌か? 後悔に苦しむか? 娘に手を離させるか? 自分だけは後で楽になれる方を選ぶか?」


「ママーッ! 嫌だよっ! 私……ママと離れ離れなんて!」

「ヒマリーッ!!」


(もし次にあの閃光を撃たれたら手を握っていられない!? もう無理なのっ!? 嫌っ! ヒマリッ! ヒマリーッ!!)


 アイカの瞳から止めどなく涙が溢れ出る。


「ああっ……ああぁっ!!」


 アイカはパンソーの説得が無駄だと分かっていても、時間稼ぎが何も生み出さない事を分かっていても……それでもパンソーに向けて叫ぶ。 


「ちょっと!! お願い!! 何でもするから!! もうやめて! これ以上はダメ!! ……ダメなのよ!! 嫌ぁぁっっ!!」


「さぁ……答えろ。どっちだ?」


 ヒマリを失う……という絶望に飲み込まれたアイカがパンソーの非情な問いに答える事はない。答える代わりに大粒の涙がアイカの目から流れ出る。


「やだ……ダメ。嫌っ……やめてっ!!」


(ああっ! ヒマリッ! そんなっ! そんなっ!! 嫌ああーーっ!!)


「分かった。せめてもの慈悲だ……両方に撃つ。それなら……お前だけのせいではない。二人同時に……その手を離せ! そして娘だけ……時空の彼方に飛んで行け!」


……ピシッ、ピシッ、ピシッ!!


 無情にも最後の閃光がパンソーの指先から放たれた。そしてその閃光はアイカとヒマリ、二人をつなぎ止めるそれぞれの手に命中してしまう。


「ああっ! ああっ! 嫌ああーーっ!!」

「ママーッ! ママーッ!!」


……スゥーッ。


 アイカとヒマリの想いも虚しく、握力を失った二人の手は互いの指をすり抜ける様に……ゆっくりと離れてしまった。

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