第十五話 マジで痛えっ!

 愛娘であるヒマリに危険が迫るという非常事態で、アイカの中にある何かが一皮剥ける。アイカは両手に中華鍋と鉄のお玉を強く握りしめ、ビシッと鉄のお玉をまっすぐドシエに向けた。


「あんた達! もう一度言うわよ! 私達に道を譲りなさい!!」


 臆病だった雰囲気から急に強さを見せつけるアイカの変貌ぶりにドシエ達も驚くが、「両手に持った中華鍋と鉄のお玉からは特に危険は感じられない」……と判断したドシエがアイカに飛びかかる。


「キキキッ!」 (ドシエA)

(何を持ってるか知らないが、お前が痛め付けられる事に変わりはないんだよっ!)


 ドシエは右手の鋭い爪をアイカに向ける。アイカは突進して来るドシエを中華鍋で防御し、ドシエが体勢を崩した隙を見て思いきり鉄のお玉を振り下ろす。


「このぉぉ!! 大人しくしなさい!!」


……パッカーン!!!


 鉄のお玉がドシエの脳天にヒットする。


「……ッ!!!」


 鉄のお玉による攻撃を受けたドシエは両手で頭を押さえて地面にのたうち回って苦しむ。


「キキキキッ!!!」 (ドシエA)

(なっ、何だこの攻撃は!? め、めちゃくちゃ痛ぇぇぇっ!! ああぁっぅぅ!!)


 ここで一つ、解説が必要になる。


 アイカが振り下ろした鉄のお玉は、鈍器としては質量が軽く決して威力の大きな重い打撃を繰り出す事はできない。その攻撃は脳しんとうを起こす事もなければ、頭蓋骨を割るような致命傷を与える事もない。


 質量の軽い鈍器による打撃は、殴られた部分の表面のみがただただ滅茶苦茶に痛いだけ……という地味な攻撃である。殴られた側は大怪我などをする事はなく、殴られた部位が少し腫れる程度の威力である。

 

 よって殴られた側の身体能力は損なわれる事なくすぐに動き回る事ができる為、ハタ目には無事に見えてしまう。ただ、その攻撃を受けた者にしか実感できない強烈な表面だけの痛みは、敵に立ち向う精神面に対して非常に大きなダメージを与えるのだ。


 アイカの攻撃を見ていた二匹のドシエが、殴られたドシエに声をかける。


「キッ、キッ?」 (ドシエB)

(おい! 大丈夫か? ……つか、大丈夫だな? 怪我とかなさそうだし)


「キキーッ」 (ドシエC)

(……だな。変なモノで殴っていたが、切り傷とかもないしこの様子なら大丈夫だろ。おい! もう一回行けよ!)


 アイカに殴られたドシエは、他の二匹に声をかけられても地面を転がりながら、頭を押さえてその痛みに悶え苦しんでいる。


「キキッ! キキッ!」 (ドシエA)

(ば、馬鹿言うなっ! これ、めちゃくちゃ痛えって! ああぁぁっ!! まだ痛ぇっーー!!)


「キーッ、キーッ!」 (ドシエB)

(でも、そんなに危険そうな攻撃じゃなかったぞ? それにお前、怪我とかしてないだろっ?)


「キキッ! キキッ!」 (ドシエA)

(確かにそうだ。そこが訳分からねぇんだよ! 傷一つついて無いし、身体の異常は何もないのに……頭だけがめっちゃ痛ぇんだって!)


「キキーッ、キキーッ」 (ドシエC)

(おい、しっかりしろよ! てゆかそれ、お前がただ単に痛がってるだけじゃねえのか?)


「キーッ、キーッ!」 (ドシエA)

(そんな事ねぇよ! そんなに言うんだったらお前が行けよ! この痛み、マジでヤベェから!)


「キキー、キキー」 (ドシエC)

(分かったよ、次は俺が行く。お前はそこではいつくばって見てろ、この根性無しがっ)


 先に殴られた一匹のドシエが痛みに悶え苦しんで地面に転がる中、次のドシエがアイカに向かって飛びかかる。アイカは先程と同様、中華鍋でドシエの突進を防御して鉄のお玉で頭部を思い切り殴る。


「このぉーーっ!! いい加減に言う事を聞きなさい!!」


……パッカーン!!


 アイカの一撃は再びドシエの頭部を捕らえる。


「キキキキッー!!」


 二匹目のドシエも叫び声を上げ、強烈な痛みに苦しみながら地面に転がりのたうち回った。


「キキキッーー!!」 (ドシエC)

(ああぁぁっぅーー!! はぁぁっ、ああぁぁっ!!)


「キキキッ!」 (ドシエA)

(どうだっ? この痛み、ヤベェだろっ?)


「キッキキーッ!!」 (ドシエC)

(なっ……何なんだっ! この嫌がらせみたいな強烈な痛さは! ああっ! マジで痛ぇっ!!)


「キッキッ!」 (ドシエA)

(だろっ!? あの女ヤベェって! 何ならさっきの剣を持った男よりヤベェぞ!)


「キキッ、キキーッ」 (ドシエC)

(お前の言う通りだ。もうダメだ。俺は逃げるぞ! こんな凶悪な女に付き合ってたらメンタルが持たねぇっ!)


「キキキッキッ!」 (ドシエB)

(あの攻撃、そんなにヤベェんだな? 分かった。俺も逃げる!)


 三匹のドシエ達は相談を終えて森の奥に消えて行った。その内二匹は涙を流しながらの逃亡であった。ドシエ達を追い払ったアイカは、安堵から全身の力が抜けその場に座り込んでしまう。


「はぁ、はぁ……私、やったのね。ヒマリ、無事? 怪我してない?」

「うん、ママ。ヒマリは大丈夫!」

「ボーッ、ボーッ」


 ヒマリもボボも無事である事を知り、アイカは笑顔を見せ……地面に大の字になって寝転んだ。


「やったー! ヒマリ! 私達、お猿さんに勝ったわよー!」

「うん! ママ、凄ーい!!」

「ボボーッ! ボボーッ!」


 直ぐに起き上がってこの場所から離れたい所だが、身体に力が入らないアイカは少しの休憩を求める。


「ヒマリ、ボボ? 少し休憩させてね。ちょっとママ、力が抜けちゃって」

「うん、分かったよ、ママ」


 こうして暫くの間アイカ達が休んでいると、後ろの方からカルネが走ってきた。


「アイカー! ヒマリー! ボボー! 大丈夫ですかー!?」


(カルネッ!? やっと来てくれた!?)


 カルネの声でアイカは立ち上がり、近づいて来るカルネにしがみつく。


「あぁーん、カルネー! 私、怖かったー! 私、頑張ったのよーっ! お願い、いっぱい抱きしめてー!」


 ドシエ達の危機を乗りきった直後に現れた大好きなアイドル同然のカルネの姿に、アイカの甘えモードはフルスロットルになる。


「あーん、カルネー! いっぱいヨシヨシしてぇー!」


 ただ事ならぬアイカの様子に、カルネはひとまず笑顔で要望に応える。こうしてアイカ達はドシエを追い払う事に成功し、無事にカルネと合流した。

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