第十三話 ここはお任せ下さい!

 大角の鹿と勝負を終えたカルネ達はボワの森を進んで行く。緩やかな上り坂が続く道中でヒマリは見た事が無い綺麗な植物や花、変な昆虫などに興奮していた。苺の様な果物を食べたり、飲用の水を得られる植物、突っつくと風を出してくれる花等……その道中はさながら異国の動植物園を散策していているかの様だった。ヒマリ、ボボは楽しみながら歩みを進めていく。


「わぁー! すごーい! 変なお花ーっ!」

「ボーッ! ボーッ!」


「ヒマリ? 面白い物が沢山あるのは分かるけど先を急ぐわよ。ところでカルネ? この森にはさっき勝負した鹿の他にも動物が沢山居るの?」


「はい、アイカ。この森はとても豊かな自然に恵まれていますので、動物、植物共に豊富な種類の生き物が存在します。でももしかしたら、自然の豊かさだけではなく魔女パンソー様の不思議な力もそれらの生態系に影響しているのかもしれませんね。実際、パンソー様の周りにはいつも多くの動物達が居ますので」


「そうなのね。森に住んでるのは魔女さんと動物達だけ? 他に誰か住んでたりするの?」


「はい、パンソー様の他にもいらっしゃいます。我々は『森の妖精』と呼んでおりますが『ポルトミーヌ』様、『プリム』様と言います」


 ヒマリとボボが「森の妖精」という言葉に反応する。


「えっ、カルネ? 森の妖精さんが居るの? 良かったね、ボボ! お友達が居るんだってー!」

「ボボーッ!」


(そ、そう言えば、この毛むくじゃらなボボも一応ミノムシの妖精だったわね……)


「この森には色んなモノが居るのね。その妖精さんってどんな感じなの? 私達も会える?」


「ポルトミーヌ様、プリム様は動物や植物に対して不思議な力をお持ちです。魔女パンソー様が時空ゲートを管理する不思議な力を持っているのと同じ様な感じですね。御三方は面識もありますので、場合によってはパンソー様の説得に協力を仰ぐ事になるかもしれません」


「そうなのね。魔女さんの説得がすんなり済めば良いけど、お知り合いも一緒だと心強いわね」


「ええ、パンソー様の乱心後、動物達にも影響が出てますのでポルトミーヌ様もプリム様もご苦労されてる様です」


「へぇ……魔女さんに何があったか知らないけど、周りに迷惑掛けるのは良くないわね。ヒマリ? ヒマリは嫌な事があっても他の人に迷惑掛けたらダメだからね」


「はーい。ヒマリ、そんな事しないよー」

「うん、いい子ね、ヒマリ」


 アイカは優しくヒマリの頭を撫でていると、カルネが何かに気付き周囲に注意を払い始めた。


(……これはっ?)


「カルネ、どうしたの?」


「これはどうも……ドシエ、いえ、猿達の縄張りに入ってしまった様ですね。これまでこの道は彼らの縄張りではなかったはずなのですが」


「えっと、そのお猿さん? 縄張りに入ると何かまずいの?」


「はい、その猿達は『ドシエ』と言うのですが、ドシエ達は縄張り意識が非常に強いのです。ドシエ達は自分達の縄張りに入る者を排除しようとします。最悪の場合……襲われる可能性もっ」


「ええっ!? そんな危ない事になるの!? どうしたら良いの!?」


「私も彼らの縄張りを通らない予定だったのですが、これは想定外の事態です。ここは素早く走り抜けましょう。走り抜けるだけなら襲われずに済む場合も多いですから」


「わ、分かったわ。ヒマリ? ママがおんぶするから背中に乗って」


「アイカ、待って下さい。ヒマリを抱えるなら私がした方が良いのでは?」


「ありがとう、カルネ……でも、最悪の場合はお猿さんが襲ってきたりするんでしょう? その時、カルネはその……はがねの剣を抜く訳よね? 防衛の為とは言え、ヒマリの目の前で動物を傷つける……なんてしてほしくないの」


「そういう事ですか……解りました。ではヒマリはお願いします。私もドシエ達を剣で威嚇はしても傷つける事は極力避けます」


「ありがとう。そうしてもらえると嬉しいわ。カルネは優しいのね」


「いえ、そんな事は。ところでアイカ? 万が一の為に護身用にこのナイフを渡しておきます。これを抜いてドシエ達に向ければ多少の威嚇にはなると思いますので」


 カルネは懐から護身用の小さなナイフを取り出してアイカに差し出す。


「わ、分かったわ。でも、ほんと、こんなの使わないで済む事を願うわ」

「ええ、そうですね。では、走りましょう!」


 ヒマリをおんぶしたアイカ達は走り出し、ボボもそれについて行く。カルネの計画では縄張り意識の強い猿、ドシエ達の領域を何事も無く走り抜ける予定だったが、どうも状況は思わしくない。


(……キキキッ)

(……シシシッ)


 縄張りの中を走るアイカ達に気付いたドシエ達は一匹、一匹……とアイカ達を包囲する様に集まって来る。カルネは周囲に集まるドシエ達の気配を感じ指示を出す。


「アイカ、ドシエ達が周囲に集まってます」

「ええっ!?」


「ここは私が囮になります。アイカ達はこのまま走って下さい!」

「えっ!? で、でもっ!?」


「ここから少し走った所に吊り橋があります。そこまで進めば安全ですので吊り橋の手前で待っていて下さい!」


「そんな!? カルネ、大丈夫なの!?」


「問題ありません。ヒマリがくれたこの『はがねの剣』があれば彼らを十分威嚇できます。少し振って切れ味を見せればきっとドシエ達も恐れて近づいて来ないでしょう。さあアイカ! 行ってください、早くっ!」


(……ほ、本当に大丈夫なのかしら!? でも、ここはカルネを信じるしかないわね。その方がヒマリも安全だし)


 アイカは覚悟を決める。


「分かったわ! カルネ、無茶しないでね! この先の吊り橋で待ってるから!」

「ここはお任せ下さい! では、後ほど!」


……ザザァッ!


 カルネは足を止め、地面に踏ん張り後ろを向く。そして動きが止まると同時にはがねの剣を振り回し、周囲の木の枝や植物をいとも簡単に斬り落とす。


……スパパパパッ!


「キキッ!?」

「キャッ!? キャッ!?」


 見事な切れ味を見せたはがねの剣にドシエ達も怯んで足を止める。そしてはがねの剣を構えたカルネとドシエ達は睨み合う。


(よし! 予定通り足止めは成功です。これだけ鋭い切れ味を見せられたらドシエ達も無闇に襲って来たりはしませんね)


「キキキッ」

「キュッ、キュッ」


 集まったドシエ達の内、その殆どはカルネが持つはがねの剣に怯んで足を止めた。しかしカルネの予想に反して、数匹のドシエは木々の間をジャンプして先に進んだアイカ達を追いかけて行く。


(しまった! 数匹がアイカ達の方に!? でも今、私があのドシエを追いかけたらここに居るドシエ達も皆ついてきてしまう……アイカ、すみません! 何とか、吊り橋まで無事にたどり着いてください!)


 カルネは、はがねの剣を構えて残ったドシエ達の進行を抑えつつ、ゆっくり後ずさりして距離を広げてゆく。そして、ある程度の距離を確保してドシエ達が追ってこない事を確認するとアイカを追いかけて走り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る