Lesson.18

 小学校に上がる前からずっと二人で歩いていた通学路を1人で歩く。まだまだ慣れないのは当然であるが、一か月も経つと少しずつ慣れてきている自分に紗月自身も驚いていた。


 そんな精神状態ではないため部活は休むことを伝え、帰宅部の生徒がちらほらと見える道を辿っている。

 響とも気まずい空気感のまま別れてしまったし、最大の問題である美咲とは会話すらも出来ていない。

 気分を落とす要因は解決するばかりは増えるばかりで、何から手をつけていいのか分からないのだった。

 どんよりと沈み込んでいる紗月とは対照的に雲一つなく広がる青空にすら苛立ち染みたものが起き上がり、それが更に自己嫌悪を加速させる。


 どうすれば今の状況を打破できるのだろうかと考えながら家に帰り、母に何となくの挨拶をし、ジャージに着替え、携帯を意味もなくスクロールする。

 悩み事に気を取られているようなふりをしつつ、結局は何も考えられずぼんやりと過ごしているのだった。

 実際、ここ一か月間の記憶はほとんど残っていない。惰性に毎日何となく息を刷って吐き、必要な栄養分を摂取して睡眠をとる。そんな生活を送っていた。

 最後にはっきりと残っている記憶は最後に告げられた言葉、そしてその時の苦しそうな表情だけだった。



 自分が干からびていくような感覚を肌で感じながら、そのまま布団へ倒れ込む。

 美咲のためにとあれこれ試行錯誤して、それが実って。今から考えると毎日がキラキラしていて、同時にとても遠い昔のように感じた。

 変わり始める前から、ずっと美咲と一緒にいると信じて疑わなかった。それは、『今までもそうだったしこれからも続いていくからだろう』とぼんやりと思っているだけだった。

 しかし、美咲の周りの人間関係を見ていると、それが突然揺らいだのだ。もしかしたら、自分はこの先一緒にいることはできないのかもしれない、といった漠然とした不安。

 それを覆そうと思って始めた自分磨き。美咲と一緒に居たいから始めた。この先も、美咲の一番で居たいと思ったから。


 そこまで思考を巡らせ、一拍遅れて気付く。


「あたし、もしかして美咲のこと、好き?」


 その結論が出てしまえば、今までの自分の心理や言動が全て腑に落ちる。


 どうして、美咲に釣り合う自分になりたかったのか。

 どうして、周りのハイスペックな人々に焦りを感じたのか。

 どうして、一緒に出掛けた時にコンプレックスを発揮してしまったのか。

 どうして、恋人同士のような距離感にドキドキしていたのか。


 もしも自分が美咲のことが好きなら、と仮定するとすべてに答えが出る。


 美咲とこれからも一緒に居たかったから。

 自分よりお似合いに見える人たちへの嫉妬。

 こんなに何でもできる彼女の隣に並びたい、なんて願いが烏滸がましいように思えたから。

 恋人になりたい、なんて欲があったから。


 


 ────『恋人』になりたい、と思ったから。


 反射的に出てきた自分の考えが、予想していなかったもので体が熱くなる。

 あたしが、美咲の恋人に?釣り合ってない。でも、一番に。特別になりたい。その存在は、恋人になるのではないか?恋人になるってどういうこと?女同士だよ?でも、一番になるには恋人になるのがベスト?


 布団の上で何度か寝返りを打ちながら、色々な可能性と今後の行動をシミュレート。『美咲に抱いている感情は恋愛感情ではない』『恋愛感情で、告白をする』『恋愛感情だけど、一時の木の迷いということで告白をしない』『この機会に美咲から離れる』


 いくつもの可能性を考えて、消して、また考えて。

 何度そうしたか分からないけど、一つの選択肢が残っていった。


『美咲に抱いている感情は恋愛感情で、告白をする』


 断られるかもしれない。いや、その可能性の方が高い。同性の友人からそんな感情を向けられるなんて、普通は気持ち悪いに決まっている。

 最後のとき、『紗月のことが好き』と言われたが、それはあくまでも友人としてだろう。

 断られることも、気持ち悪がられることも、決定的に関係性にヒビを入れてしまうだろうことも、全部分かっていた。

 でも、どうせ関係性がなくなってしまうなら最後に当たって砕けて、正当な理由づけをしたいと思ったのだ。


 そこまで思い当れば、あとはすることは一つだけ。

 スマホで連絡をすることもすっ飛ばし、布団から飛び起きて部屋を出る。

 一か月間沈んだ表情をしていた娘の変わりように、慌てたように母が声を掛けてくる。


「どこ行くの!?」

 急にアクティブになったあたり、自殺でもされるのではないかと心配になったらしい。

 

「美咲の家まで!すぐに帰ると思う!」

 久しぶりに笑顔を浮かべて返す。

 後ろで母が何か言っていた気がするが、サンダルを突っかけて玄関のドアを開けた紗月の耳には届いていなかった。


 


 

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