Lesson.15

「嫌いなわけないじゃん!あたしが、嫌いな人とわざわざ一緒に居ると思う?」

 吐きだされた紗月の言葉はひどく震えていて、こちらも泣きだしてしまいそうな響きを孕んでいた。


 いつもの落ち着きは何処へやら、すっかり泣き出してしまった美咲に対して言葉を続ける。

「逆だよ、全部逆。あたしが色々したのは、全部美咲のためだよ。」

 言ってしまった。『美咲のため』なのだと。もちろん恥ずかしい気持ちもあるが、二人して泣いているよくわからないシチュエーションや熱に押されて口から飛び出してきたためもうよくわからない。


「どういう、こと?」

 大きな目を湿らせ、しゃくり上げながらこちらを見上げるようにして続ける。


「だって、美咲は何でも完璧だから。可愛いし、勉強も出来るし、人当りもいいし、運動も出来るじゃん。でもあたしは?あたしは美咲に比べて何も出来ないから。」

 一気にそう吐きだし、再度息を吸う。ちゃんと真っすぐ、今の気持ちを伝えたいのに震えて思うように声が出ない。


「だから……だから、少しでも美咲の隣にいてもおかしくないようになりたいなって……そう思って。」


「だから、そうやって色々頑張ってたの?」

 続け切れなかった言葉を拾い上げるようにして言葉を続ける美咲。涙はまだ乾き切らないけれど、その表情は明るくなっている。

 紗月は言葉を返すことができなく、ただ首を縦に二回振った。



「私、紗月が言うほど何でもできる訳じゃないんだけどな…。」

 少しして、気持ちの整理をつけたのか美咲が口を開く。とても照れくさそうに人差し指で頬を掻きながら。


「もしかして私、紗月に沢山負担かけたり心配の種になっちゃってたりした?」

「え?」

 反射的に聞き返した紗月に、言葉を選ぶようにしながら続けた。


「私、きっと今まで紗月にイヤミっぽいこと沢山言ったしやっちゃったと思うの。実際、こうしたのもコンプレックスみたいなのが原因なんだし。だから、嫌な思いをさせちゃってたら謝りたいなって。」

 涙の跡こそ残っていたものの、その響きはいつも通りの芯を持ったものに戻っている。気持ちを全てこちらに伝えようと、美咲の目はしっかりと紗月の瞳を見つめている。


「ううん、そんなことない。あたしがこれを始めたのは……えと、その……。」

 いったん落ち着いたせいで、急に気恥ずかしさが返ってくる。『美咲が他の子と仲良くしているのを見て、取られたくないと思った』なんて言えるわけが無い。そんな、恋人でもないのに。


 中途半端に口を開いたまま、言葉を言おうか言うまいかとしているうちに美咲がクスクスと笑い出した。


「何か言いにくそうだから、私から。」

 そういう美咲の表情は笑っているのにどこか寂し気でどこか遠くを見ているような、そんな気がした。得体のしれない嫌な予感が急速に紗月の体の中を駆け巡るのを感じた。


「私ね、紗月のことが好きだよ。だから今まで、大変でも何て言われようとも紗月の隣にいたの。…でも、私のせいで紗月に負担を掛けちゃうなら、それもお役御免かなって思ってるんだよね。

今まではさ、朝は自分で起きれないし課題もしない、授業中はウトウトしてるし身なりにも気を遣わないような……ハッキリ言っちゃえば、駄目駄目だったでしょ?でも最近は、自分のことは自分で出来て、私がいなくても大丈夫になってる。

紗月のことが好きだけど……ううん、好きだから距離を置こうかと思って。」

 淡々とした、静かな口調。揺るがない瞳と、その声音からは決意の固さが伝わってきてそれが本音なのだと告げている。


「何で…?」

 美咲から投げかけれらた言葉が咀嚼できず、思わず頭がぼうっとする。何度も何度も反芻して、頭に取り込もうとする。

『紗月』『負担』『駄目駄目』『大丈夫』『好き』『距離』『自分』『お役御免』───。

 単語がバラバラになって、文章が意味を成さない。突然鈍器で殴られたような衝撃が今なお頭から離れない。


「今日、こうやって一緒に来れて本当に楽しかったよ。似合うお洋服、見つけてあげられなくて本当にごめん。………私、先帰るから。」

 愕然としている紗月に対し、目を伏せた美咲は荷物を持ちそのまま席を立った。


 手元にあったはずのクレープはどうしたんだろう、だとか片手が埋まっているのにどうやってコートを着るんだろう、だとかどうやってこの後帰ればいいんだろう、だとか様々な疑問が湧き上がってきたのは彼女が立ち去ってから五分ほどが経ってから。

 美咲に縁を切られてしまったといっても過言ではない今の状況に、遅れて理解が追いつく。─すると、彼女の双眸からは大粒の熱いものが零れてくるのだった。

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