クラシックを捕まえていた頃の話

小学生の頃は、夏休みになると虫取り網と虫かごを持ってよくクラシックを捕まえていたものだった。


特にクラスメイトの桑田くんはクラシックにとても詳しかったので、家も近所だったこともありクラシック取り仲間として毎日のように遊んでいた。


クラシックはたいてい大きな木の幹にとまっていて大きな音で鳴いているのだけど、桑田くんが言うには鳴き方で種類が違うのだそうだ。


「あれは何て言うクラシック?」


《ジャ ジャ ジャ ジャーン》


木にとまる1匹を指差して聞くと、桑田くんは目を閉じ顎に指を当て、じっくりと聞いた後


「これは『ベートーベン』だね」


と答えた。


「そんで、あっちがモーツァルト」


指差す先にはまた違う種類がいて、


《タラリラリ タラリラリ タラリラタラリラタラリラリ》


とこちらは軽快な音で鳴いていた。


「桑田くんはスゴいなぁ。将来はクラシック博士だね。」


「いやぁ、お父さんもお母さんも僕をクラシックの道に進めたいらしいけど、僕はロックも聴くしジャズも聴くからなぁ。」


「ホントにそれだけ?」


「どういうこと?」


「あと、髪の毛巻かなきゃいけないのが嫌なんでしょ。」


「え、いやぁ、あ」


「あ、ベートーベンのぬけがら発見!」


実際、桑田くんの家系はご両親ともクラシックに精通していて、授業参観の日には髪を巻き上げた姿で来ていたので、どれが桑田くんのお父さんお母さんかすぐに分かったものだった。

それでも誇らしげにしている桑田くんを見ると、いつか彼もクラシックの道に進むんだろうな、と思った。


来る日も来る日もクラシックを捕まえに行っては、虫かごに入れたクラシックが大きな音で鳴くのを楽しんだ。

時にはぬけがらを集めて人形ごっこのように闘わせる遊びもした。


そして夏休みも終わろうかというある日のことだった。

桑田くんは突然転校してしまった。

両親の仕事の都合らしく、大阪の方に行ってしまった。


「向こうでも、クラシック捕まえるから」


見送るときに、1番大きなベートーベンのぬけがらを渡した。

それを最後に彼との短い夏休みが終わった。





1人でクラシックを探しに行くようになって少し経ち、いつものように朝ごはんを食べたあと捕まえにいく支度をしていると


プルルルル


受話器をとると桑田くんからだった。

桑田くんは息を切らして興奮を抑えきれないようだった。


「おい、大阪でもクラシック捕まえてたんだけどさ、スゴいのいたぜ!」


「落ち着けよ。」


「東京にはいなかった『浪速のモーツァルト』がいたんだよ!」


「え」


受話器の向こうでは浪速のモーツァルトと思われる鳴き声がしていた。


《トーレ トーレ ピーチ ピーチ カニリョウリー》






追記

大人になり子どもにクラシックの種類を聞かれることがあるのだが、どうも種類が分からない。


《オトーサーン オトーサーン》


と鳴くのは何だろう。

彼も有名になって忙しいかもしれないが聞いてみることにしよう。

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