第2話 ヤンデレの策略(前編)

「おい、聞いたかよ。難波のやつ今日痴漢したらしいぜ」

「マジ!? 陰キャの癖に!?」

「ねぇ、あの人今日痴漢したんだって」

「え、やば」


「…」


 昼休み。海斗は窓際の1番後ろの席で項垂れていた。


 せっかくの昼休みという時間に、廊下から海斗が痴漢をしたと言う話が聞こえてくる程に噂が広がっていたのだ。


 朝、海斗が学校に遅れてくると、その時点でもうクラス中には広がっており、先生と会った瞬間に職員室へと連れて行かれた。


 そこで粗方事情を話し終えるものの、先生達からの誤解は恐らく解けた。しかし、生徒からの誤解は解けずにいた。


「…」


 ガタッ


 海斗はトイレに行きたくなり、立ち上がる。すると立ち上がるのと同時に教室にいる者が少し身体を強張られるのが感じられた。


(…最悪だ)


 教室から出た後でもそれは感じられた。


 なるべく気にしない様に、辺りの人間が全て野菜だと思い込んでトイレの中へと入る海斗。


 すると、中に用を足していた男子達が海斗に気づくと、そそくさと出て行く。


 まさか男子にもこんな当たりの強い反応をされるとは意外であった海斗は少し肩を落としながら、用を足そうとする。


「お! 変態野郎だ!!」

「おいー! 何で痴漢なんてしようと思ったんだよー!」


 そこにちょうどトイレに入って来た陽キャ達が、小学生の様なノリで海斗へと絡む。


「し、してない!!」


 海斗はそれを大声で否定する。


 海斗にとって今、痴漢の話はタブー。心をざわめかせる話題であった。


 そんな大声で言わなくてもいいだろうと、海斗は思う。

 周りに聞こえたらどんな反応をされるのか、どんな態度を取られるのか心配だったのだ。


「…そんなガチで拒否んなよ」

「…冗談だろ? 本当にやった訳じゃねぇんだよな?」


 陽キャ達は、機嫌を悪くさせたのか眉を顰める。先程よりもトーンが下がり、威圧感が出てきていた様な気がした。


「う、うん…」

「だよな〜?」

「流石にしないだろ」


 陽キャ達は用を足すと、話しながらすぐにトイレから出て行った。


(…はぁ。俺はいつまで経っても陽キャにはなれない。なんなら一生…)


 陽キャ達の勢いにやられ、精神的な苦痛を覚えながらネガティブな気持ちになった海斗は、手を洗ってトイレから出た。


 その後、いつも通り1人で昼ご飯を食べて、昼休みは終わった。




 しかし、その後の授業でのグループワーク。近くにいる者達と机をくっつけ、皆んな話し合う。


「じゃあこれは?」

「いや、違うだろ」

「この人はもっと違う視点で…」

「佐藤はどう思う?」

「えー、私は…」

「…」


 そんな中、海斗は口を閉して大人しくしていた。


 いつも以上に、話が耳から耳へと流れて行く。陰キャだからと言う事もあるが、いつも以上に話を振られない。やはり痴漢騒動の事は生徒達に相当悪い印象を与えた様である。


(此処は話さない方が良いな…)


 空気を読み、黙って教科書に目を向ける。


「じゃあこれで決まりって事で」

「おーけー」

「うい〜」

「じゃあ、誰が発表する?」

「私は嫌だ」

「そりゃ誰でも嫌だろ」


 周りの海斗以外のグループの人達は、発表者を決める為に相談する。


「じゃあ、1番役に立ってなさそうな人でいいんじゃね?」


 1人の男子がぽつりと呟く。海斗はその一言に身体を強張られた。


(嫌な予感がする…)


「え、じゃあ…」


 グループの人達の視線が、教科書を見つめていただけだった海斗へと集まる。


「難波しかいないだろ」

「そうだな」


 そう言われグループの皆んなが頷き、海斗の返事を聞かないで余った時間は皆んなの雑談で終わってしまう。


 これが陰キャの宿命であり、面倒事はほぼ陰キャに回される。雑用、面倒くさい係等がそうだ。


 ところが、今に至っては全てそれが自分へと回る事になっていた。痴漢騒動の出来事で、自分の今の学校での地位は最底辺であるからだ。


(仕方ない、か…)


 覚悟を決め、言っていた内容をノートへと纏める。


「じゃあ、発表者は前に出てきてくれ〜」


 先生にそう言われて、次々とグループの発表者が前へと出る。


 どのグループも大体陽キャか、頭の良い者が出ており、海斗の身体中から嫌なじっとりとした汗が吹き出る。


「じゃあ、最初は鈴木からな」

「はい」


 そして発表が始まる。


 1人1人、何らかのアクションを起こし、笑いであったり、感心であったり、皆から反応を貰う。

 しかしながら、陽キャの様なトーク力も、頭の良い人の学力も、海斗には持ち合わせていなかった。


「じゃあ、難波」

「は、はい」


 前の人達の発表を聞き、怖気付いている海斗が先生に名前を呼ばれ、皆の前に立つ。


「えっと…わ、私達の班では…」




「はい…難波。もう良いぞ」

「は、はい」


 なんとか終わらせて、海斗は席へと戻った。

 発表が最後だったせいか、後にはもう誰もいない。落ち着いて話せば問題ないと、考えながら話したおかげで、無事話し終えるが出来た。


「よし、じゃあ総評だ」


 そう言い、先生が話し始める。


「全体的には皆んな上手く纏められていて良かったな。少し手間取った班もあったが…まぁ、許容範囲だ」


 先生がそう言った瞬間、教室中にいる皆んなの視線が海斗へと集まった。


 手間取ったと言う班は、恐らく自分の居る班だと分かった海斗は顔を上げずに教科書を見つめる。


 その後も先生は話を続けるが、海斗は顔を上げる事が出来なかった。

 顔を上げると、クラスにいる皆んながまだ此方を見ているかもしれないと言う不安から、顔を上げる事が出来ずにいるのだった。


「きりーつ、れいー」

「はい、じゃあ気をつけて帰れよ〜」


 やっと最悪な1日だった日が終わる。


 そう思った海斗は急いで荷物を鞄に入れ、教室から出る。


「あ、あの人」

「あー…痴漢の」

「例の…」

「が……あ…」


 すれ違う人全てが、自分の話をしていると感じられ、海斗の身体から汗が滲み出る。


(はぁ、早く帰ろ)


 小さく溜息を吐き、足早に昇降口へと向かう。素早く内履きを下駄箱に入れるとローファーを履く。


「えー…ウけるー!」

「でしょ?」


 近くにいる女子から、笑われている気がしてしょうがない。

 これからは普通の学校生活が送れなくなる。誤解は解けるだろうか? そう考えただけで気持ちが一気に沈む海斗は首をブンブンと横に振り、不安を取り除く。


(大丈夫だ! この誤解もいずれは解ける!!)


 そう思って外に出た海斗は、さっきまで猫背になっていた背筋を伸ばし、歩き始める。


「あ、あの…少しお時間良いですか?」

「へ?」


 校門を過ぎて直ぐに、背後から聞き覚えのある声の人から声をかけられる。

 振り返るとそこに居たのは、今朝、痴漢冤罪を掛けた張本人。少し髪型がポニーテールで違うが、間違いなかった。


「な、何の様ですか? 今朝の事ならもう良いですから俺に関わらないで下さい。アレから皆んなから普通だった印象が悪い印象に…」


 海斗は尻すぼみになりながら、彼女にそう言うと、


「ふふっ…そんな事言わないで下さい!!」


 彼女は一瞬不敵な笑みを見せた後、涙を浮かべ、縋り付く様に海斗の腕を掴んだ。


 今はホームルーム終わり。学校中の皆んなが帰る下校時間。

 そんな時に、今朝痴漢騒動で有名になっている男子に美少女が大声で縋り付いている場面を見かければ、直ぐに人は集まった。


「何だ何だ?」

「あれって痴漢の!?」

「あんな可愛い子と何やってんだよ?」

「まさか、また痴漢?」

「何か女子の方縋り付いてねぇか?」

「弱味を握られているとか!?」


 あられもない噂がドンドンと人を伝わって流れて行く。


「や、やめろ!」


 海斗は思わず、少し大きめな声で叫び、彼女の手を振り払った。


「お、お願いです!!」


 しかし彼女は必死な様子で、すぐにまた海斗の腕へと縋り付いた。


「何か女子の方可哀想じゃない…?」

「あ、あぁ。何かやめて欲しそうな感じって言うか?」

「確かに…おい! お前その女子の事可哀想だとは思わないのかよ!!」

「そうだ! そうだ! やめてやれよ!」

「そんな乱暴すんな!!」


 周りの事情を知らない人達は、今の光景だけを見て判断して海斗を口撃する。


 ありもしない事実に周りは踊らされ、その中心にいる2人の会話は誰もが予想出来ないものとなっていた。




「海斗の事が好きなんです…付き合ってください…」

「ふ、ふざけんな…」




 今この場に居る者は、全て騙されていた。


 そう、この女。


 小鳥遊たかなし 千春ちはるに。

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