Ep.22 正面突破と奇襲

 十分間のインターバルを挟んで行われるミニゲームの第二試合は、Bチームと名護北高校ブルーマーメイズとの対戦だった。

 Bチームはミディの星南以外は、アタックに裕子と瑠衣、オフェンスよりのミディに英子、そしてディフェンスに美海と、ほぼ全員が自分の普段とは別のポジションにはいっている。

 コートサイドでは、須賀と友美がBチームの六人に試合前のアドバイスを送っていた。


「ブルーマーメイズも創部間もないチームだが、九州沖縄地区大会予選でも、何度か勝利をおさめている学校だ。特に、キャプテンの1番神田かんだ朱里あかりと3番の田端たばた悠亜ゆあの三年生コンビはなかなか息の合ったプレイをするから要注意だ」

「作戦はさっき伝えたとおり、星南を起点とした速攻だけど、いけると判断したら星南はそのままシュートに持ち込んで構わないから」

 友美がそういうと、星南が手を挙げた。

「コーチ。せっかくなので、試したいことがあります」


 星南がチームメンバーに作戦を伝え終えると、ちょうど選手の招集がかかった。六人はフィールド内に集まり、円陣を作る。 


「美海、ディフェンスは無理してボールを奪いに行かなくてもいい。プレッシャーをかけて相手のシュートコースを狭めることを意識して」

「わかった」

「それと、さっき伝えた作戦。うまくいくけば相手チームは否が応でもこちらの出方を警戒しなければならない。そうなれば、こちらは戦術の幅がぐっと広がるはず。みんな、チャンスがあれば遠慮なく攻撃するよ」

 全員で鬨の声をあげ、それぞれのポジションに散っていく。


 ブルーマーメイズのドロワーはミディの8番高田。こちらは星南だ。

 ホイッスルと同時にボールが高く弾き飛ばされる。

 敵陣側に飛んだボールを長身の3番田端がキャッチした。

 すぐさま、裕子がマークにつく。

 田端は裕子を引き連れてコート右サイドを走り、チームメイトに視線を送りながら呼ぶ。

朱里あかり!」

 逆サイドをキャプテンマークを付けた1番神田が駆け上がる。それを見て田端がクロスを振りかぶった。

「出させるもんですか!」

 パスコースを防ごうと、裕子がクロスを突き出した瞬間、田端がニヤリと笑った。

「フェイクだよ」

 

 田端は振りかぶったクロスを戻し、裕子が突き出したクロスの反対側にダッジをきる。

 星南がすぐにフォローに入るが、今度はフリーになった神田へ田端からのパスがつながった。

 パスを受けた神田はフィールドの中央へドライブし、美海への正面突破を図った。 

 美海は剣のごとくクロスを構える。

 あえてボールを奪いに行く必要はない。プレッシャーをかけてシュートを打ちにくいエリアに追いやり、シュートコースを限定させれば、ゴーリーは防ぎやすくなるし、フォーメーションを乱せばミスを誘発しやすくなる。

 頭ではわかっている。

 けど、怖い。

 女子ではハードなボディコンタクトはないとはいえ、試合で一点を奪うために本気で突進してくる選手の重圧は、練習とは比べ物にならない。

 まっすぐ向かってきた神田が、美海のスペースに入り込んだ瞬間、彼女がふわりと浮いたような気がした。

 その違和感を覚えたときには、神田は体を切り返して美海の左を駆け抜けていっていた。


 抜かせたら、確実に失点する。

 美海は本能的に右足を強く蹴って、神田を追走する。

 しかし、神田に一歩出遅れた美海は彼女のシュートを止めることができない。

 神田がクロスを振り抜いた次の瞬間、美海の耳に歓声が飛び込んできた。

 それは聞き覚えのあるチームメイトたちの喜色を帯びた声。

 神田のシュートを、楓がゴーリークロスで防いでいたのだ。


「あー、惜しい」

 神田は悔しそうに唸りながら、踵を返し自陣に駆け戻る。

 楓のファインセーブで先制点こそ免れたものの、ついさっき神田が見せた不思議なステップに、美海はまるで反応できなかった。

 あの不思議な動き。一瞬、ふわりと浮くような不思議なステップのあと、彼女は美海の反応した方向とは真逆に切り返していた。


「キャプテン」

 楓のパスが星南に渡る。

「速攻!」

 星南は前線の左サイドへのロングフィードでボールを送る。放物線を描くパスではなく、大砲から打ち出された弾丸のような軌道だ。


「力みすぎたわね! あんな速くて高い弾道のパスじゃ誰も取れない」

 自陣に戻ろうとしていた田端は、パスミスと判断して足を止めた。飛びすぎてエンドラインを超えれば、再び自分たちに攻撃チャンスがくる。あえて無理して戻るのをやめたのだ。


「いいえ、ドンピシャ」

 

 左サイドでボールの落下点よりも手前に走り込んでいたのは、瑠衣だった。

 助走をつけてジャンプした瑠衣は、クロスを高くかかげ、ボールをキャッチする、そのまま空中でクロスを振り抜き、右サイドに展開していた英子にパスを送った

 左サイドにブルーマーメイズのディフェンス陣が密集していたため、英子はフリーのまま右サイドからゴール前に走り込み、ランニングシュートを放つ。


「先制点はウチらのもんや!」


 しかし、シュートは枠をわずかにそれ、ボールはエンドラインからコート外に飛び出してしまった。


「くっそぉ!!」

 英子が頭を抱えて悶絶する。

「惜しい惜しい! 次決めよう!」

「すんません、ルイ先輩!」

「ドンマイ! それに、結構インパクトはあったみたいよ」


 ベンチにいた選手がざわざわと声をあげている。

 星南の高いパスを途中で強引にキャッチして、空中で逆サイドへパスを送った瑠衣の突拍子もないプレーに、ブルーマーメイズ側の選手たちは明らかに動揺していた。直線的なパスが空中で軌道を変えたようなものだからだ。


「この作戦、大当たりやな」

「そう何度も使えないだろうけれど……」

 そういいながらも、瑠衣は胸の奥が熱くなるのを感じずにはいられなかった。

 瑠衣は元々、陸上部で走り高跳びの選手だった。その跳躍力と空中での身のこなしを、ポストプレーに使う。それが星南の作戦だった。

 二カ月ほど前、千穂が走ることに意味を見出せなくなって、それを機に自分ももう跳ぶことはないだろうと思っていた。その瑠衣の跳躍に、星南はラクロスという競技の中で再び命を吹き込んだのだ。


「グラボを制するもんが試合を制するなら、ウチらは空中を制してゲームを支配する!」

「そうよ。できれば得点まで持っていきたかったけれど、まずは成功よ。さあ、もう一度守り切って、次こそ点取るわよ」自陣に戻りながら星南がいう。

「よっしゃ!」

 英子の気合の入った掛け声とともに、再び五人がディフェンスのポジションについた。


「所詮は奇襲作戦だ。そう何度も使えない。みんな落ち着いていこう」

 神田が声を掛けつつ、ラインをあげる。右サイドにいる高田が神田からパスを受け、突破をはかる。しかし、英子のプレッシャーに押され、ゴール前へ切り込むのは諦め、ゴール裏に回り込んだ。


「ミウ、1番お願い。ガウガウは3番」

 

 星南の指示で美海と裕子がそれぞれマークにつく。残り二人を星南がマークしつつ、ボールを奪って局面展開させたら、先ほどと同じように瑠衣を前線まで一気に走らせるつもりだ。 

 神田が左サイドのゴール裏に走り、高田からのパスをキャッチして、ゴール前にポジションする美海のほうにむかって1オン1を仕掛ける。

 今度こそ、抜かせない。

 相手の視線、ステップ、走るリズム。あらゆる情報から、神田の動きを予測する。

 しかし、神田はまたしても美海の予測を裏切り、あのふわりと浮くような不思議なステップで、あっさりと美海を振り切り、シュートを放つ。

 しかし、ボールはフレームに当たって跳ね返され、素早く反応した星南がグラウンドボールをキープする。

 攻守逆転。


「12番のマーク!」

 神田が叫び、瑠衣にマークがぴたりとつく。

「ガウガウ!」

 星南が裕子にパスを送る。

 裕子が敵陣にドライブすると同時に、今度は英子が相手ゴール前から駆け戻ってくる。

「英子、お願い!」

「まかしとき!」


 優子は英子にボールを渡し、そのまま敵陣へ切り込む。逆に英子は、ボールをキャッチして自陣側へ駆け戻る。二人の動きに、一瞬、ブルーマーメイズ選手が翻弄される。


「ロングフィーダーは、キャプテンだけちゃうんねん!」

 素早く振り向いた英子は、クロスを大きく振りかぶり、前線の瑠衣にロングパスを送る。


「また飛ぶよ、12番を抑えて!」


 神田が叫ぶ。

 助走を開始している瑠衣にディフェンスがつられて走り出した。

 すると瑠衣は助走をやめ、ステップを踏みV字に切り返して、また敵陣ゴールに向けて走る。

「飛ばない!?」

 ロングパスは瑠衣とディフェンスの上を通過し、誰もいないゴール裏に落ちる。それを予測していたかのように、選手が一人、ゴール裏に走り込んでルーズボールを拾い上げる。

 星南だった。

 星南は裕子にパスを送ったあと、一気に敵陣ゴール裏まで走っていたのだ。


「今度こそ、頼むわよ」


 星南はゴールネットを飛び越える軌道で山なりのパスを送る。すでに、ゴール前に助走していた瑠衣が踏み切り、ハイジャンプをしてボールを空中でキャッチし、そのままクロスを振り抜いた。


 高角度のシュートが、ゴーリーの足元でバウンドし、そのまま相手ゴールに入る。

 

 得点を告げるホイッスルが鳴り、どぉっと歓声が沸いた。

 チームメンバーの歓喜の声と、観戦していたブルーマーメイズ選手の驚嘆。あまりに奇抜な攻撃に、キャプテンの神田も何が起こったのかわからないといった顔をしていた。

「ナイスシュート! ルイ先輩!」

 英子が飛びつくようにして、瑠衣とハグをする。瑠衣も誇らしそうに右手を掲げた。


「ナイスアシスト、セナ」

 自陣に駆け戻る星南に、美海がいう。しかし、美海とハイタッチもクロスタッチもしないまま、星南は自分のポジションにつき、相手の攻撃に備える。

「奇襲が上手くいったからって、次も点が取れると思わないでよ」

 田端が星南のマークにつき、独り言をつぶやくようにいった。

 星南はフィールドの中央に視線をむけたまま、ふっと鼻で笑った。

「奇襲っていうのは、常に相手の予想を裏切り続けることよ。ウチの攻撃はまだまだ、こんなものじゃないわ」


 そこからの試合展開は、お互いに点の取り合いだった。

 ブルーマーメイズがパスを意識したら、星南は1オン1で単独突破。星南にマークが付けば、瑠衣や英子にパスを送り、ポストプレーで点を取りに行く。

 一方、ディフェンスの美海は、神田のリズムの掴めない不思議なステップや、田端とのコンビプレーに翻弄され、ゴール前を守り切ることはできなかった。

 ゲームは9対8でかろうじて勝利したものの、4クォーターを戦った美海は、体も精神も、くたくたになっていた。

 チームメンバーたちと勝利を喜ぶ英子や瑠衣を横目に、美海は浮かない表情のまま、浅く呼吸を繰り返していた。結局、このゲーム中、何度も突破を許し、簡単にシュートを打たせてしまった。そして、もう一人。裕子もまた、試合後もずっと唇を引き結んで俯いていた。

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