第4話:宴――志々答島にて

 新たな仲間を得た影虎たちは、その日のうちに志々答島に到着した。

 志々答島にはまだ九鬼家の旧臣が残っており、思いがけない主の帰還に沸き立った。夜には島中の海賊衆が浜辺に集められ、それなりに豪華な宴が催された。

 宴の食卓には、めかぶの味噌汁、蒸しアワビ、タコの唐揚げ、かつおのたたきなど、海の幸をふんだんに使った料理が並んだ。

 故郷の味を存分に味わったあと、影虎は酒を求めた。

「よぉし! 今日はめでたい日だ。みんなで飲み明かすぞ!」

「おお~~!」

 海賊衆たちが盛り上がる中、浮かない顔をしていたのは万次郎だった。

「殿……志摩奪還までは酒を控えると、この前ご自分で……」

「んあ? そんなことも言ったっけな……まあ、細かいことは気にすんな」

 影虎は完全に浮かれている。無理もないことではあるが……こんな時にはいつも諫めていた蘭は、すっかり諦めてしまったようで、黙って味噌汁をすするばかりであった。

 不安な気持ちを紛らわせるように、万次郎は近くに座っていた神楽に話しかけた。

「神楽殿。今の志摩の情勢を教えてくれないか? あなたはこの島に居着いて久しい。皇国の情報は少なからず耳に入っているはずだ」

「んあ? なんだよもう戦の話か? そんなのあとでいいだろ。今日は歌って飲んで躍ろうぜ」

 こっちもこっちで浮かれているようだった。だが一曲歌ったあとで、ちゃんと答えてくれた。

「今、志摩国を支配してるのは牙門がもんって大名だ」

「牙門……大名だと?」眉根を寄せる万次郎。「王土奉還おうどほうかんの勅命で、朝廷勢力の大名はすべて廃されたと聞いているが……」

 王土奉還とは、日ノ本の土地はすべて皇帝のものであるべきという大義の下、諸大名に領地の返還を求めた勅命である。これにより朝廷はすべての領地を直接支配することになり、大胆な改革が可能となった。

 よって皇国に大名は存在しないはずなのだが……

「牙門がそれに従わなかったんだよ。せっかく志摩を手に入れたのに、手放してなるもんか~! って言ってな」

「う、うむ……」

 絶対そんなことは言っていないだろうと思いつつも、万次郎は話を続ける。

「牙門が独立勢力か……しかしそういうことであれば、好都合だ。大名としての地位を守りたい牙門としては、安易に皇国の手を借りるわけにはいかないだろう。となれば、我々は当面の間、牙門との戦いだけに集中できる」

「ん~、でもさ……八年もの間皇国がほったらかしてたってことは、それだけ強いってことじゃないのか?」タコ足をもしゃもしゃしながら、神楽は言った。「知らんけど」

「そうだな。私もそこは気になっている。我々がいた駿河は荒廃しているがゆえに捨て置かれたが、牙門の治める伊勢は違う。一応は皇国にとって牙門は功臣であるから、大目に見られているだけなのかもしれぬが……」

「ま、相手がどんなだろうとうちらは戦うぜ。本物の九鬼の下で戦えるだなんて、願ってもないことだからな。今まで海賊頑張ってきてよかったって思えるぜ」

 話しながら、神楽の目は焚火の周りでどんちゃん騒ぎする男たちの方に向いていた。

 男たちの中に、こちらに手を振っている者がいる。チョメの愛称で御馴染みの乱馬だ。

「お頭ぁ! 一緒に踊りましょうよ」

「うっせぇな! こっちは今大事な話してんだよ。一人で舞ってろ!」

「なんでですかぁ!?」

「嘘だよ。今行く!」

 そう返してやってから、神楽は万次郎に向けて手を合わせた。

「悪ぃ……ってことで行ってくるわ。うちあんまりそういうの詳しくないからさ」

「いや、十分だ。礼を言う。今まで九鬼の者たちを守ってくれたことにも感謝している」

「どうも」

 神楽は食べカスのこびり付いた歯を見せて笑った。


 宴のあと、影虎とその主だった家臣たちは島内の寺で寝泊まりすることとなった。飲み明かすと宣言した影虎も、結局酔い潰れて深夜まで持たなかった。

 影狼は鷹を連れていたが、寺に持ち込むことはできないということで、外に預ける他なかった。

 しかし鷹がいなくても、影狼は寂しくなかった。

 あてがわれた部屋に入るや否や、影狼は海猫に話しかけた。

「お待たせ幸兄。いるよね?」

『ああ、聞こえてるよ。宴は楽しかったか?』

「うん。魚美味しかった。でも、オレにとっての宴はこれからだよ」

『ふふ、そうか。久々の再会を祝して……だな』嬉しそうな、幸成の声。『今日だけは夜更かしに付き合ってやるよ。ほどほどにな』

「ほどほどってなんだよ。話したいこといっぱいあるんだから、全部聞いてよ。宴の間もずっと考えてたんだからね」

『分かったよ。ゆっくり話そう』

 影狼は幸成が斃れてからこれまでのことを、つぶさに話した。

 武蔵坊とのこと、妖派でのこと、羽貫衆のこと……辛いことの方が遥かに多かったのかもしれない。それでも、話していくうちに影狼の声は弾んでいった。

「あいつ、オレには嫌なことばっかりしてくるのに、栄作さんたちの前ではいい子のフリしてるんだよね」

『影狼に構って欲しいんだよ。きっと。今頃寂しがってるんじゃないのか』

「そうかな……オレの代わりに、ヒュウが狙われてそう」

『はは、それはありそうだな』

 幸成も楽しそうに聞いている。生きていた時よりも、生き生きしているんじゃないかと思えるほどに。

『でも、よかったよ。頼れる仲間もいて、同じ年頃の友達もできて』

「うん。もう幸兄要らないね」

『そっか……じゃあな』

「待って待って! 嘘! 冗談! 行かないで!」

『大丈夫だよ。安心しな。当分は消えないから』

 生意気なことを言ってみたが、あえなく返り討ちにされる影狼。本当はまだまだ甘えたいのだ。生前は責任ある立場の幸成に遠慮していただけに、なおさら。

「ねぇ……幸兄って、やっぱり幽霊になっちゃったの?」

『そうとしか言いようがないな……どうやら、海猫に取り憑いた亡霊ということらしい』

「じゃあ、オレずっと幸兄に見られてたの……?」

 ギョッとして海猫から離れる影狼。幸成は笑いながら言った。

『そんな、ずっと見てたわけじゃないよ。今までのことはそんなに覚えてないんだ。なんだか長い夢を見ていたような感じで……でも、お前が海猫を肌身離さず持ってたことは知ってるよ』

「……やっぱりじゃあね」

『え? ちょっと待って! 冗談……じゃないけど、まだ話し足りないでしょ!?』

 焦る幸成。話したがっているのは自分の方もであったが、まだまだそこは素直になれない。

 そんな義兄の本心を見透かして、影狼はふふっと笑った。

「仕方ないなぁ。もっと話してあげるよ」

『………』

 これまでの出来事を話し尽くしたところで、影狼はふと気になったことを聞いてみた。

「幸兄ってさ、どうして海猫が使えたの? オレは羽貫さんに教わった、気功の修行を続けてきたから使えるようになったけど、幸兄はそういうわけでもないでしょ?」

『それは……自分でも分からない。オレは気功のことなんか知らなかったし、海猫もずっと妖刀だと思って使ってたから。でも羽貫さんの説明聞いてたら、なんとなく分かったような気がするよ。要は、仙刀術に適した精神状態で海猫を振るえれば、なにも気功を体得しなくても仙刀術は使えるんだ。オレにはその素質があったんだろう』

 それは、自慢になる話のはずであったが、なぜだか幸成の声は暗く沈んでいた。

『鵺丸先生が妖派を斬った時、オレは躊躇なく刀を抜いた。鵺丸先生の暴走を止められなかった、せめてもの償いとして、自分が手を下さなければならないと思ったからだ』

「幸兄……」

『己の信じるもののためなら、心を殺せるのがオレという人間だ。だから海猫を使いこなせたんじゃないかと、今では思うよ。思い返せば、自分が怖くなる。師を斬ることになんの躊躇いもなかった自分が』

「でも……幸兄はなにも間違ったことはしてないよ」

『オレもそう信じたい。でも、お前にはそうなって欲しくないんだ。本音を言うと、鴉天狗のことも気にすることなく、普通に生きていって欲しかった』

「そんなの……できるわけない」静かだが、やや怒ったような口調で、影狼は言った。「それじゃあ、幸兄がなんのために死んだのか分かんないじゃん……! 鴉天狗のことを忘れられるほど、オレ薄情じゃないし……」

『やっぱり、そうだよな……だから、もうやめろとは言わないよ。それがお前の選んだ道だというのなら、オレも力を貸す。もとはと言えば、オレの不始末だ』

「だから、幸兄のせいじゃないってば!」

『はいはい』

 それからため息らしきものを挟んでから、幸成はまた言った。

『だいぶ話し込んだな。そろそろ寝よう』

「嫌だ。今日は夜更かしするって言ったじゃん」

『そうしたいのも山々だが……オレは今、海猫の気を使って話してるんだ。あまり無駄遣いはしたくない。仙刀は気が回復するまでにとにかく時間が掛かるって、羽貫さんも言ってただろ?』

「………」

『これからまた大きな戦が控えてるし、いざという時に使えなかったら大変だ。だからこれからは、本当に必要な時以外は、なるべく使わないようにしよう』

「幸兄の嘘つき」

『ハハハ、ごめんごめん。朝まで行けるかなと思ったんだけど、意外と消耗が早くてな。それじゃあまた……一緒に頑張ろうな』

「うん……おやすみ」

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