第13話 Envelope

 バーレントのいる前線の先行部隊は、大規模な攻勢を受け、一時マサトのいる地点まで防衛ラインを引き下げていたが、航空部隊が巻き返しを図ったために、地上部隊も同時に防衛ラインを山頂を超えて谷側方向である8合目まで進軍することができた。


「山頂に向けて、駆け上がらないといけないのはかなり厳しかったが、こうして敵がひょこひょこ顔を出しているのが、山の上から見えるようになると、地の利ってすげーなって思うわ」

 バーレントは岩陰に身を潜めながら、隣の兵士に声をかける。


「何だろうな。俺達がボロボロにやられてたのが嘘みたいだよな。」

「あぁ。まるでシューティングゲームみたいだ。ひょこっと覗かせた頭を赤い点で標準を定めて撃ち抜いていく。キメラでもいない限りは脳天を撃ち抜いて一発KOだ。ほら、そっち。犬っころが行ったぞ。」

 距離としては、300メートルから400メートルだろうか。

 ボルトアクション方式のためかリロードまで時間がかかるが、確実に敵を仕留めていく。

 アサルトライフルの銃床を肩につけているためか、命中精度も良い。


 すぐさま、カバーが入り、先程までは恐れの対象であったハイエナも次々に仕留められていく。


「お前、出身はどこの国なんだ?」

「あー。南国の方だ。対して気候も変化が少ないほうの国だ。」


「じゃあ、こっちに来て、めちゃくちゃ寒かったんじゃないのか?日差しが出る時間も対して長くないから、大変だろ?」

 バーレントは敵を横目に話しかける。


「あぁ。それは無い。というかもう慣れた。

 俺は自分の国からすでに送還されていたから、この地方の環境にも慣れた。そりゃ最初はキツかったさ。朝起きて、腹を壊して、下痢になるわ。のどが渇いて、声が少し枯れたり大変だった。」

 兵士は苦笑いをしているのか。鉄の仮面のせいで時折、顎に傷が入っているのが見えた。表情は見えなかったが、笑い声が聞こえた。


「辛いことだらけなら、わざわざこんなとこに来る必要なかったんじゃないのか?」

 バーレントがそう言うと、兵士はこちらに振り向いてこう答える。

「お前は、知らないだろうが。世の中には、こんな戦場の方がまだマシだったりするんだ。

 ほら、こうやって撃っているだけで、生計が成り立つんだ。しかも人殺しじゃない。動物を殺しているわけではないから、愛護団体に訴えられることもない。殺しているかも怪しい。壊しているのは命のないゴミ(機械)だからな。そういうお前は、どうして、志願したんだ?」


「俺は自由が欲しかったからだ。」

 バーレントがそう言うと、兵士はせせら笑った。


「自由?どうしてそんなものが、この戦場にあると思ったんだ?だって、お前は今も、兵長に命令されてこの場所を防衛しているわけだ。命令を遂行するためにここにいる。いったいどこが自由なんだ?」

「いや、自由さ。裁量がある。自分の命を守るためなら、様々な知恵を使うことができる。」

「現実に転がってる仕事はそうじゃないとでも言うのか?俺にその感覚は分からないが。」


「違うね。どれも考えずに行う作業ばかり。俺らが創発するより、機械に任せたほうが正解にたどり着くのさ。だから、戦場は俺らにとって、最後のフロンティアさ。」


「悲しいなぁ。こんな場所が最後のフロンティアだなんて。」


「ふん、おい、そっち獲物逃したぞ。」

 バーレントが隣の兵士に声をかける。


「ま、待て。銃口を向けてるんだが、銃弾が引き金を引いても発射されない。」


「はぁ?何言ってるんだ。」

 そうバーレントと会話を繰り返すうちに、敵は300メートルの距離をどんどん詰められる。

 白銀の胴体が認識できる程度に、機械は走り込んでくる。


 しかも一斉に複数体。

 前線の部隊はその姿に恐れおののいた。


 先程まで認識できた機械の白い仮面は外れて、人間の表情が顕になっていたからだ。


 黄ばんだ歯が見え隠れしながらニヤリと笑いながら、襲い掛かってくる。

 しかも、鋼鉄のボディを身にまとって拳が飛んでくる。



 第4師団の前線は再び崩壊した。

 原因不明の装備故障によって、一時的に戦闘不能に陥ったのだ。



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「Envelope。この言葉は封筒や包むものという意味があるが、ここで用いられている場合、それは、 ヘルペスウイルス、インフルエンザウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、B型・C型肝炎ウイルスなどの表面を覆う膜。という意味になる。

 そして、このエンベロープはウイルスを包み込んでいる膜であり、膜の表面にあるスパイクと呼ばれる糖タンパク質の突起が、宿主細胞への侵入時に重要な役割を果たす。侵入した際、ウイルスは膜から飛び出し、細胞内に侵入する。


 これが一般的な、ウイルスによって細胞が感染する流れだ。」

 ボサボサの天然パーマの医師が野営テントで後方部隊員に説明をしながら、未だに意識不明な男に目を向ける。


「この男は先程話したような原因で、何らかの方法で体内にウイルスが侵入し、感染が起こった。問題はその後だ。このウイルスは宿主の内部にて、増殖し、内部から外部へ、つまり病巣が表層に移動し発芽を行った。ここまでは今回初めて確認したことだ。以前は、切断した腕は焼却処分したためにこの事実が発覚することは無かった。

 そして、私が確認したのは芽が成長し、背の高さまで成長したあと、朽ちたことを確認している。その時、切断した腕は豆つぶのような大きさまで縮小したはずなのだ。」

 医師は頭を抱えながらも野営テントに設置された通信機で作戦本部に連絡を取る。

 事情を会話しながら、医師は、感情の高揚を表すように己の額を人差し指でノックする。

 その重要性はきっと専門の医師のみが知るものだったに違いない。

 到底僕らは現場での応急対応を学んだのみであり、気づくすべはなかった。


 医師はしばらくすると、通信機を耳元から離し、相談結果を告げる。

「この男は作戦本部へ輸送することになった。何が起こっているのか解明するためだ。頼んだ。」


「承知いたしました。」

 ある女性隊員が、医師のもとに駆け寄って敬礼をする。

 後方部隊は医療班だけではなく、攻撃部隊を支援するために機能ごとに班が別れている。

 彼女の腕章に巻かれているものから連絡班だと理解する。


「本部から無人浮遊器官を一機、用意する手はずになりましたので、担架を使って、待ち合わせポイントまで運びます。」

 そういって、連絡班の兵士は一礼すると例の男を乗せた担架ごと、その場を去っていった。


 男の様子を観察しながらも、医療班に所属する兵士たちは声を上げられずにいた。

 なにが起きたのか信じられなかったのだ。


 誰もその男が再生する過程を目撃したものはいなかった。まるで聖書に書かれた言い伝えかのように、負傷した男が綺麗な姿になって現れたのだ。

 そして、同一性は無視されて、複製体が存在したこととなる。

 この自体に兵士たちは、自分の頭の中で理解に努めようとする。


 奇跡など起こらないことを我々は知っている。

 物語は所詮、物語なのだと、冷酷なリアリズム思考が戦場を駆け巡っている。

 冷静に、事実に基づいて判断しなければならないのだ。

 そして、この事実がどのように戦況を左右することになるのか分析する必要がある。


 おそらく敵の攻撃はすでに始まっているのだ。

 その結果はこうして答えを提示されるのではなく、ある一箇所が黒塗りされた状態で、我々にヒントとして具現化する。

 我々はその一旦を偶然、目撃したに過ぎない。

 気づかぬうちに、侵攻は始まっている。


 思い返せば訓練所での生活を経て、列車による長旅の末にエルブルース駐屯基地に辿り着き、輸送機によって運ばれ、戦場に立っている。

 僕から見れば戦場の体験は、まるで封筒を開封し、中に入った手紙に初めて目を通している状態に感じられる。僕という時間軸で考えれば、今現在から戦闘が行われているように感じるが、グレーボヴィチ教官が話したとおり、この紛争は30年も前から始まっているのだ。

 そして、両陣営ともこの膠着状態を打破するために、あらゆる仕掛けをその間に仕込んでいたに違いない。

 相手を倒すような猛毒は、その強烈な一打は、確実に敵の急所に当てるために巧妙に仕組まれるべきだ。


 もしかすると、既に開示されたヒントをヒントとして認識できていないのかもしれない。

 再び、僕は考え始める。

 常識や前提を疑う。


 周囲のざわめいた環境が静かになるくらい集中すると、ある一つの問いかけが心の中に浮かんだ。



 僕達はこの現象を初めて目撃したのだろうか。


 同じ姿をしているものが生まれるということがそんなにも不思議なことなのだろうか?

 途中のジェイミーティと呼ばれる砂漠の大地の上に建てられた城塞都市に存在した協会では、皆が同じ中性的な格好をし、背丈の違いがあれど、統一感があった。


 しかし、遺伝子レベルで似ているかと言われればそういうわけではない。

 もちろん、外見の統一感を出すことは可能であるが、顔の輪郭まで似せることはできない。


 今回は外見はもとより、銃が味方を識別し、遺伝子まで構造が一致しているのだ。

 それはまるで、、


 それはまるで。


 複製体である。XとYの染色体が半分ずつに分かれて生殖するものとは違い、遺伝関係が働かない現象であり、細胞を培養し、まるで細胞分裂が行われたかのようだった。一つの細胞からまるで一卵性双生児のように、2つの個体が生まれる。


 僕はすでに似たような男に会っていたのだ。

 グレーボヴィチ教官が犯行声明で語っていた。

「男の名前は、アベル。P5の一員である先進国の有名な科学者だ。

 今はルーカス兵長のもとで働いているアベルのクローンであり。オリジナルを捕縛もしくは、殺害するために私は30年前この地に赴いた。」


 話を聞いた直後は、クローン技術というのは当然のように自分たちの陣営が保有している技術なのだと思っていた。

 アベルが思い通りに捕縛できなかったために、仕方なくこちらの技術を用いて、クローンを作り上げたのだと思い込んでいた。


 しかし、これが相手の技術だとすると行使者と被行使者の関係性が逆転することを意味している。


 拡大解釈をすれば戦争を仕掛けた側も自分が想定したもしくは思い込んでいたものと違うのかもしれない。


 エルブルース駐屯基地にて軍隊の説明を受けたときに、ルーカス兵長はこう言っていた。

「山脈上に、10師団分の小隊に別れている。僕達は第4師団だ。情報は総統が管轄している司令部から直接伝達される。」

 まるで、10師団を用いて籠城攻めに成功したかのような印象を抱いた。


 侵攻を受けているのはどちらなのか。


 それからマサトはタイミングを悪く、次の言葉を思い出し、連想してしまう。


「歴史の授業で習ったかと思うが、この数世紀で地球に存在する人類の総人口90億人に迫ってから、80億人に下がり、現在は一定値を保つことができている。」

 これは総統が発したメッセージだ。


 僕はこの言葉を受けたときに感じた印象を否定しなければならない。


「90億人に迫ったとき、食料の奪い合いによる大国同士の戦争や国家の中でも独立勢力による紛争が多発した。」


 言い返せば、総統は僕達にこう告げたのだ。

「紛争によって、10億人の人々が死んだのだ。」

 大国が一国滅んだと、彼はそう言ったのだ。


 本当に昔の大国間の紛争で10億人が死んだのか。

 30年間続けたこの紛争により、10億人が死んだのか。その言及はこのメッセージの中では、大国間の戦争という大規模な戦場になるという印象を下地に巧妙に隠されていたのかもしれない。



 果たして、どちらの過失で80億人という結果になったのか。

 意図的に減らされた数字なのか。


 アベルのクローンと言われている若い科学者はどちらの味方なのか。

 きっと、これからもミサさんの弟であるノアに面会する度にアベルのクローンはミサさんに近づくのだろう。



 僕に底知れない不安が襲ってきたようだった。



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「ノア・レスター様はこちらです。」

 マサトが戦地に旅立った数日後、ミサは弟であるノアと面会をしていた。

 ミサは動かないノアをベットの脇に置かれたイスに腰を掛けながら見下ろす。


 そして、毛布の外にはみ出した彼の手を優しく握り話しかける。

「マサトくんが戦地に行ったよ」

 病室は専用の個室になっており、明け方の冷え込みを防ぐために窓は閉められ、ミサの声だけが聞こえる。


 ミサは深く深呼吸をしながら、再びノアを見つめた。

 ノアは天井をボーっと見つめ、瞳孔を動かすことは無かった。

 髪の毛は短く刈り整えられ、私の言葉を黙って聞いていた。

 言葉にする前に、自分の手が震えだしていることがわかる。

 目頭が熱い。


 ミサは冷静になろうと、ノアの手を強く握りしめる。

「お部屋の暖炉の音が虚しく響くの。パチパチって。

 返事はないの。

 薪と薪の間に灯った赤い火が暖かいうちは良いの。

 段々と、灰色に形を保てずに崩れ落ちていく様子を見ていると、どうしても考え込んでしまうの。

 そこに生きた緑はない。

 大地に還る準備をしているんだと、心に言い聞かせても、それを見守ることが自分の番だなんて信じたくなかった。」


「生存して帰ってきた人はいるのかな?」

 その問いかけに、ノアはかすかに笑みを浮かべる。


 しかし、ノアが言葉を発することはない。

 ミサはその様子を見て、ほっと胸をなでおろした。


 ノアは私の兄だ。


 ノアは16歳のときに部隊に志願し、戦場に赴いた。

 あの頃から姿は変わっていない。


 優しかった兄の姿のまま時が止まっているかのようだ。

 私が兄の年齢を超えるだなんて夢にも思っていなかった。


 事情を知らない人から見れば、私と兄の関係だと気づく人はいない。

 この病院でこの事実を知っている人は誰もいない。


 兄が家に帰ることができなかったのは、もちろん医療設備がなければ生き残れなかったということもあるが、きっと他にも理由はある。


 父親が総統になったおかげで、ノアは特別に個室を与えられているのだろうか。

 最初はそう思っていた。


 しかし、ノアの病気と向き合っていくうちに、どうやらそんな理由だけではないのではないかと感じた。

 ひと目でわかる。ノアの首元から確認することができる。緑色の斑点模様。

 緑斑症と呼ばれているそうだ。


 この症状のせいで、ノアは身動きができない状態になったのか。その因果関係は分からなかった。

 やせ細った腕に視線を落とす。

 運動ができないためにどんどん痩けていく姿を見るのは辛かった。


 きっと、布団をめくれば皮膚の上からでも角張った骨盤が見えるのだろう。

 肉のないおしり。げっそりとしたふくらはぎ。そんな現実を直視することはできなかった。

 これでも私が幼い頃は、進んで面倒を見てくれていたのだ。

 日が暮れるまで砂場で遊び、母にお使いを頼まれれば、お買い物も兄の手を握って一緒に出かけた。


 引っ込み思案だった私を外に連れ出してくれたのは、兄だった。

 私は今でも感謝している。


 母はそんな状態の兄を見たくないらしく、数年経った今も一度もこの病室を訪れたことはない。

 この目で確認をすれば、信じざる負えなくなる。

 それが自分自身にとっての現実になる。

 母が抱いている幻想は消えてなくなる。


 きっと私も幻想を抱いている。

 マサトくんがいつまでも、あの列車で会ったときのままだと思っている。

 信じ続けている。


「気になる人でもいるのかい?」

 声のする方向に振り向くと、父親の姿があった。

「お父さん。」ミサはびっくりした表情を浮かべながらも、視線を落とす。

「列車の襲撃事件のときに、ミサがいつまでも心配していた子がいたのを覚えている」

 父親はポリポリと頭を掻きながらも、話し出す。

「彼は良くも悪くも運が強い。あの時だって、普通だったら死んでいた。よくあの攻撃を避わし、さらに谷底へ転げ落ちても生きていたものだ。だから、今回も生きて帰ってくるさ。きっと。」

 父は良くも悪くも、建前と本音を使い分けている。

 それは私が幼い頃から薄々と感じていたものだ。


 総統の立場としての意見。父親としての意見。父親自身が秘めている思想。

 そのどれもが、交わることはなかった。

 周囲にどんな人物がいるか。自分はどんな発言を求められているのか父親は素早く察知することができた。

 頭が回り、使い分けることが得意に見えた。


 だから、きっと今の私に声をかけるとすれば、父親らしいコメントになる。

「どうした?そんなジロジロこっちを見て。久しぶりに親父の顔を見て寂しくなったか?」

 父親と目が合う。

「いえ。何でもない。お父さんは大事な人を亡くしたとき、どうやって自分の気持ちと折り合いをつけているの?」


「んん。急に難しい質問だな。確かに、お父さんも戦場で何人も大切な人を失くしてきた。その度どうしているのか。っていうと、体を動かしている。運動をして頭が空っぽになるまで疲れて、寝る。その繰り返しだ。そうしたら死について考える暇もなく眠りにつくことができる。最初はそうやって身体を慣らしたほうが良い。」

「どうして?」

「必ず私達を引きずりこもうとするからだ。」


「死者は私達を逃さない。忘れられてしまうのが怖くて、夢の中も私達に声をかけてくる。だから深い眠りに入れるように身体を意図的に疲れさせる。それが大切な人を失ったときの秘訣だ。」


「そうなんだ。でも、なんだか悲しいね。」

「そうか?」

「うん。大切な人だというのに、自分から忘れてしまうなんて。」

 私がそう言うと、父親はため息をつく。


「ミサは優しすぎるんだ。ノアのことだって、あきらめていないのはお前だけだ。」

 父親は淡々とそう告げる。

「ノアはもうこの状態になって、久しい。これ以上の改善は難しいと、担当医も言っていただろう?」

「私は納得できない。」


「ミサっ!」

 父親は目を背ける娘を説得しようと、彼女に手を伸ばす。が、病室の扉が開く音が聞こえ、その手がピタっと止まった。


「やぁ。やぁ。親子喧嘩ですか。総統。めずらしい。」

 太陽の光を遮るように黒い影が語りかける。


「アベルか。恥ずかしいところを見せたな。」

 父親はそう言うと、ミサのそばを離れ、アベルの方を振り返る。


「なにか用があるのか?」

「いえいえ、いつもの定期検診ですよ。弟さんの容態を確かめるように貴方に言われたんですから。」

「あぁ。そうだったな。あとは頼んだ。」

 父親はそう言うと、病室を立ち去った。


「ミサ・レスター。あなたも苦労されている。

 父親が総統。家族は負傷兵を抱えている。

 それでも父親は兵士の動員を止めることはない。心苦しい心境と察しますよ。」


「ときどき、考えますよ。どうして、私達を苦しめる紛争がいつまで経っても無くならないのかって。」


「ふん。難しい問いかけをしますね。

 そんな大きい問いを考えても答えは出ない。

 事実を並べて考えてみてください。


 あなたの父親は素晴らしいことをしたんですよ。

 事実、紛争は中東地域、アフリカ、東アジア地域で頻発していた。しかし、その紛争も収まったでしょう?

 人々は、その身体にナノマシンを仕組むことによって、第3者に自らの情報を開示し、身の潔白を証明した。


 つまり、殺人衝動が起こらないことを証明したんですよ。

 認証を通過した善良な民衆だけが、住むことを許されることで争いのない平和な社会が訪れた。


 これでもはや前世紀の社会問題であった難民問題も解決。

 多様な様々な人種が共存繁栄する社会の誕生です。


 素晴らしい。偉業を成し遂げたのです。あなたの父親は。

 もう少し、誇りに思ってもよい。」


「では、どうして、このエルブルース駐屯基地の向こう側では未だに紛争が続いているのですか?」

 そうミサがアベルに問いかけると、深くため息を付きながら話す。


「あの、私はあなたの神父でも神でも無いのですが。

 なぜ。どうしてと。人に聞く前に自分で考えたらどうです?


 自分の会社がこれからも成長しますか?と尋ねられて、誰かがYESと答えれば、あなたは信じるのですか?

 誰かが話したその理由を無条件に信じれば、考え事は少なくて楽でしょう。

 でも、あるのは事実のみです。


 その人が知らない。会社の弱点があるのかもしれない。

 知らずに技術は進歩しているのかもしれない。

 次の時代に乗り遅れるかもしれない。


 結局、世の中すべてで起きていることを認知するのは人間には不可能なんですから、誰かにその考えを信託するか。自らの責任で決めるか。どちらかでしかないのです。」


「でも、私は何も知らないのです。

 考えを進めるべき、判断材料もなければ、父親の言っていることをそのまま信じることもできないのです。」


「ならこのように考えてみてはどうですか?

 3パターンで考えてみるのです。最高のシナリオ、通常のシナリオ、最低のシナリオってね。

 事実はすべて、隠されている。その一部しか僕たちは観測することができない。


 もし〇〇が△△ならと、考え、いろんな問いかけをしてみる。


 極端な例をいうと、

 もし、この紛争の全てが仕組まれたものだとしたら?

 もし、この紛争で利益を享受するものがいたら、それは誰か?

 だとしたら、紛争は終わらせるものではなく、続けるものに変わる。


 なぜ、父親は兵士を戦場に送り続けるのか?

 父親に利益はあるのか?父親のステークホルダーに利益があるのか?


 もし紛争が仕組まれたものだとしたら、戦場で起こっている事自体が想定された計画に基づいたものである。

 ならば、兵士は死ぬ目的のために、戦場へ行っていることになる。

 なぜ殺す?なぜ兵士を集める?



 おっと、語りすぎましたかね。

 いずれにしても、あなたも僕も、歯車の一部に過ぎないのです。

 私達が置かれている状況は、起こるべくして起こっているし、複雑に構造化された現象なのです。

 抜け出すには、全体を俯瞰し、想像し、作戦を立てる必要があります。」

 アベルはそう言って、クスっと笑うとその場を立ち去った。



 ミサは黙り込んだまま、しばらくその場を動かなかった。




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「霧島マサトであってる?」

 医療器具の洗浄を行うためテントの外に設置されてある水道設備で作業をしていた頃。先程の連絡班の腕章を身につけた女性隊員が話しかけてきた。


 女性隊員は僕の顔を確認すると、ニコっと笑う。

「覚えてない??私。渡八千代。大学時代一緒に講義受けてたんだけど。」


「ごめん、なんの講義?」


「えっと、病理学かな。あなたにノート貸してもらってたんだけど」

 そう言われて、マサトは思い出す。

「もしかして、たまに講義遅刻してきてた。。」

「私って、そういう印象なんだ。」

彼女は、長い髪をかき分けながら苦笑いをした。

「あのときは助かったよ。講義の前半寝ちゃったり、聞けていない話があったら教えてくれたよね。」


「最後らへん、狙いをすましたようにこっちに座ってきたよね」


「そうだね。霧島って、一人でいること多かったし、絡みやすかったのは確かにある。

優しいのは間違いないしね」

渡はそう言いながら、視線を例の男を乗せた担架に視線を落とす。


「でもまさか、こんなところで再会するなんて。最初、霧島の顔見たときに驚いたよ。

平和な世の中になって、わざわざ兵士に志願するだなんて、変人か、大義に駆られた人がすることだと思ってた。

勉強していた頃の霧島って、黙々と勉強しているイメージでそのまま、どこかの優良企業に就職して、結婚して〜みたいな感じで、王道ルートを進んでいく印象だったんだけど。違ったんだね。」


「君も好奇心旺盛な人だなって思ってたけど、こんな場所にまで来るなんてね」

砲弾の聞こえてくる前線の方向をチラっと見ながらも、渡は僕に近づき、耳元でささやく。


「霧島は気づいたの?この男が存在する理由」

「何が言いたい?」

「私はそこまで頭が回るのは早くないから、気づくまで時間がかかるの。もちろん、この男が戦況にどう影響するのかも大事だけれど、それ以上にこの見分けがつかないほどの複製体が、もし、私達の社会に入り込んでいたら?

とても大変なことになると思わない?」


「大変なこと?」


「そう。この複製体がただの複製体じゃなくて、」

そう渡が言いかけた瞬間に、後ろの方から仲間の兵士が近づいてくる足音が聞こえ、話は中断する。


「霧島。掃除終わった?」

ヒイラギの声が聞こえてくる。


渡は焦ったように、声のする方を振り返ると、僕に一言告げる。

「ねぇ、私と一緒にこの野営地から離れて、その事実とやらを確かめに行こうって言ったら、あなたはどうする?」

渡は一枚折りたたんだ紙を僕に手渡す。


「無人浮遊器官で飛び立つ地点が書いてある。待ってるから。」



***************************************************

私は科学者と呼ばれるアベルの話していた内容の全てを理解することは出来なかった。

今まで疑ったことなど無かったからだ。


考える訓練もしていなければ、自らの力で道を切り開く努力もしてこなかった。


才能のない私ではなく、才能のある誰かが、私を助けてくれる。

そう思っていた。


いざ、他の誰かでもない。私自身に危機が迫っている状況が推察されたとき、自分の身体が思ったように踏み出せなくなっているように感じた。


それはこの状況自体が、未だに緊迫した状況ではないことによる安心感とこれから来る自体にどのように備えたら良いのか分からないという、半ば思考停止に陥っていたように思える。


私は、マサトくんのように戦闘をすることはできない。

あの列車の襲撃事件のときも、私は大人しく縮こまることしか出来なかった。

協会で殺人犯に襲われたときも、目の前の自体に驚き、怯えることしかできなかった。


アリスを保護したのは良いが、結局、私は母親に頼り、自分がすべき事はほぼ無くなったとさえ、感じていた。



山脈の向こう側で起きている「最後の紛争」も遠くの出来事の話が、想い人が兵士であるという事実を持って、身近に迫ってきたという話だった。


いや。本当は、もっと誰よりも身近な出来事だったはずなのだ。

兄は紛争によって負傷し、父親は作戦を指揮している総統。


誰よりも紛争の関係者だったはずなのだ。


でも私は、性別による無力感なのか、生まれ持った思考能力の限界による無力感からなのか。

考えることを諦めていた。


それはマサトくんが、私の前から去った時も同じだった。


私はただダダをこねる娘のように。

解決策も述べずに、嫌だと言っているだけだったのかも知れない。


あのときは、あれで満足した。

だけど、思い返してみると、私はマサトくんを説得するような案は何も持たずに、寂しいと言う女だった。



彼の話をもっと聞いていたら、知り合いを頼って何か出来ていたのかも知れないのに。

私は彼の目的も探ることを諦めてしまった。


怖かったから?嫌われたくなかったから?

どちらの理由も事実だ。


だけど、この病室でモヤモヤ考え事をするくらいなら、なにか行動しておけばよかったと後悔した。



ミサは溜め息をついた。

予想されていない未来の出来事に対応するのは難しい。

でも、この先どんな自体になるのか。推察するような材料がないだけで、

私は何もヒントがなければ、頭を抱えてしまうけれど、ヒントさえあれば考えることができる。

そう思うことにした。


だから、先ずは。

ミサは座っていたイスから立ち上がる。


そして未だに目を覚まさない兄「ノア・ レスター」を見つめて声をかける。


「どんな結果になるか分からないけど、後悔しないように頑張ってみることにした。

私が私を好きになれるように。

見守ってて、兄さん。」



ミサは病室を出て、どこから手を付けようか考えを巡らせる。


今まで疑ってこなかった事実についてもう一度、考えてみる。

そして、導いた結論に対して、父親に問い詰める。

この作戦で行こう。


そう胸に決めて、ミサはエルブルース駐屯基地、市街地区内にある国営図書館に向かった。



ミサは道すがら思考を巡らせる。

思い出そうと努力をしていたのは、義務教育期間に受けた歴史の授業についてだ。


第一次世界大戦

199×国際連合

第二次世界大戦

199×国際連盟

ベトナム戦争

湾岸戦争

イランイラク戦争

9.11同時多発テロ事件

ISS

ウクライナ戦争


思い出しているうちに、図書館に辿り着き、大規模データベースに対して検索をかけ、蔵書してある書籍に目を通す。


20××年

非常人理事国の定期的な常任化


20××年。

墜落事故

公海上に存在する非公認国家〇〇が打ち上げたロケットが高度70kmに到達した直後、第1段が切り離され、第2段のブースターが作動せず、ブースターの進行方向を決める水平器がハッキングされ、〇月〇日の未明に墜落した事故。

墜落した現場の場所は、風評被害の懸念があるとして、情報開示されていない。この事故について、死者は出ていないとされる。


20××年〜20××年

新興国家の誕生

この数年間で、非公認国家群が次々に誕生した。

非公認というのは、国際連合から承認を受けていない国家である。

そんな国家が次々と生まれ、各国家は従来の企業体と同じようなアライアンスを形成し、相互に足りない機能を補完し合いながら、効率的な国家運営をしているとされている。


新興国家の特徴として従来の国家が領土を主張していない領域。公海や宇宙空間に人工的な領土を持つ例が多い。


20××年。

電子国家の誕生

公海や宇宙に続いて、情報空間の中に国家が生まれた。

彼らは独自の認証システムを用いて国民を認識しているらしい。以前からも問題になっていた国を持たない民族があらゆる国家を跨いで利用している。二重国籍を取得していることになるが、電子国家は独自の経済圏を築き、凋落する国家の中でも力強い個人の形成を助けている。


新人類の誕生

人類は遂に進化を遂げた。

以前にも、強化人間あるいは拡張された人間というような、サイバネティック技術を用いて、人間の能力を拡大する事例はあったが、今回はそれを本質的に凌駕する。

人間は遂に自らの肉体を使って栄養源を生成できるようになったのだ。

人間は今まで、外部の食糧を体内に取り込み、タンパク質やブドウ糖に分解し、リンなど必要な栄養素に分解することを行っていた。

それに対して、植物は太陽からの日を浴びて、光合成。つまり自給自足することができる。

これが人間にもできるようになったのだ。


本の中に一枚の写真が挟まれていて、緑色に変色した痣がついた女性の背中が映されていた。


息を呑んだときに、後ろから声をかけられる。

「何かをお探しですか?」

この施設の管理人。眼鏡をかけた白髪の老人。司書の姿があった。

「いえ、現代の社会史について探していて。

あまり自分たちが住んでいる地域について考えたことがなかったもので。」


「珍しいですね」


「え?」


「珍しいんですよ。貴方みたいにデータベースに検索に訪れる人は。

だいたい、調べてどうするつもりですか?

貴方には何も力がないというのに」


「そんなに不思議なことなんですか?調べごとをすること自体が。」


「ええ。ざっくり話せば、自分の人生や社会に疑問を思った人が、ネットの海には情報が見当たらずに、この施設を訪れるんですよ。」

司書はそう言うと、天井に付いてるカメラを指差す。


「あなたの姿やあなたが調べたキーワードは記録されているし、何かを探ろうと事自体が、あなたの興味対象の情報自体が証拠として残る。。なんてね」

司書は眼鏡をかけ直しながら、ニヤリと笑う。


冗談なのか、事実なのか、憶測なのか。

判らない態度に動揺しつつも、ミサは尋ねる。


「私。助けたい人がいるんです。」




「ほぉ?」

その問いかけに司書は、興味ありげに机から身を乗り出す。

「彼は今、エルブルース基地の山脈の向こう側で兵士として戦っています。きっと辛い戦いです。彼は戦場に向かうことにこだわっていた。

私は生き残った彼とまた会いたい。

でも、それには彼が囚われている戦場への想いを断ち切らないといけない。

どうして、自らの命をかけてまで戦場に向かうのか。その理由を解決しない限り、彼は私のもとに帰ってこない気がするんです。」


「なるほど、想い人が戦地にいるんだね。」

「彼は志願兵なんです。招集されて国家の義務として、現地に送られているわけじゃない。

だから、何か理由があるはずなんです」

司書は眉間にシワを寄せながら、ミサに問いかける。

「彼は別れ際、君に何か言ってなかったのかい?当然、君のことだ。彼を一度は止めたんだろう?

その君を振り切って、戦地に向かったんだ。

何か理由を述べていたんじゃないのかい?」


ミサはしばらくマサトと別れ際に話した内容を振り返る。

「おじいちゃんの笑っている理由が知りたい。

そう言っていました。

彼は大きな使命感に駆られていました。

自分の生きる理由を求めていました。」


ミサがそう言うと司書はクスっと笑った。

「何か可笑しいことを言いましたか?」


「いや、若気の至りとはまさにこのコトだなと思ってね。

ある集団の中で飛び抜けて優秀だと自覚したとき、彼はそう思ったんだろうね。

僕はこの為に生まれてきたんだと。

才能を自覚した優越感に浸っているんだ。


しかしそれは、母集団の中のサンプルに過ぎないし、本当は優秀でないかもしれない。

だけど、夢を魅せられて。言ってしまえば、乗せられてるんだよ。合いの手に気分が良くなっていると言えば、分かりやすいだろうか?


実際の戦場にたてば、訓練での成績なんて大した指標にならない。

あるのはどの部隊に配属されたか?

有利なポジションを戦場の中で取れているか。

つまり、成績を争うような仮想されたフェアな勝負など存在しない。

地の利はもちろん、敵の装備品は長年の生産実績のたわものだ。それが勝敗を分ける。

すなわち、最初から大きくは勝敗が決まっているということだ。


可哀想な若者だな。」

司書はそう言って、ぼそっとつぶやく。

ミサは益々不安になり、司書に問いかける。


「彼が死ぬかもしれないっていうんですか?」

「そう声を荒げるな。ただあの地域は暫く紛争が膠着状態に陥っている。

そうなるには、それなりの理由があるっていうことだ。

これからも武器や兵士は時間とともに消耗されていく。

彼が消耗品になるかどうかは、運次第だ。」


「そんな。。」

ミサが口をつぐんでいると、司書は話を切り出す。


「それより。最初の言葉が引っかかるな。

おじいちゃんの笑っている理由が知りたい。だっけな。

私も年老いた。

そして、年老いた老人なりに感じている違和感もある。


違和感。若者を見ると感じる違和感。

先程から君の様子を見ていてもそうだが、あまり表情を表に出さないようにしているように見える。


頬の筋肉が硬いのか?

口元も緩んでいない。」


「無表情っていうことですか?」


「いや、正確には表情はあるのだが、何か気持ちを押し殺しているように思える。

悲しい話をしているはずなのに、君の声色からはそれを感じない。」


「深刻さがないと?」


「あぁ。まるで自分ごとではないことのように、事実を俯瞰しているようだ。」


「やっぱり、そう見えますか?

コンプレックスなんです。可愛く無いですよね。

作り笑いというか、心から笑ったことがあまり無いんです。」


「彼と居たときも?」


「いえ、それは、、」

ミサは口をつぐんだ。


「余計なことを聞いたね。もしかしたら、目の前の出来事に集中出来ていないのかもしれないね。

彼と過ごしている時間が有限であることに焦って、そればかりが気になっていたのかもしれない。」


「はい。確かにこちらに帰ってくる直前はそんな状態でした。焦る気持ちと、答えを急ぎたくなる気持ち。私は自分の気持ちをどう整理すればよいのか迷っていました。」

ミサは先程より冗舌に話し出す。


「夜も寝れなかったんです。

彼が私のそばで寝ていて、何を考えているのか。

すごくドキドキして。」

そう言うと、司書は笑った。


ミサは驚いたように目を大きく見開いて、司書の表情を捉え直す。

白い顎髭を楽しそうに何度も触り、こちらを眺めている老人の姿があった。


「どうして、笑ってるんですか?」



「可笑しいからだよ。」



「何か変なこと言いました?」



「いや、変なことは言ってない。

だけど君の楽しそうな表情を見て、つい私も笑いたくなったんだよ。



君に、何も可笑しいところなんてないさ。

コンプレックスだって感じない。


むしろ良い出会いをしたんじゃないかって、微笑ましく感じる。」



「私、楽しそうでした?」

ミサはそう言って、自分の頬をつまむ。

「あぁ。」

司書は嬉しそうに頷く。



「もう分かったんじゃないのか?

彼とおじいちゃんとの間に生まれた絆。

おじいちゃんが笑っていた理由。


彼が求めているものが本当に戦場に存在するのか。


彼が身体を壊す前に君は彼を救わなければならない。


救えるのは君だけなんだから。

そうだろ?」

司書は一度咳払いを挟んで、受付カウンターのそばにしまってある書籍を取り出す。



「実は、君みたいな子が時々この図書館に現れるんだよ。


その書籍。実は私が用意したものだ」

司書は私が手に取っていた先程読んだ書籍を指差す。


私が驚いた顔を見せると司書は悲しそうな表情を見せる。

「絶版になった本たちだ。私物だよ。

情報は巧妙に封鎖されている。

私達が住んでいる場所以外で、どのような暮らしをしているのか、知るすべがない。

正確には、知るすべはあるが、知りたいと思われないようにしている。

今までの君がそうやって暮らしてきたようにね。


そして、君が抱いた感情はもはや殆どの人々が忘れようとしたものだ。

感情が傾くことを恐れ、手放した劇薬なんだ。


君はこれから沢山悩むだろう。

身体のどこにも怪我をしていないのに、苦しくなることもある。


でも、そんな時には楽しむことだ。


きっと忘れられない思い出になる。」


何故だろう。

司書の落ち着いた口調にミサは安堵感を覚える。

これが私達のように心を仕舞い込む前の生き方だったのだろうか。



「怖くないんですか?私は嫌われることが怖いんです。」


「そりゃ怖いさ。でも何もせずにただ待っているのも怖いし、何もしなかった自分を許す自分も怖い。


最初だけだ。

最初だけ、本音を話すのは怖いが、それを受けてもらえたらいずれ、何者にも代えがたい安堵感に変わる。

君にとって、彼はかけがえのない存在になるはずだよ。」

そう言って、司書は懐から一枚の手紙を取り出す。


「私にも軍の知り合いがいる。

なにか困ったら連絡を取るといい」

ミサは黙ってその手紙を受け取ると、一礼をして図書館を出た。


外に出てその手紙の案内に従って、街を歩く。


心は既に決まっていた。

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