狐と約束

楠城コレ

第1話

里村の高いお山のその上に、お稲荷様はたっている。今日は年に一度の秋祭り。神様は使いたちに、遊んで来いよと暇を出す。


赤い鳥居の太い柱から、柔らかそうな赤毛の尻尾がふわりふわり。


「うっかりしていた」


尻尾はひゅるりと見えなくなって、ねずみ色の着流しのすらりとした男が現れる。頭には赤いきつねの面。


ドンドコ ドンドコ ドンドンドン


ふもとの太鼓の音が山の上にも鳴り響く。

暇などもらっても、騒がしいのは嫌いだと、山からふもとを一人眺める。相棒はめかし込んで、とっくのとうに消えていた。


「うっ。ううっ」


今にも泣き出しそうな声。人間め、こんな奥の社まで迷惑な。


「どうした。子供」

「母さま……知らない?」

「知るわけないだろう」


声は泣き声に変わる。うるさいぞ。言ったらもっと大きくなった。これだから子供は。男は面倒そうに、ひょいっと尻尾を出してやる。


「……ふわふわ」

「触らしてやろう。その代わり涙も鼻水もつけるなよ」


子供は必死に涙を止める。ひしゃげた鼻から出る水も止まったけれど。どうも拭くものを持たないらしい。しかたなく男は手ぬぐいを貸してやる。


「おっきいハンカチ」

「いいから拭け」


子供のくるくる髪のてっぺんに、緑のぼんぼりが止まってる。

まんまる目玉は嬉しそう。ふわふわ尻尾に頬を寄せた。




男はすたすた鳥居下の階段を下りる。とことこ追うのは、迷子の子。


「お面きれいね。触っていい?」

「ダメだ」

「なぜ?」

「夢が壊れるから」


子供は一瞬黙った。そして、にいっと欠けた前歯を見せて笑う。


「触らなければ、壊れない?」

「ああ」


男の言葉に、嬉しそうにほころぶ。


「おじさん、名前は?」


えっ、と男はかたまる。神の使いは名を持たない。考えた挙句。神様の名を借りていう。


「い……ナリだ」

「ナリ? ふうん。ナリ。私はポロンだよ」

「ポロン、が名前なのか?」


うんうんと頷く子供を見て、男は奇怪な名だ、と頭をひねった。


無事に母親と会えた子供は、次の年も、また次の年もやってくる。

毎年欠かさず来るものだから、男はつい、祭りの日を待ってしまう。

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