第十二話

 現在午後一〇時。

 夕飯とお風呂を終えた私は、自室のベッドの上に寝そべりながらスマホの画面と睨めっこしている。開いているのは長瀬くんとのメッセージ画面だ。先ほどから三〇分以上、送信ボタンを押そうとしては指を戻し、また押そうとしては指を戻し、と繰り返している。

 画面には私の書いた一文。


『ちょっと、電話してもいいかな』


 ううう……。想像していたよりもずっと恥ずかしい。だって電話だ。電話って普通かなり親しい人としかしない。それを自分から誘うなんて……。

 別に声が聞きたいとかそういう理由で電話するわけじゃない。きちんとこの前のことを謝って、それから今後どうするか話すための、至って真面目な話だ。恥ずかしがることなんてないし、それに私の間違いを正すためなんだから、私から言わなければならないだろう。

 でも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。だって男の子にこんなの送ったことないんだから。


 それとも私が常識からずれてるだけで、世の中の普通の高校生はもっと気軽に電話したりするものなのかな?


 わかんない……。わかんないよ。咲良、助けて……!


 と、考えたところで突然、スマホが着信を告げた。驚いてあわあわとスマホが左右の手の中を行ったり来たりする。ようやくきちんと掴みなおしたところで画面を見ると、着信した相手は咲良だった。そして……送るか迷っていた文章は誤タップで送信済みになっている。

 あー……。 


『やっほー、文栞。そろそろ電話でき――』

「咲良! そんなアシスト頼んでないよ!」

『え? え? 何? どういうこと?」


 言葉を遮って怒る私に、何が何だかわかっていないといった様子の咲良。まぁ、それはそうだ。

 私が状況を説明すると、そのまま無言で切られた。ひどい。


 そして続けてスマホが再び振動する。メッセージの送り主は――長瀬くんだ。

 メッセージには短く『いいよ』とだけ書かれていた。


 なけなしの勇気を振り絞って電話マークをタップすると、数回のコール音が鳴り、『……綾瀬?』と少し低めの落ち着いた彼の声が聞こえた。


「や、夜分遅くにごめん! ちょっと話したいことがあって……!」


 一気に言うと、電話の向こう側から微かに笑い声が聞こえてきた。怪訝に思い、様子を探ろうとスマホを耳に押し当てた。


『綾瀬、緊張しすぎ。声、めっちゃ震えてる』


 くくく、と押し殺すような笑いと同時に揶揄うように響く彼の声に、顔が赤く染まるのを感じる。向こうから見えないのが幸いだ。

 私はその場で二回深呼吸をして心を落ち着かせ、再び通話に戻った。


「ごめんね。こういうの、初めてだったから」

『電話するのがか?』

「ううん、男子と電話するのが、だよ」

『それは責任重大だな。せいぜいガイド役、上手くこなせるように頑張るわ。……っと冗談は置いといて、何か話があったんじゃないの?』

「えっとね――」


 私は夕方に咲良と話していた内容を必要な部分だけ掻い摘みつつ、伝えた。たどたどしく話す私に彼は適度に相槌を打ちながら、焦らせずゆっくりと聞いてくれた。

 話終えると、彼が『うーん……』と考え込むような声を出した。


「どうかな? これから私、どうすればいい?」

『……一つ、聞いていいか?』

「う、うん」

『自分で言うのもなんだけど、俺と話すようになったら目立つと思う。多分、周りから何か聞かれるようなことも増える。……それでも大丈夫か?』

「大丈夫……だと思う……多分、おそらく」

『いやいや、絶対大丈夫じゃないでしょ! 綾瀬、視線集めるの苦手そうだもんな。――いいよ、無理しなくても。綾瀬の気持ちはわかったし、こうしてそれを教えてくれただけで充分だ。これまで通りでいこう』

「でもそれだと――」


 言いかけて黙る。自分から乗り気にならなかった癖に往生際が悪いとはこのことだ。

 彼は『困ったな……』と呟いてから、『よし、じゃあこうするか』と言った。


『先に俺の気持ちを言っておくと、俺は普通に話したい。でも綾瀬に無理させることではないと思ってる。そもそも友達になってくれって頼んだのはこっちの方だしな。だから今後、もし学校で普通に話してもいいって思えたら、綾瀬の方から話しかけてくれ。別に急いだりしないからさ。……それでいいか?』

「うん……ありがとね。本当に」

『じゃ、そういうことで。――それで、用件はこれだけか?』

「うん、じゃあ……おやすみ、長瀬くん」

『おやすみ、綾瀬』

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