《 ラズライト編 》

第壹話(B-1前編):懐かしい思い出〝旅立ちの朝に〟

「おまえ今日きょうグレンの所むこうかえらなくていのか?」


 いもうとである “ トリシュナ ” に何気なにげなくたずねる。トリシュナは一年いちねん程前ほどまえから、おさななじみであり恋人こいびとである “ グレン・フューリアス ” のいえ寝食しんしょくをしている。それなのに今日きょうはこちらにるとうのだから、そうきたくもなる。


なにってるの?」

なにっておまえ、そのままの意味いみだろ」

「だっておにいちゃん、明日あした出発しゅっぱつでしょ? しばらく会えなくなっちゃうんだから、今日きょうはこっちでおにいちゃんとるってったでしょ?」

ってたけど、べつ永遠えいえんわかれってわけじゃないだろうに。それに、そもそもこの一年いちねん、ずっとこうだろ、おまえ

「そ・れ・で・も!!」


 このくに――フェニクサ共和国きょうわこくでは徴兵制度ちょうへいせいどがある。ひとであるおれには最低さいてい九年きゅうねん兵役へいえきが、明後日あさってよりっていることになる。


「おにいちゃん。お風呂ふろいたよ!」

「ああ、有難ありがとう。はいってくるよ」

「はーい」


 ……九年きゅうねんか。トリシュナをウチにってから今日きょうまでと、おなじだけのながさだな――。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 ――九年きゅうねんまえ


わたしは…………ともうし……」

「……が、サクラさんの……いた…………ね」

「おねがいが…………」

「ええ、いているわ」


 綺麗きれいなおねえさんと、可愛かわいらしい少女しょうじょが、いえなかる。かあさんから「このあそんでいてあげて」と、たのまれた。


 少女しょうじょは、どこかずっととおくをるようにぼーっとしている。


「おまえ名前なまえはなんてーの?」

「…………」

「どっからきたの?」

「…………」


 少女しょうじょなにいても無言むごんで、こたえてはくれなくて。

 こまったな……。でも、ずっとここに立っててもしょうがいし……。ちょっと、気持きもわるいな、この……。ほっとこ。

 おれはそんなかんじで、自分じぶん部屋へやくことにした。

 しかしはなれようとしたとき、少女がうごいた。おれふくすそつかんでいる。


「なんだよ? 部屋へや一緒いっしょくか?」


 こくっとうなずく。

 なんだよ、ちゃんとこえてるんじゃん。そのまま、部屋へやれていき、色々いろいろ玩具おもちゃなどをわたしてみたが、ほぼ反応はんのうかった。つぎはコレでも。とおも少女しょうじょほうると、いつのにかねむっていた。ベッドにせてやり、布団ふとんけ、そっと部屋へやあとにする。


 部屋へやるとかあさんが部屋へやそとおれっていた。


「あのは?」

「……た」

「それで、ベッドをしてやったのかい?」

「そりゃ、てるんだから、ベッドくらいすだろ」

「そうだね。やさしいね、ラズは」

やさしいとかじゃないだろ! べつに」

「しーっ」

「あっ……」

「あのこと、ラズはどうおもう?」

「…………」


 気持きもわるい。とは、おもわなくなっていた。本当ほんとうすこしの時間じかんだが、少女しょうじょはなしかけ、すこ反応はんのうする。をかえしているうちに、この少女しょうじょなにかがあってこうなったことは、おれおさいながらにそれなりに理解りかい出来できた。


「いいかい、ラズ。あの今日きょうからおまえいもうとになる」

「……いもうと?」

「そうだよ、いもうと。だから、ラズは今日きょうからおにいちゃんだ! 可愛かわいがって、まとってあげるんだよ?」

「おにいちゃん……。うん!」

「あの名前なまえは、トリシュナ。いまこころ怪我けがをしちゃってるから、すこしぼーっとしちゃってるけど、ラズがしっかりやさしくしてあげれば、きっと元気げんきになるからね」

「そっかぁ……。うん! まかせてよ、おかあさん!!」


 何故なぜこころ怪我けがをしているのか、そんなことはこのときおれには問題もんだいじゃなかった。 “ おにいちゃん ” のひびきが、おれをそのにさせた。単純たんじゅんだったんだなぁ、おれ……。



 そんな九年きゅうねんまえ記憶きおくおもしながら、づけばおれ逆上のぼせていた――。


◇◇◇◇◇◇◇◇


本当ホントにもう! 馬鹿ばかじゃないの!? おにいちゃん」


 逆上のぼせたおれ介抱かいほうしてくれているトリシュナの言葉ことばである。

 ……手厳てきびしい。


明日あした出発しゅっぱつだってうのに、まったく、世話せわのやける!!」


 とはうものの、トリシュナのかおわりあかるかった。


有難ありがとう。トリシュナ」

「はいはい。もうなさい。おにいちゃん」

「ああ、おやすみ」

「おやすみっ」


 おれおれかれてたのだろうか? からないが、逆上のぼせてしまったつかれもあり、そのままねむりにいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌朝よくあさ


 美味おいしそうなにおいにめる。


「あ、おにいちゃん! きた??」

「ああ、おはよう」

「うん! おはよっ!!」


 あさから元気げんきだなぁ。などとおもいつつテーブルにつく。朝食ちょうしょくにおいでがめる。なんてことすごひさしぶりだ。一年前いちねんまえまでトリシュナはロクに料理りょうり出来できず、それはおれ役目やくめだった。だから、かあさんがまだきていたころぶりだ。


「はい、これで最後ラストー!!」


 トリシュナがすやるのをってはじめる。


「どーお? 美味おいし?」

「ああ、まさかトリシュナがこんな美味うまいものをつくれるようになるとはな!」

「えっへん! って、なんかっかかるかただなぁ……」

「いやいや、本気ほんきめてるさ」

「そーお?」

「そうに決まってるだろ?」

「ならいけどっ!」


 本当ほんとうに、こころから、トリシュナの成長せいちょうよろこばしい。

 そのも、行儀ぎょうぎはあまりくないが、せっかくの兄妹きょうだい水入みずいらず、談笑だんしょうしながらしょくすすめていった。


「ところで、トリシュナ」

「なあに?」


 わりごろ久々ひさびさにこの質問しつもんをしてようと、ふとおもった。半分はんぶんからかいがてらだ。


「おまえ……、グレンとは結婚けっこんしないのか?」


 った途端とたん、トリシュナはかおめる。

 ふむ、面白おもしろい。


「ななな、なにってるの! きゅうにもう!!」

きゅうにとはうが、しかしおまえらがそういう関係かんけいになって、もう三年さんねんってる。あにとしてはわり本気ほんきでその報告ほうこくってんだけどなぁ」


 本心ほんしんだ。トリシュナにはこのまま、普通ふつうとしてしあわせにらしてしい。それにくわえ、グレンにならまかせられるとも本気ほんきおもう。


「んもう!! はい、ごちそうさま!! わたし片付かたづけたらグレンをこしにくからね!!」


 はなしげられた。

 仕方しかたない、おれ支度したくはじめるか。とはっても、昨日きのうまでに粗方あらかた荷物にもつまとめてある。身支度みじたくませるだけだ。


「ああ、有難ありがとうな。あさまで一緒いっしょごしてくれて」


 最愛の妹トリシュナをぎゅっとめる。


「お兄ちゃん……」


 トリシュナもわかれをしむようにおれいてくる。


 バチッ!


っ……」


 なにとお記憶きおくのような、デジャヴュのような、ハッキリとしないなにかが、あたまなか一気いっきながれてくる。

 あたまれそうだ……。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ボヤーっとした視界しかいが、すこしずつ明確めいかくになってくる。

 ……意識いしきだけ、か? 身体からだ感覚かんかくは、い。しかしある程度ていど自由じゆううごくことが出来できる。ふむ。間違まちがいなく、意識いしき世界せかいだ。


 あたりを見回みまわす。前後ぜんご上下じょうげ左右さゆう何処どこても、だだっぴろしろ空間くうかんだ。


 なんなんだ? これは……。どういうことだ……?


 すこし、まえすすむ。

 ……まぁ、まえなんだかうえなんだかよこなんだかは、よくからんが。


 よくからないまま、すすつづけると、何処どこかのもりなか風景ふうけいえてきた。

 一体いったい、どうなっているのだろう……。

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