2.再会(唯華)
彼氏からプロポーズをされて、両家顔合わせで妹、と紹介されたのは昔付き合っていた子だった。こんなことってある……?
妹がいる、とは聞いていたけれど、まさか旭だなんて……年が離れていて、高校から家を出てしまったから関わりがほぼ無いと言っていて、妹に関する情報が全然無かった。
当時は幼さの残る可愛い女の子、という感じだったけど今はもうすっかり大人の女性になっていた。
5年以上経つんだもん、変わるよね。
旭は表情を変えることなく、”初めまして”と言って私と目を合わせてくれることはなかった。
そりゃ、元カノが兄と結婚する、なんて気まずいか。
私の目を真っ直ぐ見て、優しく笑うところはもう見られないんだろう、と思うと胸がぎゅっと締め付けられた。私が傷つくなんておかしいけれど。
大好きで、ずっと一緒にいたかったけれど、目標にしていた県外の大学に進学をした。
初めの頃は毎日連絡を取っていたし、上手くやれていると思っていた。
旭はまだ高校生で会いに来て貰うなんて出来ないし、会えるのは長期休暇の期間くらいだった。
それでも大丈夫だと思っていたけれど、自分で県外に行くことを決めたくせに情けないところを見せたくなくて、寂しい、と素直に言えなかった私と、忙しいだろうから、と気を使ってあまり連絡をしてこない旭は見事にすれ違った。
連絡をするのも、好き、と伝えるのも私からで、不安からか些細な言い合いも増えたし、あの頃は私も若くて、歳上の余裕なんて全く無かったなって今なら思う。
連絡を取る頻度が減る度に、もう私の事なんて好きじゃないんじゃないか、会いたいと思っているのは私だけかも、とネガティブになって、最後の日も喧嘩別れをしてしまった。
別れたいなんて思っていなかったのに別れる、と口にして、旭がそれを受け入れた。すぐに取り消せばよかったのに、すんなり了承されたことにショックを受けて言葉が出なかった。
もう別れたし、同じ大学を選んで欲しい、なんて旭の人生に口を出すことなんて出来なくて、後輩経由で県内の大学を目指していると聞いた。
この時に連絡をしていたらまた違った今があったのかな、なんて何度後悔しただろう。
自分から終わりにした癖に全然忘れることなんて出来なくて、ふとした時に旭の事を思い出す日々を過ごした。
何度も連絡をしようと思ったけれど、旭から連絡が来ることは無かったし、今更、と言われるのが怖くて出来なかった。
それに、新しい恋人がいる、なんて言われたらどうしよう、と踏み出す勇気もなかった。
そんな時に出会った拓真は5つ歳上で、お調子者で明るい、太陽みたいな人だった。
忘れられない人がいたって、忘れさせてみせる、だなんて自信満々な彼に絆されるようにして付き合い始めて、実際一緒にいるのは心地よかった。
旭の事はもう忘れられたと思っていたのに、あの頃に一瞬で引き戻された。このタイミングでの再会なんて、私を試しているのだろうか?
私は拓真を選んだし、あの時はたしかに繋がっていた糸ももう切れてしまった。ここでスパッと未練を断ち切れ、ってことなのかな?
気まずくなると目が泳ぐ所とか、ひとりで勝手に落ち込むところとか、今も変わってないのかな。
旭には今、大切な人はいますか?
結婚式当日、もしかしたら旭は来ないかもしれない、と思ったけれど親族席には旭の姿があった。
ウエディングドレスを着た私を見て、大粒の涙を零した旭は、何を思っていたんだろう。
旭が泣いたところなんて、初めて見た……私の卒業式も、引越しの日も泣かなかった旭が泣いているのはかなりの衝撃だった。
「唯華さん、お幸せに」
一瞬耐えるように目を伏せて、再会してから初めて真っ直ぐ目を見て、優しく微笑んでくれた。優しく名前を呼んでくれる声も、愛しげに見つめられる視線も、大好きだった。
義両親と同居が決まっていたから、頻繁に旭と会うことになるなんてお互い気まずいよね、なんて思っていたのに、海外赴任と聞いて驚いた。
ほっとする気持ちと、寂しい気持ちがあって、今日永遠の愛を誓ったばかりだと言うのに、不誠実なんじゃないかと落ち込んだ。
こんな気持ちのままじゃ拓真に申し訳ないし、切り替えよう。拓真を悲しませたくなんてないから。
有難いことに直ぐに妊娠が発覚して、引越しで遠くなった職場への通勤は思った以上に大変だったけれど、無事に産休に入った。
復帰後は拠点移動をさせてもらえるらしく、安心して休んで、と言って貰えていて有難い。
子供が産まれると、初めての育児にいっぱいいっぱいで拓真に割く時間が減って、拓真はそれが不満なのかあまり協力的ではない。分かっていたことのはずだけれど、実際そうなると違うのかな……
義両親がものすごくサポートしてくれて、同居って有難いな、と実感した。
旭とは連絡を取る事はなくて、一時帰国で帰ってきた時に1度だけ会った。
お土産です、と子供服を差し出す旭とは目は合わなかったけれど、娘を見て、可愛い、と眉を下げる旭にホッとした。
帰る頃にはすっかり懐かれて、離れがたそうにする旭が印象的だった。
拓真が珍しく早く帰宅した日、真っ先にお風呂に入りに行って、テーブルに置かれたスマホが着信を知らせた。お義母さんも近くに居て、鳴り止まないスマホをチラチラ気にしている。
「急ぎかもしれないし、唯華ちゃん出たら?」
「仕事の電話かもしれないですしね……あ、切れちゃった」
画面に表示されているのは女性の名前で、同じ職場の人かな、なんて思っていた。
お風呂から出た拓真に伝えれば、明らかに動揺していて、仕事の電話だから折り返しかけてくる、と部屋を出ていくと、お義母さんが、なんだか怪しいからなにか気になることがあれば抱え込まずに相談してね、と言ってくれた。
その後も色々気になることが増えて、お義母さんに相談をすれば、こんなものを見つけて、と新聞を持ってきた。
「探偵……?」
「そう! お父さんが見つけてね。1回かけてみたかったの! 何も無ければ安心するしね」
「お義母さん……」
自分の息子の不倫調査をこんなにウキウキでするお義母さんに、探偵の広告を見つけてくるお義父さん……もちろん、拓真を信頼してこそだと思うけれど。
何社かに電話をかけて、ここがいいと思う、と言ってくれたところにお義母さんと相談に行った。
それなりに長い調査期間を経て、突きつけられたのは不倫をしているという事実。さすがにお義母さんも絶句していて、どんな答えを出しても、私の味方をする、と言ってくれた。
本当に素晴らしい義両親に恵まれたと思う。
拓真と時間をかけて沢山話し合って離婚を決めて、住むところに復職の相談と保育園と、とやらなければいけないことが山積みだと思っていたけれど、義両親は拓真を追い出すから、せめて子供たちが大きくなるまではここにいて欲しい、と言ってくれた。
自分の実家には兄夫婦と子供たちが同居していて頼れないし、有難い申し出に甘えることにした。
離婚して1年が過ぎ、大きく変わったのは、旭とビデオ通話をするようになったこと。
昔はちゃん付けにタメ口だったのに、さん付けに敬語はちょっと寂しい。でも、寂しいなんて思っちゃいけないよね。
「唯華さん、お疲れ様です。梨華と悠真、寝ちゃいました?」
「うん。ついさっき寝たところ」
「そうですよね……怒ってました?」
「ううん、大丈夫。連絡もらってたし、また明日楽しみにしてる、って」
「良かったぁ。トラブルで帰れなくて……」
「寝てないんでしょ? そっちは朝だよね?」
「はい。今は朝の7時ですね」
週末に電話をするのが定番になって、子供たちも楽しみにしている。もちろん私も。
「寝てないのにありがとう」
「いえ。唯華さんの声が聞きたかったので。よく眠れそうです」
「旭、チャラい……」
「えぇ、なんでですか……私、チャラいなんて言われたことないですよ……?」
情けない声の旭が可愛くてつい笑ってしまった。
「唯華さん……私、もうすぐ帰国します。唯華さんが嫌じゃなければ、しばらく実家に戻ろうと思うのですが……」
「嫌だなんて思わないよ。そもそも、旭の実家なんだし。むしろ、私たちが居て大丈夫?」
「もちろんです。一緒に住めるなんて嬉しいです」
そう言って優しく微笑む旭は昔と変わっていなくて、向けられる視線に勘違いしそうになる。
一緒に住むなんて、奥底に沈めたはずの気持ちが溢れてしまう気がして、しっかりと鍵をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます