第40話 独白
ハウテンスは真剣な眼差しを母に向けた。
そこには、いつもの飄々とした少年の姿はない。
未来を憂いて、心を痛めているようにしか見えなかった。
あの知略のハウテンスが、何を考えてそんなことを言い出したのか。彼の知的好奇心を満たす何かがあるのだろうけれど、ラナウィにはわからなかった。
三英傑が揃っていないから契約が動かないだんて――嘘だ。ラナウィはしっかりと恋をしている。相手が三英傑でないだけで。でも誰にも言っていないから、恋をしていないと思われているのかもしれない。
とにかく親切心で言っているわけではないことは確かだ。けれど、ラナウィは助けられたと感じるのも事実で。
必死で隠してきた恋心がばれているのかもしれないという一抹の不安が広がる。
だとしても、認めさえしなければ問題はない。
ちらりとヌイトゥーラの様子を伺えば、彼はラナウィの不安に揺れる瞳を受けて安心させるようにほほ笑んだ。
母はハウテンスにわかったと了承して、その場はお開きになった。
ヌイトゥーラは残った魔力量を調べるためと言って魔法局長が引っ張っていき、ハウテンスの思惑を聞き出すために大臣は息子を引きずっていったためだ。
ラナウィはそうして、部屋を出たその足でバルセロンダのところにやってきた。
賢いハウテンスが、ラナウィの恋心に気が付かないはずがない。
それを子供だからという言葉で、時間の猶予をくれた。
許されたわけではないけれど、どこか安堵したのも事実だ。彼のことはひとまず、今考えてもわからない。
それよりも。何よりヌイトゥーラのあの表情……。
「ヌイトのばか……好きだなんて言ってないのに……」
きっと気づかれている。
応援しているかのような慈愛に満ちた笑みは、ラナウィの心を激震させた。
鈍感そうなヌイトゥーラにばれているということは、バルセロンダ本人にも気づかれているのでは。
そう考えたらいてもたってもいられなくなって、こうして眠るバルセロンダの元へとやってきてしまった。
気づいているのに、何も言わないのは、どうにもならないからだろうか。完全に対象外であるし、彼にとっては単なる近所の子供、幼馴染みと同じ扱いだ。
それって不敬じゃないかとも思わなくもないけれど、バルセロンダという男は最初から無礼であったし、そういう男である。わかってる、わかっているから、苦しい。
八方ふさがりの恋であるのに、むしろなくさなければいけないのに、日々思いは募っていく。
それを見守られたところで、辛さしかない。
バルセロンダを見つめながら、ラナウィはただ揺れる感情を噛み締めるのだった。
「おや、姫様?」
医務室にやってきた男に後ろから声をかけられて、ラナウィは反射的に立ち上がった。振り返った先には、鋭い瞳を持つ男が立っていた。だが物腰は穏やかで、精錬されている。
「失礼いたしました、許しもなく声をかけてしまいました。私はレジオル・ウェールデと申します。ルーニャ小隊の副長をしておりまして」
「ええ、存じ上げております、ウェールデ卿。いつも素晴らしい補佐だと聞き及んでおりますわ。ルーニャ卿の華々しい活躍はよく耳にいたしますから」
ラナウィの言葉の裏に潜む、嫌味に気が付いたらしい。けれど悪意がないことも伝わっている。むしろ困った上司を持ったレジオルに同情しているのだけれど、それも伝わっているようだ。
目を丸くして、そのあとくつくつと喉奥で笑われた。
彼はバルセロンダの副官でもあり、幼馴染みだと聞いている。というか、ハウテンスが調べて教えてくれたので、情報に間違いはないはずだ。平民のわりには物腰が丁寧で、熊虎騎士団の中でも平民と貴族の潤滑剤になっている人物でもある。バルセロンダと比べれば、本当に真っ当な常識人である。
実際、バルセロンダが訓練をしている姿を何度か見たことがあるが、よく隣にいたのでハウテンスに教えられるまでもなくラナウィだって知っていたけれど。
「光栄です、とお答えするべきなんでしょうね」
「もちろんですわ」
思わず力強く答えてしまえば、彼はさらに愉快そうに口角を上げた。
「扱いは慣れているので、おまかせください。それより、私とルーニャ小隊長が幼馴染みだとご存じでいらっしゃるようなら、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「なぜ、うちの小隊長はあんな姿で闘技会に出場を?」
それまでの笑いを納めて、鋭い瞳がラナウィを射貫くように見つめた。
なぜレジオルがバルセロンダを探して医務室に来たのかを考えるべきだった。
「他に気づいた方はいらっしゃいますか?」
「小隊長が今日、非番であること。彼の昔の姿を知っていること。この二つの情報を持つ者は少ないでしょうね。なんせ、私たちの故郷はとても遠い。おいそれと王都になんてこられませんから」
「わかりました。では、私からは極秘任務とだけお伝えしておきますわ」
にっこりと微笑んで、話はおしまいだと暗に告げる。
「彼は眠っているだけで、そのうち目覚めると聞いています。目が覚めたら、私が感謝していたことをお伝えくださいますか。後で小隊のほうに今回の賞金が届きますのでそれの受け取りもお願いいたします。それと、三日間の休暇を褒章として許可しております。使うようにウェールデ卿が見張ってくださいますか」
「か、かしこまりました」
戸惑いつつ了承したレジオルに、ラナウィは満足したように頷いて、そのまま医務室を出たのだった。
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