第30話 神の御業

「で、これはどういうことか説明してもらおうか」


『箱庭』の東屋で、四人は座らされて一様にうつむいている。

もちろん、ラナウィ、ハウテンス、ヌイトゥーラ、サンチュリである。

ラナウィはこちらに帰ってきてすぐに、元の姿に戻してもらったので、いつもの姿になっているが、とにかく落ち着かなかった。


「ラナウィがあんまりにも綺麗だったから、バルスもびっくりしたんだ?」

「阿呆、腹を空かせたオオカミの巣に獲物を投げ込んだだけだ」


すでにバルセロンダからは拳骨をもらっているというのに、まったくこたえた様子のないハウテンスはいつもの調子で告げるが、すぐに魔王ばりの勢いの彼に睨まれて黙った。


「サンがついていながら、なんでこんなバカなことをやらせた」

「はい、すみません!」

「謝罪はいいから、簡潔に説明しろ」

「はい、説明いたします。闘技会でラナウィに優勝してもらうためです!」


バルセロンダに言われたとおりに簡潔に答えたサンチュリが、頭にまたげんこつをもらっている。


「簡潔すぎてわからねえ。できるわけないだろうが、なんでそんな計画立てたんだ」


呻いているサンチュリに変わって、ハウテンスが答えた。


「闘技会でラウラン公国が『剣闘王』の後継者にお披露目も兼ねて優勝してみせろって文句つけてきてるのは知っていると思うけれど。これって『剣闘王』の後継者の参加は絶対に必要だって言われてるのと同じでしょ。だから、こちらも彼の素性を明かさないってことでお忍びでなら参加させるって答えたんだ」

「ああ、なんか揉めてるってのは、確かに聞いたな」

「サンには無理な話でしょ。だから無名の女剣士が優勝を搔っ攫ったら面白いかと思ってさ。ほら、『剣闘王』は男だって決まってるでしょ。それを破るような女性が現われれば、『剣闘王』の後継者が弱くてもうやむやにできそうじゃない?」

「そんなものか?」


バルセロンダが首をかしげているけれど、ハウテンスが説明していないことがある。

仮に男が優勝してしまった場合、『剣闘王』の後継者はその者であると主張されてしまえば、ラナウィたちには見極められないという欠点があるのだ。

つまり隣国も『剣闘王』の後継者が偽物であるとわかっているのではないかという疑念があがったが、そこを突いたところでこちらの偽装がばれてしまう。そのため迂闊に問うこともできない。

ヌイトゥーラが成長して魔法士として優勝するという作戦も考えられたが、右手の紋章を不自然に隠しての参加となると勘繰る者も出てくる。もし『魔道王』の後継者が優勝したとばれたら、未熟だという理由で『剣闘王』の後継者を隠している理由がなくなり、公にすることを求められるだろう。


結局、女が勝つことで話題はその女剣士に向く。しかも無名で、どこの誰ともしれない相手であれば、なおさらだ。その間に『剣闘王』の後継者の実力をうやむやにしてしまおうというのが、ハウテンスが考えた計画だった。


それを聞いたときはバルセロンダと同じように、そんなにうまくいくのか不思議だったが、多少の反発も男が優勝するよりはずっといいと言われてしまえば、それ以外の方法が思いつかない。

もちろん闘技会を行わないということも考えたが、それだと隣国が納得しないだろう。『剣闘王』の後継者を出場させないことも同様だ。


結果的に、謎の女剣士で押し切ることにした。


「それで、なんで一番剣士に縁遠いコイツに……」

「性別を変えるような薬はどうしても作れなかったからだよ。ラナウィを成長させるしかできなかったんだ。ね、ヌイト」

「大きくしたり小さくしたりはできるけれど、性別を変えるのはやっぱり神様の領域なんだと思うよ」

「時間を操作するのも神の御業だろうが!」

「うん? 時間を進めるのはわりと簡単な魔法だよ。上級ですむんだから。ええと、物を腐らせるのと同じ考え方っていうか」

「え、腐敗と同じなの?」


そんな魔法薬を飲んでいたのかと思うとラナウィは顔を青ざめさせた。単純に大きくなれたと喜んでいたけれど、考えていたようなものではないようだ。イメージの違いは、わりと衝撃を与える。

ヌイトゥーラは何が悪いのかわからないようで、うん同じだねと軽やかに頷いているだけだが。


「とにかく、その案は却下だ! 『箱庭』の警備隊長としても許可できない」

「でも、隣国に難癖付ける口実を与えるのは良くないと思うよ。最終的にはラナウィの王配の座を狙っているわけだし」

「ほんと、そういうの面倒だよなあ。ガキを囲いこむのに、どれだけマジなんだよ……」

「バルスが面倒に思うことでも、僕らにとっては大事なことなんだよ」


バルセロンダはいつもラナウィたちを年相応に扱うけれど、世間や周囲は決して納得しない。そもそも彼の態度の方がおかしいのだ。

淑女扱いとまでは言わないけれど、どこまでも子供扱いされるのも面白くない。

ラナウィは内心でむくれたが、ハウテンスはずっと冷静だった。


諭すようにハウテンスが告げれば、バルセロンダは大きくため息を吐いた。


「おい、ヌイト。その魔法薬とやらは大きくもなるし小さくもなるって言ったよな」

「うん。古くするのも新しくするのもどちらも上級魔法だからね」


ヌイトゥーラは言い方を変えてくれないだろうか。

ラナウィの精神衛生上、大変よろしくないのだが。

いや、腐るよりはましか。


「じゃあ、俺が代わりに出るぞ」

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