第28話 感動
「本当に訓練に参加するのですか?」
「なるべく皆さまのお仕事のご迷惑にならないようにはいたします。そうでないとテンスが納得してくれなくて。少し訓練で動きを見れば私がいかに出来損ないかわかると思うのですが……」
「ああ、なるほど」
熊虎騎士団が訓練している第二訓練場に向かいながら、セルムは見学席に向かった少年を思い浮かべるような顔をして頷いた。
「いや、仕事の迷惑というか、もう存在が迷惑というか……」
「え、すでにご迷惑ですか!? そうですよね」
騎士の訓練に一般の素人が混じるのだから、確かに邪魔以外の何ものでもないだろう。納得しながら、眉を下げればセルムは慌てて言い募った。
「いや、姫様から一般の女剣士を兵士の訓練に混じりたいと言われていたので、熊虎騎士団の中の私の隊の中でも身分の気にならない者たちのところに参加するつもりだったんですよ。そうすると、バルセロンダの隊と同じ時間の訓練になるんですよね」
バルセロンダは熊虎騎士団の中で一小隊長の地位にいる。とにかく腕の立つ平民たちを集められたところだとはハウテンスから聞いていた。
対して、セルムの率いる隊は貴族でも男爵や子爵など低位貴族の出身の者たちを取りまとめているらしい。
昔はセルムもバルセロンダのような平民が成り上がることは許せなかったようだが、彼に突っかかって以来考えを改めたらしい。今では小隊長として、身分の垣根なく接する人格者として知られている。
バルセロンダからは相変わらず相手にはされていないけれど。
「ちなみにバルセロンダ自身は先日やらかした件で謹慎中ですので、今日の訓練には参加しませんが」
それは先日、彼が逃げ回っていた件だろうか。
やらかしたとか、本当に何があったのだろう。
だが、セルムもそれ以上は説明する気がないようだ。
「はい、お気遣いに感謝します。邪魔にならないところで素振りとかしてますから」
「いや、なんといえばいいのか、とにかく私が人選を間違ったことだけはわかりました。とにかく、私の傍から離れないでくださいね」
訓練場にやってくるとそれぞれの場所で走り込みをしたり打ち合いをしたりと騎士たちが軽装で体を動かしていた。
やや離れた場所からハウテンスが木陰の下でラナウィを眺めているのを見やる。彼は楽しそうに手を振っていた。呑気なものである。
ラナウィは場に圧倒されて、物珍しさにきょろきょろと見回すだけだ。
「小隊長、そちらの方が今日、訓練に参加される方ですか?」
セルムに気が付いた数人の騎士が剣を片手に声をかけてきた。先に話を通していたのだろう。確認されたので、ラナウィは慌てて頭を下げる。
「皆様の訓練にお邪魔させていただきます、よろしくお願いいたしますね」
「なんとも、まあ……」
「小隊長、どこのお嬢様をお連れに?」
「うん、ちょっととある筋に頼まれたんだ。とにかく私が相手をするから、お前たちは離れて――」
「え、それはひどいですね」
「お嬢さん、私の方が小隊長よりは上手にお教えすることができますよ」
「おい、ずるいぞ。私のほうが、きっと丁寧で――」
「お前たち、ちょっと落ち着け!」
セルムが声を張り上げると、少し離れたところにいた騎士たちも集まってきた。
「おいおい、揉め事か。珍しいじゃねぇか」
「ネワック小隊長が女連れ込んでるとか、珍しいもん見たなあ」
「おい、他の隊は関係ないんだ。これ以上騒ぎを大きくしないでくれ」
「こんなにいい女、独り占めとか料簡が狭い男は嫌われるぞー」
「そうそう。等しく平等に分け与えてこそだろう」
どこか粗野な印象を与えるが、嫌悪感はなかった。
雰囲気がバルセロンダに似ているからだろうか。鍛えた体はどこまでも騎士らしく雄々しい。
普段、王女としてラナウィを敬う騎士たちだが、これほど近くでちやほやされたことはない。
顔はかわっていないとハウテンスは言っていたから、平凡地味顔のままであることは間違いない。たとえ髪や瞳の色が明るくなっても、もてはやされる要素はないのだが。
ラナウィは感動した。
騎士たちはなんと高潔だ。どんな女性にだってとことん親切なのだろう。
「皆様、ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いいたしますわね」
「はい、もちろん!」
「喜んで!!」
素晴らしい返事が返ってきて、ラナウィはにこにこと微笑んだのだった。
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