【第七話】その男、女と話す

「先ず最初に、お前の名前は?」


大藤だいとう一喜かずき


 険吞な雰囲気を隠しもしない少女は小銃を向けつつ問う。

 それに対して一喜は偽名を口にしなかった。偽名を考える時間が怪しさに直結すると考え、素直に実名を最速で出すことで嘘らしさを可能な限り消す。

 とはいえ、その程度は最初から決めていれば判別は難しい。現に彼女は警戒を崩さず、更なる質問を発しようと口を開けている。


「此処には何の目的で来た」


「ただの探し物だ。 もし此処が誰かの縄張りであったのなら、此方は大人しく引き下がる」


「探し物? ……こんな荒れた土地で何を探している」


 少女の眼光が鋭くなった。

 あわや地雷を踏んだかと内心で一喜は慌てるものの、社会人時代に悪鬼には遭遇している。彼等の陰湿で侮蔑的な視線に比べれば、警戒が強いだけの視線は然程恐ろしいものではない。

 ただ、そのまま銃を撃たれれば事だ。一喜の身体能力は並であるし、銃弾を視認出来るような超人的な目は持っていない。

 殺される可能性があるのだ。故に、対応は慎重にならざるをえない。

 正直に、その上で嘘を吐く。これが今の彼が生き残る道だ。


「此処には俺の住んでいる家があったんだ。 無くした大事な物があって、それを探していた」


「……」


 嘘と本当を混ぜて口にする。

 それだけで全ての警戒が消える訳ではないが、彼女の眼光に多少の揺らぎが出た。

 とはいえそれは一瞬のことで、直ぐに鋭さは元に戻る。暫くは沈黙が続き、少女は何かを考えているのか言葉を発しない。

 此処は決して安全な地帯ではないし、二人は隠れるような場所に居る訳でもない。

 もしもダーパタロスのような存在が来ていれば、二人を見つけて突撃することも造作もない。

 一喜としてはとっとと移動したかった。ただでさえ警戒して移動していたのに、このような場に居続けては何の意味も無い。

 

「すまないが此方からも言わせてくれ。 警戒しているのは十分に解っているし、安易に動かせたくないのも理解している。 それでも、此処に居続けるのは流石に不味い」


「……どういうことだ?」


「奴が来ていることを知らないのか?」


 素朴な疑問を呈するように少女の問いに一喜は返す。

 最初、彼女は彼が何を言っているのか理解出来ていないようだった。眉根を寄せて銃を向けながら考え、思い当たる部分があったのか急速に顔色を悪くさせていく。

 元から彼女の血色が良くはなかったが、今は青を通り越して白い。微細に腕を震わせ、銃の照準はブレている。

 ダーパタロスが人類の敵であるのは原作知識であるが、実際にあの姿を見て味方であると思えるかは疑わしい。

 あれは敵として見る方が自然だ。時代が時代なら妖怪の類であって、まかり間違っても崇められる側ではない。

 金色の目は揺れ、右側の鱗の間から汗が流れる。恐怖や不安による緊張がありありと見て取れ、彼女があの怪物か似たような存在を知っていることを一喜は知った。


 となれば、この話は有効だ。彼女を追い詰めることに多少の罪悪感はあるが、今は何よりも安全を優先しなければならない。

 他の人間が居たことは収穫だ。この辺りを縄張りにしているかは不明であれど、今後も探索をしている過程で遭遇する可能性はこれで出来た。

 それだけでも帰る理由にはなる。流石に広大な異世界を一日や二日で制覇出来るとは思っていなかっただけに、厄介事が起きれば直ぐに引く精神を彼は持っている。

 しかし、都合とは彼だけのものではない。彼女にも彼女なりの都合がある。

 

「詳しく教えろ。 奴の特徴、現れた日時、場所の全てだ」


「解った。 だがその前に移動しよう。 こんな目立つ場所で呑気に会話なんてお前も本意じゃないだろ?」


「……銃は向けたままだ。 私の指示通りに歩け」


 顔色は白いままだが、それでも彼女は強気を装った。

 一喜としても引き出せる譲歩はここまでだろうと頷く。本音は家に帰りたかったが、安易な逃走が死に繋がるくらいは容易に解る。

 予定外の状況だ。せめて一日で帰れる範疇にあるといいがと思いつつ、彼女の指示に合わせてゆっくりと歩を進める。 

 彼女自身は何か新しい話題を振ることはなかった。静かに道を口頭で説明し、彼はそれに合わせて見知った道を歩く。

 帰路からは外れ、向かう先には最寄り駅と複数の小売店が犇めいている。此方ではその全てが無人であるが、彼の世界では日常的に小さな騒がしさを有していた。

 

 歩いておよそ十五分程度だろうか。

 彼が想像していた通りに最寄り駅にまで到着し、元の世界と比較して破損の目立つ状況に息を吐く。

 なるべく怪しまれないようにしていたが、背後から突き刺さる視線が余計に鋭くなったような気がした。

 目的地は駅内にあるトイレだ。彼女は迷うことなく男子トイレを示し、一喜は質問したい気持ちを押さえて中に入っていく。

 室内に清掃された気配はない。放置の所為で誇りや黴が目立ち、トイレ特有の異臭が鼻を襲う。

 むせる程ではないとはいえ、あまり良い気分ではないのは確かだ。この臭いは公園に設置された簡易トイレのものと一緒で、入る際にはちょっとした勇気が必要となっていたのを彼は思い出す。


 個室のトイレには間の仕切りが無かった。

 白い壁はぶち抜かれ、見事に隣の便器が露になっている。小をする方はそのままで、洗面台の上に設置してある鏡には罅が目立った。

 大人数が入れば狭い部屋だが、二人となれば十分な広さだ。少女の指示で一喜は便器に座り、彼女も彼女で隣の個室の便器に座り込む。

 

「此処なら誰かに話を聞かれることもない。 さっさと解っている分だけ話せ」


「ああ、じゃあ日時から――――」


 そこからは暫く一喜の説明タイムが始まった。

 ダーパタロスの具体的な身体特徴に、発見時の場所と日時。そこから更に敵が何をしていたのかを推測混じりで語り、彼女は何度か首を縦に振っていた。

 

「視線が合った瞬間に無我夢中で逃げたからその後のアイツの行方は解らない。 でも間違いなくあの場に留まれば俺は死んでただろうな」


「髑髏頭に、パンクな服装。 見覚えのある特徴だ。 恐らくは十五号だろうな」


「十五号?」


 説明を終えると、短く彼女は言葉を発する。特徴に覚えがあるような台詞であったが、しかし十五号という言葉は一喜が知らない単語だ。

 疑問混じりの言葉を吐き、そして直ぐに一喜は自身の失敗を内心で舌打ちした。これでもしも十五号という単語が常識的なものだったらどうするのかと。

 

「私達のチームが勝手に付けている呼称だ。 十五番目に見つけたから十五号って感じに付けている」


「成程……」


「奴の縄張りはもっと別だった筈だが、アンタの話が真実なら狩場を変えたんだろうな」


 彼女は一喜の発言に然程違和感を覚えていないようだった。

 チームの概念が彼には解らないが、人間がチーム単位で共同生活をしているのかもしれないと予測を立てつつ物騒な単語に背筋が涼しくなる感覚を抱く。

 この世界は容易に人が死ぬ。それを再認識させられ、警察や軍が頼りにならないこともこれではっきりとした。

 となれば、他に確認すべきは一つだ。


「狩場を変えた、か。 ……嫌な話だ。 ――そういえば風の噂なんだが、最近怪物を倒そうとする組織が出ているとか」


「あー、オールドベースだったか? 私も都市伝説程度でしか認識してないが、そんな組織が居るって話は聞いてるよ」


「……実際に撃破した姿を見た奴って居るのか?」


「私が知る限りだと居ないな。 そもそもそんな組織があるって誰も信じちゃいないし、仮に居ればそこの治安はきっと良いだろうから他所にももっと伝わる筈さ」


 彼女は心底どうでもいいように語るが、一喜としてはただ事ではなかった。

 オールドベース。そこは確かに、メタルヴァンガードが所属している名前だったからだ。

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