第6回 桁違い
「――あ、あれは……」
俺たちはカモフラージュゼリーを倒してからしばらく進んで、ふと立ち止まった。何かがいるんだ……。ここから遠目に見えるものは、倒れた人間とその傍らでうずくまる小柄な人物だった。
死んだ親を前にして泣き崩れる子供のようにも見えるが、ここはあくまでもダンジョンだ。モンスターがパンに成りすましていたことから、決めつけるのはよくない。
「「「「「「……」」」」」」
俺たちは対象に対し、これでもかと慎重な足取りで近付いていく。
あれが人間かモンスターかどうかは、前回もそうだが相手が実体を見せてこないとわからないようになっているみたいだ。
いくらダンジョン菌対策でワクチンを打っているとはいえ、何かそういうスキルでもない限り、一般人ではできることが制限されるんだろう。
「――うぅ、うぅ……」
10メートルほどの距離まで迫ったわけだが、どうやら倒れている女性の腹に顔を埋めて小さな男の子が泣いてるようだった。見た目的にも人型で服を着ていてモンスターには見えないし、やはり親子の客なんだろうか? 倒れている女はピクリとも動かない上、血だまりもできてるからもう死んでるっぽいな……。
「ううぅ……ひひっ!」
「「「「「「っ!?」」」」」」
男の子が顔を上げたと思ったら、真っ赤な口を吊り上げながらこっちへ猛然と駆け寄ってきた。
そこでようやくウィンドウが出てきてレベル2のゾンビだと表示される。
クソッ、ゾンビかよ。つまり食ってただけなんだ。あの女のはらわたを……。
「きしゃああああぁぁっ!」
「み、みんな、横に避けてくれ――ぐっ!?」
俺は子供のゾンビから体当たりされたわけだが、かなり体格差があるにもかかわらず、大きく後方に弾き飛ばされる格好になった。
やはりそこはモンスター。圧力が全然違うので俺のほうが子供扱いされてしまう。みんなが後ろに並んでたら巻き添えを食らったはずだから、横に回避してもらって正解だった。
「こいつ!」
俺は傘を子供ゾンビの頭に向かって全力で振り下ろし、命中したと思ったら半分に折れてしまっていた。な、なんて硬いんだ……。
「う、ううっ……? うじゃああああぁっ!」
「ぐあっ!?」
俺は子供ゾンビに突き飛ばされ、立ち上がろうとしたときにはもう馬乗りにされてしまっていた。
「こ、こいつっ! 離れろっ! このっ、このっ……!」
折れた傘を落としてしまったので、俺は仰向けに倒れたまま、ゾンビの顔面をガンガンぶん殴るも、石を殴ってるみたいで俺の拳のほうが痛くなる始末。効いてる様子はないが、それでも抵抗しないと終わってしまう。
「うししっ……うひゃひゃっ!」
「…………」
こいつ、俺に殴られながらも笑ってて、サーッと血の気が引く思いだった。俺の顔を見て嬉しそうに舌なめずりしてるし、蚊に刺された程度だとでも言いたげだ。
だめだ、こんなの、力の差がありすぎて勝てっこない。スレイヤーじゃなきゃ倒せないと思えてくる。俺の考えは間違いだったのか、無謀だったのか……。
「み、みんな、今のうちに逃げろ……!」
俺は力の限り叫んだ。自分が食われている間、仲間には逃げるチャンスはあるはずだからだ。
もちろん死ぬのは怖いし悔しいが、全員ここでくたばってしまったらそれこそ終わりだから、誰かが仇を取ってくれれば……。
「誰が逃げるかよっ!」
女子高生の黒坂が駆け寄ってきて、その勢いで子供ゾンビの腹を蹴ったものの、ニタニタと笑われるだけだった。助けに来てくれたことは嬉しいが、まるで効いてない。
「同意だ。工事帽、お前にだけいい格好をさせてたまるかっ!」
野球帽の藤賀も負けじとバットでゾンビの頭を殴り始める。しかし、このモンスターには依然としてダメージを与えられてない様子。
「若いのっ! 諦めるなっ!」
今度は爺さんの風間が折れた傘を拾い、その先端でゾンビの背中を突き始めたがまったく刺さってない。警備員だし力はあるはずなのに。このゾンビ、いくらなんでも硬すぎだろう……。
「自分も、加勢します……!」
トラックの運ちゃん、山室の重い体重を乗せた肘打ちや足踏みによってモンスターの体を微かに揺らすが、それでもダメだ。
「わ、私は勘弁してくださぁぁい……!」
「…………」
セールスマンの羽田は、震えながらうずくまっていた。何もできないなら逃げてくれればいいんだが、それすらできないのか……。
「……うぅ、うぅ……しょ、しょろしょろ……ぬーみしょ、脳みしょちょうらいっ、パパアアアァッ」
「っ!?」
子供ゾンビが俺に向かって顔を近付けてきて、糸を引きながら大きく口を開けた。やつは生きたまま脳を食うつもりだ。もう終わりなのか……。
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