機械仕掛けの小夜曲(セレナーデ)

橘 永佳

第1話 白雪姫と女王さま

 むかしむかし、冬を司るとうたわれる国がありました。

 雪の白と木々の緑がうつくしい国です。

 その外れに、ことさら雪の深い森がありました。

 とても広く、まるで白と緑の迷路のようなので、白の森と呼ばれて、だれも入らない森でした。


 その奥深くに、小さな家がありました。

 その家のまわりだけ、なぜが雪が浅くて、木々も遠慮して開けています。

 きらきら雪が舞い降りる中に、ちらちら灯りが浮いています。

 絹で編んだてまりみたいで、柔らかそうな光です。

 少し青みがかったり、少し赤みがかったり、少し黄色がかったり。

 同じように見えて、ひとつも同じではありません。

 まるで、クリスマスの飾り付けのようです。

 そこに、白雪姫は住んでいました。


 真新しい雪のように白い肌、ほんのり染まるほほ、つややかなくちびるに、濡れて光るようにつややかな黒髪。

 白雪姫はとてもとてもうつくしくて、それは、もう人とは思えないほどでした。

 だって、白雪姫は、人形なのですから。


 白雪姫は、朝になればうごき出します。

 キリキリ、キリキリ、手足から音がします。


 いすから立ち上がり、窓を開けます。

 カチコチ、カチコチ、体から音がします。


 ほうきで床を掃き、窓を拭きます。

 キリキリ、キリキリ。


 庭のりんごの木の世話をします。

 カチコチ、カチコチ。


 夜になると、だんろに火をいれます。

 そして、本を読みます。


 夜が更けると、いすに座って、止まります。

 そうして、待っているのです。



 ずっと、ずっと、ずうっと待っているのです。



 ある日、白雪姫が本を読んでいると、外から声がしました。


「ここに住むのはだれか、答えよ」


 白雪姫はとびらを開けました。

 そこには、分厚い外套をまとった人が、ふたりいました。

 えらそうな女の人と、そのお供の人のようでした。

 女の人はうつくしい人でしたが、白雪姫には及びません。

 その人のうつくしい顔は、白雪姫を見るなりおどろいて、くやしそうにゆがみました。

 ふるえる声で、女の人が言いました。


「おまえは何者か」


 白雪姫はおじぎをして、答えました。


「私はからくり人形の白雪姫ともうします」


 女の人はまたおどろきました。


「人形だと言うのか。人ではないと言うのか」


「はい。失礼ですが、どちらさまでしょうか」


 答えてから、白雪姫は礼儀正しく尋ねました。

 女の人は、白雪姫をにらみつけながら答えました。


「私はこの国の女王。この国でもっともうつくしい者である。いや、そうでなければならぬのだ」


 女王さまは、歯ぎしりしていました。

 この女王さまは、たいへんうぬぼれが強く、自分よりうつくしい人がいるのが我慢できない方でした。

 いえ、たとえ人でなくても、我慢できないのです。

 女王さまはお供の人へ言いました。


「始末しなさい」


 お供の人は戸惑いました。ですが、女王さまの命令には逆らえません。

 目にもとまらぬ速さで、お供の人はふところから短剣を取り出して、白雪姫に突き刺しました。

 ですが、刺さりません。

 お供の人はとてもおどろいて、つづけて何度も短剣を突き立てます。

 でも、白雪姫には傷ひとつつきません。


「その短剣では、私に傷を付けることはできません」


 白雪姫にやさしく言われて、お供の人は目を白黒させるばかり。


「ええい、なんとか、なんとかなさい」


 女王さまに金切り声で言われて、お供の人はほとほと困り果てました。

 すこし考え込んで、お供の人はひとつ思いつきました。


「白雪姫とやら、あなたは人形と言うが、はたして本当なのだろうか。私にはとても見えない。本当だと言うのなら、ひとつ、証拠を見せてはもらえないだろうか」


 首をかしげるお供の人に、白雪姫はうなずきました。


「分かりました」


 そう言って、白雪姫は服をはだけて、肌を真ん中から開きました。


 まわる歯車。

 カチコチ、カチコチ。


 ゆれる振り子。

 カチコチ、カチコチ。


 白雪姫の中は、見たこともない部品や歯車でいっぱいでした。


「これで、よろしいでしょうか」


 お供の人はおどろいた顔になって、しかし、すぐさま、白雪姫の中へ短剣を突き立てました。


「無駄で」


 白雪姫の部品も歯車も、短剣でこわれることはありません。そのことを伝えようとして、ですが、白雪姫は言いかけてやめました。

 短剣の先が、歯車と歯車のあいだにはさまったのです。


 ギシッ、ギシッ。


 白雪姫は、頭以外はうごかせなくなってしまいました。


「これは困ります。短剣を抜いてください」


「それはできない」


 白雪姫に、お供の人は首をふります。

 そして、女王さまへと言いました。


「これで、この者はもううごけません。そして、このまま時が経てば、いずれこわれてしまうでしょう」


 女王さまは、ようやくほっとしたようでした。


「よくやりました。あとは、この森にだれも入らないようにさせればよい」


 そう言って、女王さまはいちど白雪姫をにらみつけて、そのまま帰ってしまいました。

 白雪姫は、とほうにくれてしまいました。

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