第2話

 彼女から染み込んでくる水気と冷たさが俺を現実に引き止めている。

 それでも、俺の思考は今の状況に追いついていない。

 クラスの人気者の女子が、俺におねだりしてる?

 どういうことだ……?

 困惑してる俺に世凪さんは甘く、惑わすように語りかける。


「飴井くん、まだ童貞でしょ? いいよ、私、死ぬ前にやってあげても」


「なぜ……それを……それに死ぬって……?」


 彼女は傘の下から出てまた雨を浴びる。


「私、もう死ぬから。そのためにここに来たんだし。でも最後に馬鹿してやって、アイツらに後悔させてやる。それに……」


 いつもの落ち着いた雰囲気からは想像できないような言葉だった。

 これが彼女の素なのだろうか。それとも……


「私もヤらずに死ぬのは嫌だから」


 そう言って彼女は俺の手を握る。細くひんやりとした指が俺の指に絡む。


「だから手伝ってよ。もちろん嫌だったら終わった後で訴えてもいいし。寧ろ飴井くんにもメリットしかないと思うけど?」


 従ってはいけない気がする。いや、普通に考えたら従ってはいけない。

 だが、世凪さんの誘惑を断ってしまうと彼女は多分死ぬ。

 それは俺を後悔させるため、俺をに組み込むためだ。


「分かった……だけど、俺からも一個条件がある」


「なに?」


「死ぬのはやめてくれ。見てて良い気がしない」


 精一杯の抵抗だった。すると彼女は少し考え、いつものあの微笑みを向ける。


「わかった。じゃあ今日はヤるだけでいいよ」


 そう言うと彼女は俺の手を引き、どこかへ連れて行こうとする。


「待って、どこへ?」


「決まってるでしょ」


 彼女が悪そうに笑う。


「親が居ない私の家」


_________


「本当にいいのか?」


 勢いで世凪さんに付いて来てしまったが、道を進むにつれ俺は冷静になりつつあった。


「なにが?」


 だが、彼女は俺の心配などいらないといった感じだ。


「いや、家に連れてって俺とヤるとか……」


「なに? ビビってるの?」


「そんなんじゃないけどさ……」


 嘘だった。本当は滅茶苦茶ビビってる。だが、見栄を張らずにはいられなかった。

 それはクラスメイトにいい格好をしたいのもあるが、彼女に良い格好をしたいと言うのが大きかった。


「ふーん……というか飴井くんの手、熱くない?」


「いや、世凪さんが冷たいだけで……」


「なるほどね……これからヤるって思って

興奮してるのかと思った」


 言い訳に気づいているのか気づいていないのか、彼女は不貞腐れたように言う。


「あーでも……」


 さっきまで前だけを見て進んでいた彼女が俺の方を見る。

 目線が顔の方から、胸、腹。下の方へとっていく。


「興奮してない訳じゃないみたい。大きくしてるし」


「なっ……!?」


 彼女の言うとおり、体と欲求は素直だったようだ。

 そうして、この反応が面白かったのだろう。彼女は足を止めて、胸が当たるほど密着する。


「じゃあさ、どこに興奮したの?」


 これは流石に脳が死ぬ……彼女が押し付けるたびに俺の理性は働きを止め、体はどんどん素直になっていく。


「ねぇ、答えてよ……」


 少し彼女は背伸びをして耳元で語る。熱くなった吐息が耳にかかる度に劣情が煽られた。


「いや、その……透けてるさ……胸とか……」


 彼女は満足げに離れると再び歩き出した。


「そっかそっか、ふーん……みんなそこしか見てないもんね……」


 顔を見せず世凪さんが言う。


「私知ってるんだ。クラスの男子はみんな私のおっぱいばっかり見てるってね。もちろん飴井くんも」


「うっ」


 彼女はよく人の事を見ているようだ。

 彼女の言うことは合っている。俺たちは彼女の胸とか顔で話をしたことが何回もあった。

 しかし、下ネタを話している時に彼女に視線を向けても、黙殺するわけでもなく、拒絶するでもなく。彼女はただ包み込むように微笑んでいた。

 それは俺たちを勘違いさせるには十分だったし、彼女の魅力をより一層高めていた。


「でもさ、飴井くんは特別になるね?」


「え?」


 彼女はいつものあの優美な微笑みを見せた。


「だって、私の全てを見られるんだよ? 他の男子は絶対見られないようなところも……」


 彼女の言葉が俺にさらなる想像をさせる。

 どんどん体が熱くなっていく気がした。

 彼女の鈴を転がしたような声が俺の耳の奥、脳すら溶かしていく。


「ね、悪くないでしょ……?」


「あ、ああ」


 俺はそれ以上は言えず、彼女に引っ張られるまま歩いた。

 彼女は水溜りを避けることもせず、もうそんなのどうでもいいと言わんばかりに水を跳ねさせる。


「濡れてるけど大丈夫?」


 もうすでに彼女はびしょ濡れだったが、さらに濡れていくと風邪をひかないか心配になった。


「心配ありがと、風邪ひいても別にいいし」


「そう……か……」


 彼女は本当に死ぬ気なのだろうか。でないとこんな事はしないだろうし、多分本気だ。

 でも、家族が悲しむとかそういうことを考えて普通は立ち止まるものなんじゃないだろうか。でも、彼女からはそれが感じられなかった。


「もうすぐ着くよ。着いたらすぐ始めよう?」


「わ、分かった……」


 もう立ち止まれなかった。彼女との行為に一種の酔いがきているのか、正常な判断はもうできない。

 俺は彼女に促されるまま初めて入る家へと足を踏み入れた。

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