第4話 フェンス越しに見る恋心

 年が明け新しい気持ちで人々は動き出す。冴子のマンションのB3ー405は今日も空である。冴子は新しいメルセデスで毎日ドライブをする。

 誰かを乗せて走りたい。それも助手席に。自分が自由になるために手に入れた愛車である。自分で運転をしたい。ある意味それは征服欲に似ている。敦也のBMWに乗る限り、助手席に座るのは敦也ではなく冴子である。

自分の意にママになる男を助手席に座らせたい。それが愛車が欲しかった最大の目的であった。


まだ運転免許証を持っていない若い子なら冴子の意のままになる。冴子はドライブに誘うのは誰がいいかと考えていた。隣のマンションの男の子。ふふふと自分でも少年のことを思い出して笑ってしまった。あの子は若すぎる。あの子は次の次にとっておこう。それにあの子には今は見せるだけ。やるのはもう少し上の子がいい。

冴子の理想の同乗者はまだ現れていない。


 ある高校のグランドで、少年たちがサッカーの練習をしている風景に出会った。

故郷の静岡で清水エスパルスの選手になるのを目標に、汗と泥にまみれて練習をする中学生や高校生たちを見て、その男の子たちにほのかな恋心を抱いた頃の自分は純真な乙女であった。

懐かしさと同時に、野望が生まれる。「今ならできる、あの頃と今の自分は違うのだ」

欲しいものを手にすることができる、手段を持つ成長した女になっていた。   


 車を停めてドアーのガラスを下げ、少し寒いが我慢をしてしばらく見ていた。

 フェンスの先にゴールのネットがある。ゴールキーパーの背中が冴子のすぐ近くに見える。右に左にさらに上に飛び上がりボールを追う。彼ひとりだけの動きでも十分に楽しめた。

 時々、ネットを外したシュートのボールがフェンスの近くに転がる。少年たちが冴子の近くまでやってくる。 少年たちの真剣な表情に冴子の心は揺れた。見るだけで喜ぶ男の気持ちが理解できた。


 気が付くと1時間ほど経っていた。フェンスに張り付くようにして見ている女の子が数人いた。練習をしている少年たちが恋人なのか、あるいは憧れの男の子を見ているのか分からないが、彼女たちの熱心な眼差しの先の少年たちは輝いていた。

 冴子は少女たちがライバルであるかのような感覚におちいった。

 冴子のメルセデスベンツがB3-405に帰ったのは午後6時であった。

 少年との光の約束が待っている。


 その夜の冴子はいつもより一層積極的に敦也にせまった。冴子の激しい欲求は、フェンス越しに見る少女たちに対抗する気持ちから湧き出ていた。敦也をあのサッカー少年と思い込むことではじめて可能となる。


 敦也は冴子に車を与えたおかげで冴子が新たな喜びを見い出した結果と思い、次のおねだりを期待するほどであった。     

 敦也は十分に満足し幸福の絶頂のまま眠りについた。 


 冴子は少年の部屋の窓に向け手を振った。

「見てた?、次の次があなたの番よ」

冴子の心の中の声は少年にも届いたはずだ。冴子は明かりを消した。少年の部屋の明かりが点いた。冴子と少年の光通信は今日も無事終了した。





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