七冊目 どちらかが彼女を殺した。 その二

 何事かと思う。この昼休み中ずっとだが。


 休み時間もそろそろ終わりとなって、だんだんと教室には人が集まり始めていた。出て行ったクラスメイトたちが教室に戻って来、何事かと私たちに視線を向け、土下座でほくそ笑むミキミキを見て、ああ、なんだ、またこいつらか、という反応をする。

 些か心に響く。

 きっと、私も一括りだから。

 ただなんだかんだ気にはなるみたいで、教室中の人間が私たちを遠巻きに眺めている。

「こ、これは……!」

「どうしたの?」

 様子のおかしい姉を見て、ミキが口元を覆い目を見開き言った。

「超絶レアだよ! 何もかもがどうでもよくなったときのお姉ちゃんだ!」

「出現頻度高くない?」

 先々週の今日じゃない? 人生でこれまで三回しか見たことないって自分で言ってなかったっけ?

 そんな私たちのどうでもいいやり取りを特に気にすることもなく、ミキミキはゆっくりと口を開いた。


「……亜以? 双子トリックって知ってる?」


「はあ。知ってますけど」

 ミステリの古典的なトリックの一つだ。

 ミステリ小説において、双子が登場人物の中にいた場合、まずは入れ替わりを疑え。

 首の無い死体の次くらいに、人物入れ替わりトリックにおいては、使い古された手段の一つであり、且つポピュラーな存在でもあるだろう。まあ、ミステリ小説では一種お約束というか様式美である。

 ……え、まさかね?

 今更というか……現実にそんなこと……この期に及んでこの局面でやるなんて、まさかまさかそんなことないよね……?

「お、お姉ちゃん……?」

 察して妹が苦笑いを浮かべた。

 ……前例があったんだろうなあ。

 そう、こちらが察してしまう反応だった。

 上げた顔には涙がもう既に消え掛けていた。最後の一滴を袖でがしがしと擦って、しかし、目元は赤いまま、いつもよりも若干高飛車な口調で告げる。

「ミキじゃなく、わたしの方がやったっていう証拠がないわ」

「今自白したじゃん」

 私からの指摘に間髪入れずミキミキが答える。

「言葉の綾よ」

「言葉の綾って土下座の動作を伴うものなの?」

 知らなかったなあ。

 そんな私の呆れ顔に、ミキミキは床に手をついたまま「ふっ、」と笑ってそっぽを向いた。あからさまにこちらを小馬鹿にしたような態度が鼻につく。

「あー言えばこー言う……」

 それはお前のことだろ。

「よく言うでしょう? 可能性は無限大だと。わたしたちにはあらゆる可能性が秘められているのよ」

 その言葉ってもっと前向きなシチュエーションで使ってこそだと思うよ。間違っても、己の罪の言い逃れに使うような言葉じゃないよ。

 私はこれみよがしにため息をついて言った。

「いやいやさあ。だって特徴的にどう考えてもカボチャを壊した犯人はミキミキじゃない? 改めて告白されたからこそだけどさ。

 ミイラから覗いた眠そうな瞳ってだけで決めつけるのはたしかによくないかもだけどさあ。あの格好って当時公開されたるろ剣実写版映画の、敵の総大将、志々雄真の真似してたんでしょう? どうせ。芝居掛かった台詞といい……そういうのに憧れちゃう性格といい……あれが妹の方だとは私どうしても思えないんだけど?

 おかっぱの子が言ってた二人でいつも喧嘩してるって点や鏡写しみたいな服装、それらとミイラの特徴を考慮すれば、白タートルの子……が、ミキなのかな?

 うん、いらないお菓子押し付けてくるところなんか今と全然変わってなくない? ね?」

「知らない。たぶん違う」

 私の視線を受けてミキが慌てて視線を逸した。こんにゃろ。いい、いい。気にせず思考を続けることにしよう。

 地元のこの高校へ通っていることだってそうだ。

 二人の詳しい住所は知らない。

 けれど、私の家からもそう遠くないはず。そのもっちさん含めた他の三人がこの学校にいることだってそうだ。元々、私たちの家はそう遠くない距離にあったっていうことなんじゃないか。小中は学区が違ったっていうそれだけで。それに。

「話の中で、ミキミキは『あーちゃん』って呼ばれてたでしょう? あれって吾子嗣のあーでしょ? そしてミキが『みーちゃん』で。双子の二人を区別するためにとりあえずそう呼んでたんでしょう?」

「それだってわたしの方がみーちゃんって呼ばれてたかもしれないでしょう? わたしの名前はミキミキよ。そう呼ばれても全然不自然じゃない。夢々。あなたはわたしをなんて呼んでいた?」

 突然背中越しに話を振られた夢々ちゃんは戸惑いながらも、必死に思い出すように顔に手をやった。

「えっとぉ、えっとぉ、あーちゃんみーちゃんって呼んでたのもっちだけだし、わかんないよぉ。わたしぃ覚えてないぃ……」

 泣きそうになりながらもこっちを見てくる。いいよいいよ。べつにあなたのせいじゃない。呼んでなかったんなら、そもそも覚えているわけないもの。


「ヒントはあったわ」

 姉は膝を付いたまま得意げに胸を張るとピンと指を一本立てた。

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