六冊目 白夜行 その一

「一番好きな小説ってなに?」


 他愛もない話題だった。けれど、仲良くなるには一番手っ取り早い質問であり、一番盛り上がるんじゃないかって話題であり、その人の人となりを知るには一番良い質問でもある。

 小説を読まないっていうなら、じゃあ漫画は? と訊けばいい。漫画だって私は好きだ。もちろんだ。でも小説を読む人事態、悲しい哉今の世の中あんまりいないと聞いたことがあるから、小説読む人だったならこの話題には喜んで喰い付くだろう。挙げてきたのが自分じゃ読んだことのない本だったとしても私は大いに盛り上がれる自信がある。次に繋がる切っ掛けとかにも、まあ、たぶんなる。

 何か話すだけでいちいち考えすぎって思われるかもしれないけれど。

「う、うぅ~んとぉ」

 教室前方右端。三人で机をくっつけお昼ご飯、改め四人で机をくっつけお昼ごはん。と言っても、もう既に私たち三人はお昼をほとんど食べ終えている。

 ミキミキは何時になくにこにことしてあのドーナツっぽい何かを頬張っており、ミキはそんな姉を変な顔して見つめながらつけぼーの蓋を開けていて、私は最後の焼売を口に運んだ。

 そして突如現れたミキとミキミキの幼馴染だという夢々ちゃんは、質問に悩みながらも、広げたお弁当にゆっくりと手を付け始めた。ミートボールとミニハンバーグとカボチャの煮付にプチトマトという、普通のお弁当。普通って素晴らしい、と傍らに座る姉妹を見て思う。

 夢々ちゃん。

 初対面なのにそう呼んでしまいたいような子だった。

 あのギャル二人と同じグループに所属するということで、夢々ちゃんも例に漏れず見た目はバッチバチのギャルなんだけど、プロチナブロンドじゃなくて茶髪にブロンドを混ぜてるって感じで、髪はくるくるしたカールじゃなくて毛先に掛けて広がり気味なストレートヘア。

 猫背でさっきからずっときょときょとしてる。違う教室にいること事態が苦手らしいけど、一人でご飯を食べるのとどっちが嫌かって思ってこっちに来たらしい。

「舞ともっちは?」

「学校サボってどっか行っちゃったよぉ」

「あんの馬鹿共……」

「ちなみに出席日数は? 大丈夫なの? この前もっちが生徒指導に呼ばれてるの見たけど」

「わかんないぃ……」

「いいよ。わたしが言っとく。今日はここで食べてきなよ」

 夢々ちゃんは、ミキとミキミキに泣きそうになりながらも応えていた。私は横で黙って聞いていた。あのギャル二人か。凄いな。四月の後半でもう進退極まってるらしい。幼馴染としても友人としても見過ごせないだろう。

 それにしても――

「うぅ~んんんん」

 汗滲ませ未だに私の問いに悩んでいる(さっきから一分半は経過している)夢々ちゃんに共感を覚えてしまう。

 引っ込み思案なのかな? この格好も、あんまり派手にはしたくないけど、友達とあんまり違っちゃうのもなって心の表れかな? 却って目立っちゃってる気するけどね。

「えっとぉ。えぇとぉ。ううんとぉ。えっとね。あのねぇ?」

「うん。なあに。言ってみて? 焦らなくていいからね?」

 言葉をつっかえつっかえ喋る夢々ちゃんにニマニマしてしまう。

「亜以。キモいよ」

「亜以。赤子に接してるみたいになってるわ」

 言葉の後、二人は「気持ちはわかるけど」と言った。だよね。誰だってそうなるよ。格好で大分損してる。好きな話題のせいもあるかもだけど。

 垂れ下がった瞳で上目遣いでこちらをちらちら見つつも時折視線を逸らすのは緊張故か。悩む際、頭があっちへもたげてこっちへもたげて左右に揺れる。肩が縮こめながらお弁当をきゅっと持つ様に思わず肩を撫で擦りたくなる。それかそのまま抱きしめたく。

 いけないいけない。セクハラおやじみたいな思考をしてる。

 夢々ちゃんはやっと決めることができたのか顔を上げた。

「白夜行!」

 発音は「こう」が「こお」になっていた。

「白夜行……」

 ミキミキがどうしてだか綺麗な発音でもう一度繰り返した。

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