五冊目 クドリャフカの順番 その一

 ■水乃戸亜以


「こういうの。いいよね」

「わかる。すき」


 妹がお行儀悪く箸を咥えながらスマホの画面を横に座る姉に見せている。姉もお行儀悪く箸を咥えてほわわーんとした表情。双子姉妹。顔の同じ子。利き腕も同じで、顔を俯けた角度も同じで表情も同じ、箸を咥えている角度もぴったり重なっている。私はこうした双子のシンクロが見れることが結構楽しい。この二人と友だちになって良かったことの一つで、この二人とこうしてお昼を食べていて楽しいことの一つだったりする。

 ま、シンクロするにしてももうちょっとこうお行儀よくというか……、もっと他になんかないの? って思うことはしょっちゅうあるんだけどさ。

 双子って考えてることも同じだって言うよね。そこんところどうなんだろう。そういう二人だけで通じ合っているテレパシーみたいな感覚ってあるのかな。

「何が?」

 二人だけの世界に入らないで欲しい。私も混ぜて。混ぜ混ぜして。

「えっとね。これ」

 ミキがすいすいっと画面をスライドさせてこちらにスマホの画面を向けた。

 縁枠のバーを見るに、電子書籍を読んでいたらしい。分かるように、わざわざ表紙に戻してくれたようだった。

 逆光の中、深緑色の黒板を、体を伸ばして黒板消しで拭いている髪を後ろで括った女子高生が映っていた。文庫版じゃない、単行本版だ。分かる人はこの情報だけで分かるだろうか。

「クドリャフカの順番?」

「そそそ」


 クドリャフカの順番。

 著者、米澤穂信。

 氷菓、愚者のエンドロールに続く古典部シリーズ三作目。元々はライトノベル系の賞を受賞し出版されていたが、紆余曲折あって現在では一般小説に席を移している。著者お得意の日常ミステリという枠で青春のほろ苦さも同時に描く。ちょっとした疑問から浮かび上がる謎。それを主人公、折木奉太郎が解き明かしたときのビターな真相がまたたまらないシリーズ。

 ちなみに私は、米澤穂信なら別シリーズの小市民シリーズの方が好みだったり。

 クドリャフカの順番の描くのは、学生にとって最も大事なイベントであると言っても過言ではないかもしれない――そう、文化祭を描いた作品だ。

 こういうのってそういう?


「文化祭のこと? まだまだ当分先じゃん」

 今が四月だから五ヶ月は先だ。もういくつ寝ればいいんだろう。想いを馳せるにしても今からそんなこと考えていたんじゃあ、実際の文化祭でがっかりしそう。その学校みたいな規模の文化祭はそうそう無いだろうから。事実は小説よりも地味なり、である。

「違うよ違う。文化祭じゃなくて」

「なくて?」

「これの手法だよ。手法」

「あー」

 そっちか。

「群像劇ってやつ? Fate/zeroみたいな」

「んー。そういうのとはちょっと違って」

 群像劇。文字通り、複数の視点から紡ぎ出される一つの物語。

 しかしミキは私が出した作品タイトルに少し納得がいかないようだ。爆発的にヒットしたノベルゲームのスピンオフ。虚淵玄著。あーでも確かにクドリャフカの順番はちょっと違うか? 個々人の感覚的な問題、でもないよな。後半の京極堂シリーズ? 奥田英朗の最悪? んーどっちもなーんか違うな。感覚的には……。

「スピンオフに近いのかしらね。ずっと一人称視点で語られていたシリーズが途中から別の視点によって語られる……しかも同一作を複数人で。三人称ならありそうだけど、一人称となるとわたしも知らないわね。わたしが無知なだけかもしれないけれど」

 私が悩んでいると、姉の方が口を挟んできた。うん。確かに感覚的には主人公交代によるスピンオフが近いかもしれない。鎌池和馬の禁書に対する超電磁砲? あれは漫画か。それに禁書は三人称だし、話が進むと群像劇めいた向きも出てくるけど、割と最初から幕間っていう形で他人の視点は取り入れていたしね。

 三人称。神の視点によって語られる小説の技法。例、彼は○○をした。彼女は○○に行った等。

 一人称。話し手の視点によって語られる小説の技法。例、私は○○をした。私は○○に行くことにした。等。

 どっちにもメリット・デメリットはあり。詳しくは調べりゃすぐ分かること。

「こういうさー。視点が変わったからこそ見えてくるものっていいなあって。この人は内心どう思ってるんだろーとか、顔はこんなんだけど心ではこんなヤバいこと考えていてーとか、主人公の視点だと普通にしているように見えても、本人視点だと実はめちゃくちゃ悩んでいて、それがまた超可愛かったり」

「分かる。実は裏で意外なところと交友関係があったり、普段主人公に見せる態度とちょっと違ったりね」

 ミキは今日も今日とてカツ丼だった。毎日おんなじもんばっかり喰ってて飽きないんだろうか。飽きないんだろうな。だから食べてる。隣には当たり前のように野菜スティックが置かれていて、そのさらに隣には当たり前のように棒状のお菓子が置かれていた。パンダ印のつけぼーだ。わー。なつかしー。それまだ売ってるんだー。最近見ないんだよねー。

「亜以もこういうの書けばいいと思うわ」

「毎度お姉様は簡単に言うよね。群像劇とかさ。絶対に難しいやつじゃん。複数の視点から語られるからこそ見えて来るものがある。言わんとすることは分かるけどね」

 ミキミキは今日も今日とて眠そうだった。半目でとろんとした表情ながらも、先程から紙袋に箸を突っ込んで何かをひたすら口に運んでもにゅもにゅもにゅもにゅ――……って、なにそれ。

「……ミキミキさっきからなに食べてるの?」

「プロテインの粉を固めて揚げたらサータアンダギーっぽくなったの。食べる?」

「……いらない」

「美味しいのに。欲しかったら言って。いつでもあげるわ。ストックもたくさんあるから。手も付けてないから汚くないし」

「? ……はあ」

「バニラ、ココア、ストロベリー、ピーチ、パイン、よりどりみどりよ、亜以さま」

 今日はやけに食い下がってくるなあ。亜以さまて。いやあ見た目がね。

 私はサータアンダギーをよく知らない。沖縄産の何かってことくらいしか。ミキミキの言うサータアンダギーっぽい何かは、一目見た限りだと一口大のまーるいドーナツなんだけど、形が歪過ぎた。完璧な丸か否かって話をしてるんじゃない。カリッと揚げられたドーナツの表面からニョロニョロと触手みたいな細い突起が幾つも生えているのだ。揚げる前にちゃんと固めてなかったのだろうか。大変にキモい。

 それにしてもプロテインの粉って……栄養価は高そうだけど。なしてそんなもんを作ろうかと思ったのか以前に、なしてそれが家にあったのか。この姉妹のイメージに合わない。

 私の疑問にどう思ったんだか、ミキミキは「えー、ごほんっ、ごほんっ」と空咳した後、

「お願いマッ♪」

「ああ、いいよいいよ。もうなんとなく分かったから」

「そう」

 歌い出したから慌てて止めた。

 全く、影響されやすい子である。揚げ物にしてる感じ、筋トレ、続かなかったんだろうな。プロテインを揚げるって。開発者から説教されそう。

 ミキミキは歌を途中で止められたことを残念がる風でもなく紙袋に箸を突っ込み、六個目となるサータアンダギーみたいな何かを口に運んだ。

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