三冊目 偽物語 その三

 言われてみればそうかもしれない。


 小説は、主人公やヒロインの境遇を幾らでも尺を取って描くことが出来るため、感情移入度というか、没入感はあらゆるメディアの中でも随一を誇る。映画や漫画などと違って絵で見せられないぶん、そこに割ける強みは非常に大きい。もちろん様々な意見はあるだろうが、少なくとも私はそう思っている。

 泣いた回数は映画や漫画やアニメより小説の方が格段に多い。

 悲劇を読んだとき、映画や漫画なんかだとホロっと泣くくらいなのだが、小説だと私はボロ泣きしてしまう。夢や希望を抱いた数も同様に小説の方が多い。主人公の味わっている絶望感からの立ち直りもひとしおだ。ぐっと来るっていうか。私も頑張ろってなるのだ。前を見て生きていける。ガツンと伝わってくる。うん。分かる。分かるよ。

 今作ったってのは置いといてさ。

 しかし、笑いとなるとどうだろう?

 絵の力無しに文章だけで人を笑わせる? そんなこと、出来るのか?

 いや、先に挙げた偽物語もそうだし、京極夏彦のどすこい、ライトノベルなんかでも、暁なつめのこの素晴らしい世界に祝福を! などなど、探せばいっぱいあるか。

 とはいえお笑いって、漫才やコントなんかでもそうだけど、演者側の表情や声のトーン、喋り方のスピード、効果音などなど、視覚聴覚を瞬時に刺激出来る瞬発力の力が大きいと思うのだ。それなしに文章だけで笑わせる……。うーん。トムとジェリーやホームアローンなんかサイレントでも私は笑えるけど、あれだって絵の力は大きいだろうし。

 力量がなあ……。私には。

「それと」

「それと?」

 ミキミキは再び座り直して姿勢を正し、指を一本立てた。

 なんだろう。この上まだ何かあると言うのか。

「人を傷つける笑いは駄目。争いは何も生み出さないわ。今流行りの、誰も傷付けない笑いを取り入れましょう」

「ええ……」

 流行ってるけどさあ。ぺこぱだっけ? 後なんだろ……。日常のふとしたことを笑いに転じたり、本来ならばツッコむところを逆に肯定しちゃうっていうネタ。

 やれっつったってかなり難しいと思うんだけど……本人たちにしっかりした笑いの下地があるからこそ、ああいう変化球って思いつくんでしょうに。芸歴何年よ? あの人ら。

 私、素人なんですけど?

「あんたの姉、意外とミーハーだよね」

「あ、わたしは人が傷つくギャグ好きだから。欠点あげつらったり、人を陥れたり、体育会系のノリなんかも大好物だから。書くならどっちも書いてね」

「言い方……あんたも注文付けてくんのね」

 相反するモノを同時にやれって言われてもね。

 ただでさえ苦手なジャンルなのに二編書くの? バトロワからギャグって。書いたことないジャンルから書いたことないジャンルへとお引越しする私の気持ちも考えてほしいよ。

 この二人といると本当、小説家としての力量は向上する気がする。

 箸を咥えながら上を見上げた。トンビは未だに旋回していた。が、やっと獲物を見つけたのか、急降下し何かを口に加えて急上昇。遠くへと飛び去って行く。

「あ」

「思いついたの?」

「……逆、いや両方いけるか……」

「?」

「?」

 両端の姉妹がこてんと首を傾げる。もちろん狭いベンチでそんなことやるもんだから私までちっちゃなさざ波みたいに体が傾く。

 ゆらゆらゆらゆら。

 上げて落として。落として上げて。ま、なるようになるか。




 自宅。そして自室。

 私は筆を取る。

 もちろんただの比喩表現であり、実際は愛しのマイPCちゃんに向かっている。

 オーケストラの指揮者みたく、バッと腕を広げていざ参らん、もといキーを打たん。

 上げて落として。落として上げて。

 つまり、作中キャラクターを散々作中でこき下ろしておいて、最後には持ち上げてみて。逆に作中キャラクターを散々持ち上げておいて、最後には一気にこき下ろしてみて。

 うん。後者の方が笑えるか。多少傷付いちゃうかもしれないから、そこはカバーしよう。

 そうだ。お笑いってのはリズムだ。緩急が大事なんだ。ぽんぽんぽんぽん次から次へとリズムよく。意外性。ギャップ。

 なにも始めから難しいことをしなくたっていいんだ。

 今の続き。日常の続き。延長線上でもやれることがあるんじゃないか。

 日常ギャグってジャンルがあるんだから。

 当事者だからなかなかそういう風に見れなかったが、傍から見れば今日のミキミキは実に笑えるだろう。

 やったる。

 挑戦したる。

 まだ漠然とした絵――プロットとも呼べない思いつきの段階。だけど。

 お笑いは絵だけじゃない。文章表現だけで出来るんだってことを証明――……というより私にだって出来るんだってことを見せてやるんだ。


 あの姉妹を、心の底から大笑いさせよう。

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