一冊目 バトルロワイヤル その二

 バトルロワイヤル。


 著者、高見広春(たかみひろはる)。

 今はなき日本ホラー小説大賞に応募され、高い評価を受けたものの、少年犯罪が注目をされ始めた時代性もあってか、あまりに過激な内容に受賞を逃した作品。しかし、やっぱり面白いから出そうということになって出版された。結果は大ヒット。後に映画化もされ、その人気に火を付けた本作は、バトルロイヤルというジャンルにおいての、正に金字塔であろう。

 全国から無作為に選び出された中学生一クラスの生徒が、互いに殺し合うことになるという非常にシンプルな内容。

 が、バトルロワイヤル(こういうもの)における全てが詰まった作品と言っても過言ではない。

 デビュー作としては異例の話題性とヒットとなったが、1999年、バトルロワイヤル発表以降、作者は新作を書いていない。

 ま、いっか。人生色々あるもんね。小説家だって色々だ。

「いんや。そうじゃなくてさ。青春小説書きたいなって。女子高生が主人公で。で、漠然と女子高生って言っても女子高生である意味とか意義とかなにかなーって。女子高生と言ったらなんだろーって。そこから考えるべきじゃないかなーって」

「それで武器?」

「うん」

 ぱくりと最後の一個の唐揚げを口に運ぶ。目の前のこの姉妹のせいで、悲しい哉、お弁当はそれで終いとなった。私はぱたぱたとお弁当を片付けに掛かる。

「亜以ってそんなんだから小説書くの遅いんだよ。変なことで悩むよね。流れじゃんかそんなの。ねえ、お姉ちゃん」

「ぐう」

 図星だった。

 私は小説家を目指している。

 ただ書くのではない。小説で食べていきたい。

 幼い頃からの夢であり、今でもそれは変わらない。が、驚くべきことに私は小四の春から書きはじめて未だ三作品しか書き上げられていない。八年で三作。一作二年半強ペース。

 どんな大作家先生だよと自分のあまりの遅筆っぷりに焦った私。このままだと大学生になっても二十歳になっても三十路になっても四の五を飛ばして定年になっても夢を叶えられそうにもない。定年は今七十だっけ?

 ならばいっそのこと今までひた隠しにしていたこの夢を、他人に話すことで焦りとかエネルギーとか新たなるアイディアとか、まあ何かしら自分の中に無いモノを見出だせないかなと思い友人に話すことにしたのだ。

 それが、この学校に入学してからすぐのこと。

 この二人と仲良くなった経緯であり、こうしてお昼に毎度他人が聞いたら首を傾げてしまうようなことばかりを議題に挙げている理由である。

「青春小説って具体的には?」

 ふるふると震えながら、そぼろを上手に箸の上に乗せながらミキミキが訊いてくる。

「うーん。自転車で、女子高生が海岸線沿いを二人乗りしながら二人して叫ぶ感じ」

「なにその映画のイメージカットみたいな……どういう話?」

「まだ考えてない。絵だけ頭にババンと浮かんできた」

「そんな段階で相談されても」

「ね」

「ね」

 双子が顔を見合わせ、タイミングよくこくりと互いに頷いた。むう。

「とりあえず、なんかない?」

 まあ、何かしら出てくるかもしれない。とにかく訊いてみる。二人は一瞬の間の後、

「若さ」「肌ツヤ」「制服」「生足」「ニーソ」「体操着」「部活」「ユニフォーム」「オークション」「売却?」「一万?」「二万?」「十万!」「買った」「お金」「がぽがぽ」「ふふ」「ふふふ」

 言って、口元に手を当ててくすくすと笑い出した。

 性格は違えど動きはいちいち似ている双子である。

 はあ……相談する相手間違えたかな……。そんな、おっさんみたいな……。

 どちらからともなく巫山戯始めた二人。どちらからなのかはポンポンピンポンラリーみたいに喋られたから分かんなくなっちゃったけど。

 ふむ。でも、概ねそんな感じだよね。私たちが女子高生であること。意義とか意味は置いておくにしても。女子高生のイメージを挙げてって言われたら、若さや、今私たちが着ている、着崩している、この制服になるのか。私は着崩してないけどね。最低限はやってるつもり。

 ちなみにうちはセーラー服。

 ブレザーよりこっちの方が女子高生的なブランド価値は高いと思うのだが、どうだろう? 世間一般の皆々様としては。

「女子高生は何をしても絵になるわ」

 ミキミキがふっと笑った。

「と、言うと?」

「ただの女子高生が、機関銃持っていても、刀持っていても、斧持っていても、自転車で走っていても……そこだけ切り取れば絵にはなる。何していてもそこそこ見れる絵にはなる。誰が撮っても、誰が描いても、誰が書いても。それが、例え素人でも」

 この制服が――、

 と、ミキミキは己の制服の袖を掴み、

「私たちの価値を高めてくれる」

 そうして己の体を掻き抱いた。

「おお……」

 思わず唸ってしまう。半目のミキミキが薄っすら笑んでそう言うと確かに説得力が。そしてそれは隣に座るミキも同様だったようで、実の姉を指差し言った。

「お姉ちゃん、なんかエロい」

「わたし、エロくない」

 ツリ目がタレ目になった。たぶんミキは思考や性格のこと言ってんじゃなくて、雰囲気のことを言ってるんだよ。勘違いしてるっぽいけど。

「どうでもいいけどさっきお姉ちゃん斧ダサいって言ってたよね?」

「言った」

「ほらー!」

 何がほらー! なんだろう。ミキは感覚的に喋るきらいがある。そこについては私も時折『?』となることも多いけど、その感性には小説を書く上で大いに参考になる。

 理詰めで書いてばかりいてもつまんないものもあるって話ね。

「例え斧でも女子高生が持っていれば絵にはなるわ。けれど、武器にするには斧は使えないって話」

「なんで? 悪くないじゃん、斧。もしもバトルロワイヤルでランダムに武器渡されたとしたら、割と当たりの部類に入るんじゃない? 刀なんかより断然扱いやすそうじゃん」

 横で不満そうな表情を浮かべている妹の心中を代弁して姉へと問うた。

 会話の流れのせいで武器の持つ意味が二重になっちゃって分かりにくいけど、バトルで女子高生が斧を武器にするには? ってことだろう。

 格好いいじゃん、斧。

 ちっちゃい子がでっかい斧持ってるのってロマンあると思うよ。ゲームや漫画の話だけど。

「重い。膂力が必要」

「りょ……? 斧って破壊力あるじゃん? あれで頭かち割ってやりたいとか思うでしょ? お姉ちゃんも。パカーンてなるよ、パカーンて」

「考えとく」

「考えるなそんなこと。一考にもするな」

「えー? でもさあ。考えてもみてよ。亜以も。例えばいきなり殺し合いしてって状況になって、斧渡されたらさー。襲って来た奴の頭パカーンてしてやるしかなくない? 横にスイングするのって難しそうじゃない?」

 自分で振っといてバトロワ前提みたいな感じで話が進んじゃってる状況に戸惑う。

 してって。うーん。しかし想像してみよう。暗がりから襲ってくる同級生たちの姿を。金字塔的作品にあやかってそこは島だとしよう。海に囲まれて、さらに、深い森のある島だとしよう。一緒にいた人らも武器持ってるとして。

 まあ、ミキミキの言う通り、斧って重いだろうしなあ。割と持つだけで大変だってイメージがある。肩に担ぎ上げるイメージ?

 その斧を振るうとなると、自然、上から振り下ろす形になるのか? 遠心力と斧の重さを利用するしかない? 後は……ぶん投げるとか? いやいや……女子高生の腕力でどれだけ斧が飛ぶんだろう。いいとこ一、二メートルそこらじゃないか。外して武器が手元から消えれば敵に対抗する術も無くなると思うと、軽々に取れない行動だ。

 ハンドアックスなら……いや、今話しているのは私たち三人のイメージする、そのまんまの斧だろう。金太郎が担いでいそうなやつ。柄が短くて刃がでっかいの。

 そういう舞台となる島なら身を隠す場所もたくさんあるだろう。と、なると、確かに斧って小回り効かなそうだから実際渡されたら邪魔かもしんない。

 重い、避けやすい。振りかぶるだろうしね。腹ががら空きだぜ! ……なんてね。武器があるって安心感が却って命取りになりそうな武器だ。

 私がうんうん唸っていると、ミキミキが思考を読んだかのように口を挟む。

「斧って振るうのに意外とコツがいるのよ」

 なんでそんなこと知ってんだろう。

 まあコツは入りそうだけどね。薪割りって結構難しそうだよね。

「一発で仕留められなくて地面や木に刺さって抜けなくなって返り討ち、なんて斧使いによくあるじゃない。わたしの中では斧って噛ませ」

「漫画の話でしょ?」

「そうだけど。でもダサいし」

「かっちーん」

 斧に対して何のリスペクトも持ってなさそうな姉の発言に、妹が左右のこめかみに指を当てながら妙な擬音を発す。なにその一休さんみたいなポーズ。キレるの意味違ってない?

「かっちーんときたよ今の。例えお姉ちゃんでも許さないよ」

 ミキはどんだけ斧使いが好きなんだろう。

 そんなに入れ込んでるキャラクターでもいるの?

 実の妹に敵意を向けられたお姉ちゃんの方は、そちらを見ず呑気にいつまでもそぼろを喰っている。と思いきや、横のチャーハンに移行し始めた。そぼろよりは大分マシだ。早い早い。

 よかった。このまま食べ終わらずに昼休み終了するかと。議論は私が望んでもいなかった方向へとヒートアップを見せているけれど。

 あの、青春小説は……。

「どうするの?」

「もちろん戦って勝負だよ。お姉ちゃん武器は?」

「鎖鎌(くさりがま)最強説を唱えるわ」

「……斧より噛ませっぽくない?」

 口を挟んだら睨まれた。どっから出てきた鎖鎌。機関銃はどうしたのだ。

「おっけー鎖鎌ね」

 おっけー……?

 何がおっけーなんだろうと思い、睨み合う姉妹に視線を向けた。すると妹の方が私を見て言った。極々自然に。これやっておいてくれない? くらいの口調で。

「じゃ、よろしく」

「なにが?」

「小説書いといてってこと」

「え? は? 小説?」

 視線を姉へと向ける。いつの間にやら食べ終わっている。さっきまでの遅さは何だったのか。両手を合わせ、ごちそうさまをし、お弁当を片しながらも、姉も妹同様、極々自然に、言ってる意味分かるでしょ? やっといてね、くらいの口調で平然と言う。

「女子高生バトルロワイヤル。短編でもいいわ。鎖鎌使いと斧使いは登場させること。それぞれのキャラクターの性格はわたしたち姉妹を参考にしてもいいけれど、雰囲気で書かないできちんと武器の特性、弱点を調べて、それを戦いに盛り込んだ上で描くこと。お話の舞台は亜以に任せるから。しくよろ」

「ちょっと待って私青春小説が書きたいんだってバトロワ書くなんて一言も――」

「いいじゃんそんなの。雰囲気で何とかしてよ。青春小説っぽく青春シーン入れればいいじゃん」

 今お前の姉が雰囲気で書くなっつったろ。

 しかし、私は頭に金字塔的あの作品が浮かんでいる。確かにあの小説は、ものっすごい青春小説っぽかったような……。思えばバトロワものってキャラクターにまだまだ精神構造が未成熟である学生は絶対にいるし、そのキャラの葛藤なんかを描いていけば、自然青春ものっぽくなっちゃうのか。だとしてもよ。

 不満げにしているの私を見、ミキミキが優しく微笑む。

「いいじゃない。自転車で、女子高生が海岸線沿いを二人乗りしながら二人して叫んだ後に殺し合えば」

「衝撃の展開過ぎる」

 叫ぶの意味合いが違ってきそうだ。いい笑顔でなに言ってんだ。

「コッロシアエ♪ コッロシアエ♪」

 ミキは、今度は両手に長いじゃがりこを鉤爪のようにして持ち、妙な歌を口ずさみながら、その両の手でオーケストラの指揮者みたく腕を踊らせている。

 じゃがりこが目の前でゆらゆら揺れてて非常に不愉快&邪魔。

 ……鉤爪も登場させようかな。

「どういう経緯があればそんなことに……」

 教室にいる男子女子たちの視線が若干集まっているのを感じた。傍からこれだけ聞いたら、なに物騒な会話してんだろうこいつら、とでも思うかもしれない。

「期限は一週間ね」

「一週間!?」

「ま、そんくらいだよねー。それ以上掛かったらわたし冷めちゃうもん」

「えー……」

「よろしく」

「楽しみね」

「ね」

「ね」

 姉妹が二人仲良く同じタイミングでこくりと頷き合っている姿を、私はため息を吐きつつ眺めるしかなかった。

 一週間。

 そんくらいで短編一本くらい書き上げられにゃあ小説家はやっていけないのかもしれないと思いつつ、私は小説の構想を練り始める。

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