04_別れと始まり

「ご覧になられますか?」 


 ポッチャリンが、不気味な笑みを浮かべながら言った。


「ああ、もちろんだ」


 ライオン男ライアンは、そう答えると、ポッチャリンは、フードを被った細身の二人に、指示をし、棺を僕たちの見えるところまで持ってこさせた。


 近くまで、持って来られると、棺から放たれる異様な雰囲気をさらに肌でひしひしと感じられた。なのに、不思議と中を開けてみたいと思わせる魅力が備わっている。


(中には、何が入っているんだ。きっと、常軌じょうきを逸した何かが、この中にはある)


「それでは、開けてくださ~い」


 ポッチャリンが、独特な声を上げると、細身の男たちが、棺のふたを、慎重しんちょうに外して行く。次第に、棺の中身があらわになる。


「えっ、これって......」


 僕は、中に眠っているものを見て、動揺と驚きを隠せなかった。予想もしていないものが、あったからだ。本来ならば、そこにあるはずのないものが眠っていた。


(僕だ。僕が眠っている。どうなってるんだ)


 棺の中には、僕の死体が入っていた。全く僕と瓜二つだ。寸分違すんぶんたがわず僕そのものだ。


「どう、自分の死体を見た感想は?」


 動揺する僕を見て、蛇女ムグリが言った。


「どうって......すごい複雑な気分です。まさか、自分の死体を見るとは思いもしませんでした」


 自分の死体を目の前にして、あまりいい気分には、なれなかった。自分が死んでしまったら、こんな感じになるのかと、死後のことを考えてしまった。


「思った通りのリアクションね。私が、自分の死体を見た時も、同じような感じだった」


「でも、何で、僕の死体なんかを用意したんですか?」


 僕の問いかけに、狼男アウルフが答える。


「お前を死んだことにする。今、行方不明のお前の死体が見つかれば、親も、お前を探さなくなるという寸法すんぽうだ」


 自慢げに狼男アウルフは、語った。確かに、僕を、すでに死んだことにしてしまえば、今までの人間関係を断ちきることができそうだ。


「そうですね、確かに僕の死体が見つかれば、親は、探さないと思いますが......」


「心配かね、ぼうや。自分を死んだことにすれば、親が深い悲しみに暮れることになる」


 ライアン男ライアンは、僕が心配していることを見事に的中させた。ライアンの相手の心情を読み取ることに長けているようだ。


「はい、とても辛いです。親が自分のことで苦しんでほしくはないんです」


 神妙しんみょうな面持ちで、僕が話していると、狼男アウルフが声を荒らげる。


「甘いな、ガキ!甘すぎるぜ。お前はもう、半獣なんだよ、人間に戻れねー。お前が近くにいるだけでだな......」


 そんなアウルフを蛇女ムグリが、彼の耳を引っ張って黙らせる。


「やめなさい、アウルフ。いちいち、口を挟まないで。空気読めないんだから」


「いってーな、耳を引っ張るんじゃねーよ!ぶっ殺されてーのか!」


 ピリピリとした雰囲気に、僕は心配になり、思わず呟いた。


「大丈夫なんですかね......あの二人......ぶっころすとか聞こえて来たんですけど」


「いつものことだ。ほっておけ。小僧もいつか慣れる」

 

 象男ファントムは、心配している僕に声をかけてくれた。


「どうだね、ぼうや、決心はついたかね」

 

 ライオン男ライオンは、僕の肩に手を置き問いかけてきた。


 僕は、正直、悩んでいた。


 今までの両親との思い出が思い出されて、なかなか決心がつかない。


 僕がこの世に産声を響かせた瞬間から、一番身近で自分を見ていてくれて支えてくれたのが、両親だ。頑張った時には、褒めてくれたし、間違ったことをすれば、叱ってくれた。


 半獣になっていなければ、今でも、家族と平凡な日常を送っていたはずだった。ほんとは、今でも家族との平和な日常に帰れるなら帰りたい。親と別れるのは嫌だ。


 でも、それでも、僕はもう甘えたことを言ってはられない。


 ば、化け物、あなたは私の息子なんかじゃない!


 血塗られたリビングで母親が放った辛辣な言葉が今でも思い出される。母親から聞いた最後の言葉だ。半獣の姿をしていたから、僕だとは分からなかったのだろうけど、ひどく心を抉られる気持ちになった。


 その日を境に、両親との輝かしい思い出は、血で真っ赤に染まりくすんだものになってしまった。


 もう、親を傷つける訳にはいかない。どんなに辛くても、選択しなければならない時がある。それが今だ。


 ほんとはどうすべきかなんか分かってるんだ。このタイムベルに戻ってきた時点で。


「はい、僕は親との関係を断ちます。あなたたちの仲間になると覚悟を決めましたから」


 僕は、ライオン男ライアンに向かってまっすぐ目を見て、はっきりと言った。


「そうか、分かった。ぼうや、よく決心したな。明日にも、人目を避けて死体を、運ぼう」


 僕たちの会話が、一段落したところで、ポッチャリンの声がした。


「そろそろ、私は帰らせてもらいますよ。商品は、無事、届けたことですしね。またのご利用をお待ちしておりますよ、はい。では、さよな~ら」


 ポッチャリンは、手を振ると、細身の二人とともに、暗闇のなかに消えていった。後で聞いた話だが、僕の死体をどうやって作っているのかは、半獣の人たちも知らないらしい。どうやら、企業秘密で、コープスマンの人たちに聞いても教えてくれないとのことだ。本当に、裏で何をやっているか分からない人たちだった。


 ーーー


 数日後。


  新聞を見てみると、すでに、僕の家に起きた事件はニュースになっていた。親は、入院中だが、命に別状はなかった。家には、僕の姿だけなかったことから、警察による捜索が行われ、僕の死体が見つかった。


 僕は何者かに殺されたことになった。


 無事、両親は、病院を退院。僕が殺されたことを知った、両親が葬儀を行った後、僕の死体は、近くの墓地に埋葬された。


 今日は、両親が一輪の花を持って、僕のお墓までお参りに来ていた。僕は、その様子を、近くの木陰から、見守る。


「守ってあげられなくてごめんね」


 母親が、墓の前で泣き崩れながら、悲しみで震えた声がするのが聞こえた。


「私もだよ。守れなかった。一人で抱え込むことはない」


 父親は、泣き崩れる母親の背中に、手をやり、悲しげの表情を浮かべ母親を気遣った。


 僕は、両親の悲しみに沈んだ様子を見て、胸が引き裂かれるような気持ちになった。ほんとは、僕は生きているよと今すぐにでも、飛び出したい。


 だけど、それはできない。


 僕は、半獣たちの仲間になることに決めたのだ。引き返すことはしない。


 今まで、ありがとう。お母さん、お父さん......。


 僕は、墓の前で悲しみに暮れる両親に背を向け、歩き出し、前を見た。


 これで、人間、鬼山聖はもうこの世にはいない。


 これからは、半獣として、生きていくーー。

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