【短編・完結済】記憶を消せる町
一般決闘者
前編
俺はしがないオカルト記者である。
ネットに公開される俺の記事は、閲覧数こそ多くないものの、いくらかのファンが定着しているようで、どうにか出版社から見放されずに済んでいる。
そんな俺だが、今回、群馬県北西部に位置する西海町の、とある奇妙な噂を聞いた。
それは、この町では記憶を消せるという噂だった。
―――西海町の人口は1579人。
かつては5千人いたその人口も、もはや三分の一以下。都市への人口集中に加え、少子高齢化の一途を辿った。
人口減少による空き家増大と、高齢化による働き手の不足などが問題視されている。
近い未来には、さらに人口が減り、何もしなければ消滅していくだろう。
それがこの町の現状であった。
特産品は、現地で取れる粘土を使った、西海焼きと呼ばれる焼物類。海のような波模様が特徴の焼物で、特に高齢者に親しまれていると言う。
この町唯一の商店街―――昭和を感じさせる老舗の八百屋や、魚屋、肉屋などが並ぶ通りに、焼物屋が一軒ある。
最近では店だけでは限界があるようでインターネットでの販売もしているようだ。
そんな西海町、唯一の文化館へと、俺はやってきていた。
文化館は、それなりの大きさがあった。
築年数50年は過ぎているだろう。木造のそれは、よく言えば歴史を感じさせる。
悪く言えば、寂れていた。
「ようこそ西海町へ!」
そこの受付に言われるがまま、面会室で待っていると、その館長がやってきて、第一声に歓迎された。
彼は両手でお盆を支えており、その上には2つの茶碗―――西海焼きだ―――が乗っている。
ここの館長は、町長でもある。
選挙を経て、町長や議員をになること38年。齢にして75歳。
小中高とこの町の学校に通い、大学はいかず、25歳まで町工場で働いている。
それから一度、東京の医大に通い、この町に帰ってきたときには37歳だったという。
それから、一度も、文字通り一歩も、この町から出たことがないと、某SNSのプロフィールには書いてあった。
「館長さん、今日はよろしくお願いします」
俺は柔らかいソファを名残惜しく思いながらも、立ちあがって、頭を下げた。
「いやいや、いいんですよ! この町を題材に、記事を書いてくださるのですから! しいては、これは町の発展のため! 焼物しかない町ですが、どうぞ、ごゆっくりしていってください」
「ありがとうござます。それで、早速で申し訳ありませんが、いくつか質問をさせていただいても?」
「どうぞどうぞ! ささ、まずはおかけ直しください」
「これはご丁寧に」
俺は言われるがまま、ソファに座りなおし、メモとペンを取り出した。
館長はお茶をテーブルの上に置くと、俺の対面に腰を下ろした。
「では、早速ですが、おきかせください。この町では―――記憶を消せるそうですね?」
記憶を消せる。
苦い思い出や嫌な出来事は、記憶として消えにくい。
そんな悩みを持つ人間が、記憶を消したい……そういった話はよく聞くことだ。
だが、実際にできるとなれば、恐怖さえも感じる。
「ええ、ええ。確かに、この町では、記憶を消せます」
「ほう、それは……どうやって?」
「簡単とだけ、応えておきましょう」
「言えない? なぜです? ある意味、画期的な技術だと思いますが」
意図的に記憶を消せるなど、耳を疑う話である。
実験などした日には、人体実験などと言われ批判は必至。
しかし、どうにもそういった話は出てきていない―――『通』の人間が集まるサークルだとかの間で、たまに噂になるくらいだろう。
「まさかまさか。むしろ、町人ならば誰でも知っていることです……しかし、そうですな。先生は、幽霊だとか宇宙人だとか、そういった話を信じる人間でしょうかな」
「仕事柄、そういった存在もいる、とは思っていますが」
「そうですか、そうですか。では、詳細については記事にしないと約束していただければ、お教えいたしましょう」
「ふむ……個人的な好奇心だけは満たしてもいい、と。わかりました、記事にはしないと約束しましょう」
「ありがとうございます……と、もったいぶったことを言ったものの、答えは簡単。消したい記憶を思い浮かべながら、薬を飲めばいいのですよ。それだけで、消したい記憶が消せます」
「ほう?」
てっきり、脳をいじくる手術だとか、放射線を使った大掛かりなものを予想していたのだが、しかしなるほど、思ったよりも単純な答えが返ってきた。
とはいえ、それはそれで不思議が残る。薬程度でそう簡単に記憶が消せるのだろうかと、思ってしまう。
「思っていたものと違う、といった顔ですな」
「まあ……」
「私も不思議に思います。しかし、この町だけでとれる植物が、大量にあるのですよ。原料はそれです。西勿忘草、という植物なのですがね」
「それを学会などで発表したりはしないのですか?」
「しましたとも。しかし、この町以外の人間には効果は表れなかった。そのため、虚言や間違いだと思われてしまったのですよ。なんとも不思議な話です」
「……にわかには信じられませんね」
しかし、なるほど。このような噂があるにもかかわらず、『通』の人間以外は知らない理由がはっきりとした。
その発表が巡り巡って、都市伝説のように噂として広がっていったのだろう。
「そう思われるのも仕方のないこと。そうだ、せっかくなら、実際に記憶を消している人間に会いに行きますかな?」
「会えるのですか?」
「それはもちろん。むしろ、この町の人々には、親しまれている薬ですからな」
「なるほど、それならぜひお願いします」
「では、案内人を一人つけましょう。ささ、こちらへ」
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