25話 魔法使いの謀

(ここまでの揺れは想定してない!!!)


 人を乗せ慣れてなどいるはずもないケルピーは四肢をダイナミックに使って森を駆け、時々魔法を使いながらジャンプするのを繰り返した。

 ブルートにいるときさんざん騎乗訓練したはずの俺の頭が痛くなるほどの暴れっぷり。


(いつだ……っ!?いつ終わるんだこれ!?)


 生えている樹々の種類が変わってきた。恐らくかなりの距離を移動したはずだろう。だがこのじゃじゃ馬……止まる気配がまるでねぇ!

 そろそろ意識が朦朧としてきた……とりあえずこいつを何とかしよう。そう思ったとき、俺の体はいきなり宙に浮いた。


「ぅわっ!?」


 とっさに反応してなんとか着地できたが、油断というものはいけないもので慣性が働いていた馬車から追い打ちを食らい腰に激痛が走る。


「踏んだり蹴ったりだな……っ」

「エスティー、大丈夫ですか」


 しゃがみこんでいた俺のもとに馬車から降りたキャンディッドが来る。見上げたあいつの顔もどことなく疲弊しているように見えた。まぁ……当然か。

 突然消えたケルピーの行方はというと、顔を上げた瞬間合点がいった。

 一匹のウィルオウィスプがふわふわと宙を漂い、藍のローブと黒糸鍔の三角帽子をかぶった人の黒髪に潜り込む。

 元の姿はあれなのだろう。それを屈強な水棲馬に変化させるというとんでもないことができるのはただ一人しかいない。


「お疲れ様でした。流石、隣人だね」

「やっぱりお前かゼノ!」


 美術品のような浮世離れした顔は俺達を紺色の瞳に映すと微笑を浮かべる。


「こんばんは……二人とも」

「お前なぁ……何考えてんだよ。王女こいつがいたら修道騎士に追われて……っつーか、修道騎士どもに思いっきりみられてんだぞ。ビアンカを助けに行くって言ったよな?だったら俺とお前で」

「気が変わったんだ。勿論ビアンカのことを助けるつもり。だから必要な人たちを連れて行くんだよ」

「どういう意味だ」

「詳しい話は中でしよう。お馬さんを交代だ」


 ゼノはそういうと懐からペンデュラムのついた指輪を取り出し左手人差し指にはめる。

 アーモンドアイが鋭い光を宿した。


「さぁ……おいで。アムニス」


 あいつが手を翳したその傍らに光の線がウィステリアを描き、やがて大きな魔方陣をなす。

 黒に近い青の光が迸る中現れた白い体は昨日のように光を反射させて虹色に輝いていた。

 小さな声でヒュドラは鳴き俺達に礼をするように首を上下させる。その隣のゼノはまたウィルオウィスプの姿を水棲馬に変えて


「それでは隣人。打合せ通りお願いね」


 どういうつもりかそいつをどこかにやってしまうと、ヒュドラの体を馬車とつなぎ始める。


「おい……ヒュドラの足は鰭状で移動には」

「適していないって?これを見てもそれが言えるのかな」


 またペンデュラムが光り、パチンと指を鳴らす。すると


「足がないなら生やせばいい。陸が不便なら飛べばいい、よね?」


 俺たちの前にいたはずの幼体のヒュドラは三つ首ではないものの逆立った鱗に鉤爪のついた四肢に大きな大きな水色の翼をつけた成体の竜に変わっていた。

 衰弱してないとここまで自由に魔法を使えるのか……


「……す、好きにしろよ」


 純粋の魔法使いの力を目の当たりにした俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。





 ヒュドラに連れられた空の旅は嘘みたいに快適で、俺たちは少し体を休めながらゼノの話に耳を傾ける。


「あんなことをされて衰弱していたにしても、僕らは彼女を頼るべきではなかった。 僕、奴の住処を壊そうとしてたんだ。人間が弱点の僕では奴を直接傷つけることはできない。だから、ビアンカが訪れる少し前に雨ごいをしていた。

 ここ一帯に甚大な被害をもたらす雲を呼び寄せていたその時、彼女が来たんだ。

 全てを話したら彼女は少し待ってほしいってお願いしてきた。まだ少女たちが残っているかもしれないし、村が壊れるのは避けたいんだ。って……」

「それだけとは思えないな。何かあったんだろビアンカに。敵を打ち倒す絶対的な何かが」


 そもそも人間が弱点のゼノと普通に話ができた時点でビアンカは間違いなくだ。

 彼女の生い立ちから推察するにその特別な何かは


「これは俺の勝手な考えだが、ビアンカは妖精が見えるだけじゃなく……呪いが使えるんじゃないか」

「……そうだよ。どうしてわかったの」

「ビアンカの第三の目をこじ開けたのは恐らくバンシー……人の死を告げる妖精によって目覚めた力だ。そいつみたいな闇の妖精と縁が深いのは不思議なことじゃない」


 呪いをかけるには媒体が必要だ。ちょうどキャンディッドが本物の姫から石を媒体にした呪いをかけられたように。

 しかしここはゴーネルラピス国境。不思議の力を持った石もなければ、媒体に適したものもないはずだ。


「媒体なしで呪いをかけるのは体の負担が……それに、音沙汰がないところから見て呪いは成っていない。考えたくは無いが……既に奴の手に」


 ……奴のしたことが何なのか分かった時点でその可能性を排除することはできなくなっていた。

 頭をよぎるだけで体から熱が引いていく。


「もしくはエンハンスの途中か」


 強張っていた俺にゼノはそう言った。


「……なるほどな」


 もう一つの可能性を指摘され冷静さが戻ってくる。

 それならばビアンカはまだ無事かもしれない。


「エンハンスとは何ですか」


 縁がないキャンディッドにはわからなかったらしい。投げかけた質問にゼノが答えた。


「力を高めることさ。僕や君やエスティーはすぐに魔法が成るけれど、力の弱い混血の魔法使いたち等は時間が必要なんだ」

「なるほど。そういうことですか」

「お前から見てビアンカが呪いを成らせるには、どのくらい時間がかかる」

「それが、ちょうど今日あたりなんだ」

「…………そうか」


 媒体なしの呪いが成ってしまったら……ビアンカを五体満足でじいさんのもとに帰すことはできないだろう。

 どんな姿でもいい…………だけど、俺は最上の結果を出したい。

 だってそうじゃないとあのじいさんいつまでたっても自分を責めるだろうから。

 呪いが成るかもしれないのは今日。

 だったらだ…………


「それならなおさら……なんでこんなことになってる。修道騎士もこいつも本当に必要か?俺が単独で動いた方がさっさと」

「僕もそう思ってたさ。だけど、問題はそこから先だよ」

「先?」


 ゼノは俺の言葉を遮るとそう言って険しい表情で続きを口にした。


「ビアンカを助けた後の話……エスティー、オルフェオから聞いてるだろう?それに僕も君に告げた。人間たちは敵を守るように動いてる。人攫いは意図的に隠蔽されているんだ」


 じいさんは確かに領主にも、教会にも、相手にしてもらえなかったと言っていた。ゼノもそうだ、ビアンカ以外は来てくれなかったって…………

 敵が為したことがあまりにも酷すぎて目が行っていなかったが、それも謎だ。


「……なんのために。いや、だとしたらそうか」

「うん……ビアンカを助けた後、奴のしようとしたことを人間たちに訴えてもまた隠蔽されるだけなんじゃないかと思うんだ。人攫いはまた起こるよ」

「根本から解決するためには……奴を逮捕しなきゃいけないってことか」

「そう。君たちのことを知った今もっといい考えが思いついた。やっぱり僕たちは、僕たちの出会いは運命だ」


 ふいに俺達の手を取ってゼノは高らかに宣言した。


「みんなで一緒に戦えばいいんだ」


 それがいったい何を意味するのかいまいちピンと来ていない俺の様子を見かねてキャンディッドが口を出す。


「修道騎士は逮捕権があります。ですが、隠蔽されることの解決にはならないのではないですか」

「いや?なるよ。彼らが逮捕するのが重要なんだ」

「……い、一応わかったようなわからんような。まぁ、必要性があるのは理解した。それで?俺とこいつは何をすればいい」

「君たち二人には全くの別人になり切ってもらう」


 ゼノが懐から取り出したのは手紙のようなもので、手渡されたそれの中身を見ると晩餐会の招待状であることが分かった。

 蔦のレリーフで縁取られた紙面にはゴーネル語の筆記体が綴られている。

 招待客の名前はエリオント。ホストは…………エリザベス。


「……なんだこれ」

「本物の招待客は僕の幻術で帰しておいた。とれたてほやほやさ。

 どうやら標的を変更し始めるらしい。それが仇となることも知らずにね」


 ゼノの口ぶりから察する。

 間違いない。このエリザベスという奴が諸悪の根源……俺たちの討つべき敵だ。

 互いに目で合図し認識を共有する。


「キャンディッドはゴーネル王国ジュブワ男爵家の令嬢エリオント。エスティーは執事、リオンとでも名乗っておこうか。エスティーは正式には招待客じゃない。だけど駄々でもこねて城内へ入って」

「……まぁなんとかするさ」


 手招いてキャンディッドを近づけさせると、ゼノはまた指輪のついた左手を翳した。


「さてキャンディッド、君の呪いはとても強いものだ。媒体が強すぎて僕が時間をかけても完璧には解けない。

 だから一晩の間だけ、呪いをすり替える形で姿を変えるよ」


 青い光がキャンディッドの全身を包む。

 十字架のタトゥーが消え、赤と紫のオッドアイは赤が紫に変色し、ブロンドの髪はみるみるうちにライムグリーンに染められる。

 光が収まるころにはまるで別人のようになっていた。

 満足げに微笑みながらゼノはぱちりと指を鳴らし仕上げにドレスを変える。装飾は控えめな白いソプラヴェステドレス。いつものドレスよりも明るい印象を受けるものだ。


「パーティー会場では誰よりも美しく振舞うこと。それが君の仕事だ」

「わかりました」

「そしてエスティー。君のやることはね……仲間が教えてくれるから大丈夫だよ」

「仲間……?」

「そう。君のことを思って単身で乗り込んできた勇敢な味方さ。だけど……彼に君たちの関係がバレたらいけないんだよね?」


 一人だけ心当たりがあった。


『……ということは隣りの領に』

『あ?隣りの領がなんだ?』

『ん~……なんでもない』


 あの日そんなやり取りをしたのを覚えている。

 まさか……スフェーンか?でもどうして……あいつは別の仕事があるって言っていたのに。

 いや、あいつぅ……意外と直感で動くとこあるからな。来たんだとしても不思議じゃない。

 俺はゼノにパーティ会場がどこにあるのか聞いた。ウェルナリスから歩いて大人で3日かかる距離だと言われ一人納得する。

 どう考えてもスフェーンなら2日でこれる。むしろスフェーンしかありえないだろう。


「俺が思ってる奴だとしたら……そうだな。絶対にこいつがキャンディッドだとバレてはいけない」

「じゃあ彼にはこの夜のためだけの協力者だと思わせればいい。くれぐれも気を付けてね。彼、とっても頭がいいみたいだから。一つでも綻びがあればバレるよ」

「そうだな」

「とはいっても細かな所や全体的な管理は僕とアムニスがサポートするから大丈夫。君達はエリオントとリオンとして動き、ビアンカを助けることだけを考えていてね」


 馬車がごとんと音を立てて揺れた。ほどなくしてヒュドラのくぐもった声が聞こえる。

 とうとう奴の根城にたどり着いたんだ。

 気を引き締めるため深呼吸し招待状に視線を移す。その時、ゼノは何かを握らせてきた。手を開かずともわかる。この感触は羊皮紙だ。


「僕も何かしたいと思ってね。対峙したときに使ってほしい。奴に終わらぬ悪夢を見せるための魔法……」


 そう呟いた顔はぞっとするほどの冷たさを纏っていた。

 細められた紺の目は虚空を見つめ、引き結ばれた唇は微動だにしない。だが、その表情は俺と目が合うと雪が溶け花が咲くようにたちまち柔らかなものへと変わる。


「それじゃあ…………頑張ってね」


 同じように指を鳴らしゼノは俺の服と姿を変えた。

 着なれない黒の燕尾服に戸惑いながらも馬車の扉を開け外に出る。

 陽が沈み涼やかに麓を吹き抜ける夏風が俺の赤い髪を揺らした。















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