5話 KE


 城に向かう馬車の中。

 俺は気が気ではなかった。

 自分でそれを目にする前にどうしても結論を聞いておきたくて奴に質問を投げかける。


「おい、答えろ。お前の考えは……」


 と口にした瞬間、あいつが唇に人差し指を当てて、俺に合図した。


「は?」


 幼子に対するような振る舞いに若干腹が立ったが、奴の行動の意味をこの二秒後にすぐ理解することになる。


「貴様、私のみならず姫にまでそのような言葉を使うのか!無礼であるぞ!」


 ……めんどくさいのがいるのをすっかり忘れていた。

 しかも狭い馬車の中だってのに腹から思い切り声を出してるから音が耳に突き刺さる。焦りと刺激で冷静さを欠いていた俺は売られた喧嘩を気前よく買ってしまった。


「はぁ?お前のほうがよっぽど無礼じゃないか。朝っぱらから扉を叩き割るんだからな」

「あれは貴様が私に無礼な口をきいたからだ!」

「怒りに任せて木っ端微塵か?まるで酒に酔ったおっさんみたいなことを言うな?」

「何だと!」

「やめなさい。二人とも」


 見かねたあいつが止めに入るとめんどくさい奴はすぐ勢いがしぼむ。


「コリン、物を壊したのならあなたが悪いわ。それに、エスティーは来たばかりなのよ。あなたのこともわたしのこともよく知らないわ」

「それはそうですね……コホン、いいかよく聞け!私は修道騎士、そしてホワイト伯爵家次女コリン・ホワイト。

 神に身を捧げるため、修道院に住まい汚れ無き聖女を守っている」

「穢れ無き聖女ねぇ」

「何がおかしい」


 穢れ無きなんて言葉……何人もの暗殺者を手にかけてきただろうこいつからは一番遠い言葉だろ。

 頭に浮かんだのはそんな言葉だったが、こいつに言えるわけもないので適当なことを言ってお茶を濁す。


「人間も抽象化すれば行き着く先は動物だ。あまり神聖化しないほうがいいんじゃないか?貴族様の身分とやらも少しのことであっちゅうまに瓦解するぞ」

「寝言はもうやめんか!ラピス兵である限りお前こそがちっぽけな平民なのだからな!」

「へいへい、了解しました上官殿」

「貴様……!」

「コリン、どんなに腹を立てようとわたくしの許可なく罰を与えてはいけません。いいですね?」


 鬼の形相で鞭に手をかけたコリンを止めあいつはそう言った。制止を聞いてもまだ頭の血がひかないのか不服そうな顔で言葉を続ける。


「………姫、確かに護衛を増やせとは申しました。ですがこのような野蛮な男では、姫の護衛など務まりません!」

「俺で務まらなきゃ誰だって無理だろ」

「これですよ!いますぐ解雇しましょう!」

「大丈夫よコリン。静かな心を持ちなさい」


 ブルートは陛下以外、皆同胞。

 あの国がどれだけ賢く、生きやすいかを何年かぶりに痛感した。

 馬車のガラスに映った自分の茶髪が、胸に刻まれたあの時間を脳裏によみがえらせる。


 いつか、を受け入れてくれる国へ行こう。


 その約束を交わしたあの人のことをずっと考えていた。






 ラピスに潜伏していたものの、城の正面から入るのは初めてだった。

 衛兵塔はさっきぶりだが、やはり玄関口は装飾があしらわれ派手だし、兵士の数も段違いに多い。

 俺は馬車から降りる際、あいつの姿を隠すためのベール持ちの仕事を授かり、傘みたいな、クラゲみたいな微妙に重いもん持ってあいつの動きに合わせて行動しなければならなかった。


「サンティエ家のキャンディッド・ロワ・サンティエ。コリン・ホワイト。その他一名だ」


 横からにらむ俺のことなど見えていないかのようにコリンは使いのものと話を進める。


「例の件ですね。玉座の間にお進みくださいませ」


 そういわれ俺たちは城内をひたすらまっすぐ進む。


「国王様にお会いするなんて珍しいですね。コリンは感激しております姫様」


 コリンの言葉が示す通り、すれ違っていくやつらはみな跪いたあと、こそこそと噂話を始める。

 突き当りの天井が高い部屋につくとコリンは城の侍従に呼ばれて、一段高くなっているところのカーテン奥へ消えてしまった。

 そのタイミングを見計らってか、奴は俺にベール越しに語り掛ける。


「……現国王はグラナータ・レ・アウィーレギア。わたしの二人目の叔父です」


 誰かに聞かれては大変なので、お前の叔父ではないだろ。という言葉をぐっと飲みこみ話に耳を貸す。


「レギア公とよばれ年は初老。跡継ぎ問題で宮廷内は常に緊張状態です」

「肝心の政治はどうなんだ?そのおっさん」

「名君とはいえません。富や色恋などに対する欲望が強いのが災いのもとだと貴族間では噂されています。

 私はこの状態ですので積極的に会いに行くことはありません」

「浮気野郎のくせにガキができねぇとは笑いもんだな」


 そんなうわさ話をしているとコリンがいそいそと戻ってきてすぐ、浮気癖王がカーテンの向こうからやってきた。


「キャンディッド、よくぞ参られた」

「お久しぶりです叔父様。宮廷内の教会で祈りを捧げたくなりましたの。叔父様の健康とラピスの繁栄とを願っておきますね」

「ははは!それは良いな!枢機卿連中も集めておくとしよう。盛大な祈りの会にしてくれ」

「急なお話にもかかわらず、取り合っていただき感謝いたします」

「……」


 奴が王と他愛もない会話をしているとき、俺はずっと王が首から引っ提げている青石を見つめていた。

 ブルートでは偉大なる魔女が一人、グリチネが持っていたとされるグリチネの青石。

 ラピスじゃ代々男王が引き継ぐ王の証。

 ……だけど、間違いねぇ。あいつの警告通りだ。

 あんなもん奪ってもしょうがねぇ。あの夜、奴を殺すことに成功して赤石を手に入れても、結局俺は自由になどなれなかったんだ。


 現王が持っているあの石はだ。






 ラピス宗教のお偉いさん方が集った豪華なメッサは長々と呪文を唱えたのちに終わり、俺は傘持ちの仕事をコリンに解雇されたので、玄関口にほど近い中庭で適当に時間をつぶしていた。

 数十年物のオリーブの木の下で、考え事をしているとふいにガサガサと木が揺れた。

 何事かと顔を向けた瞬間、木の上から俺目掛けて何かが落ちる。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!……ってなんだお前かびっくりした」


 落ちてきたのは、ゴッシェのとこの黒蛇だった。

 相変わらず優雅で、人間の挨拶を真似てみるように頭を持ち上げ舌をちろちろとさせる。


「ちょうどよかった。重要なことが判明してな、お前と会いたいと思ってたんだよ」


 ゴッシェはあの日、動かなかった。

 焦ってコンタクトを取ろうと接触することもなかった。

 あいつもゴッシェの存在は感じてるみたいだが特定には至ってない。

 この状況に何か打開策を提示してくれるかもしれない。

 そんなことを考えながら、さっきのメッサで渡された聖書をさっそく破いて手紙を記そうとしていたとき、黒蛇が俊敏に動いて物陰へ隠れた。


「おい、こんなところで何をさぼっている!早く馬車に乗れ」


 こいつは本当に最悪のタイミングでしか来ない。

 コリンの目を盗みつつ俺は短くメッセージを記し黒蛇に渡した。

 書いた文字は【KE】。

 サイファー間の隠語で、偽物を意味する。


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