第6話 根拠② ポスター張りを手伝ってくれる和水さん①


「ねぇねぇ馬締君、レミね、馬締君に聞いてほしいことがあるの!」


それは放課後のことだった。


 僕が一人で帰り支度をしていると、とっくに教室を出て行ったはずの伊刈さんが沢山の書類のようなものを抱えて教室に戻って来た。


 教室にはもう他に人がいない。僕が帰り支度をダラダラとしていたのは、最近えらくガタガタするようになった椅子が気になって、なんとかして直せないか見ていたからだ。結局は無理そうで諦めて今に至る。


 伊刈さんが持っているのはどうやら何かのポスターみたいだけど、伊刈さんが帰る時はたしかそんなものは持っていなかったような気がした。


 とりあえず伊刈さんのような美少女から話しかけられるなんてこと自体、僕のような日陰者には滅多にない嬉しい出来事で、僕は帰り支度をしていた手を止めて伊刈さんに向き直った。


「どうしたの伊刈さん?」

「あのねあのね、さっき廊下で先生とばったりあってね、このポスターを学校中の掲示板に貼るように頼まれちゃったの」


そう言った伊刈さんは華奢な両腕で抱えていたポスターを見せてくれた。


 自転車にまたがっている子どもが笑顔でヘルメットを着用している。ありふれた感じの交通安全ポスターだった。


「そうだったんですね。でも、どうして伊刈さんが」

「ん~やっぱりレミがクラス委員だからかなぁ、先生からも頼られちゃって困っちゃうよ~」


やだも~と言う伊刈さんに肩を叩かれた。


 満更でもないらしい。そういえば伊刈さんはこんな見た目でもクラス委員をしている。先生たちからの受けもいいはずだ。


「でも結構な量がありますけど、大変じゃないですか?」

「そうなの! だからね、馬締君ならレミのこと助けてくれるかもって思ってきたの」

「え? 僕のことをそんなふうに?」

「うん。馬締君って優しいから頼りがいあるし……ダメ?」


僕はこれ以上ないくらい興奮して、やる気パワーが身体中にみなぎって来るのを感じた。


 だって女の子から頼りがいがあるだなんて今までの人生で一度も言われたことないんだもの。


 チビでガリガリだから力もないし、脚だって小学生にも負けそうなくらい遅い。


 顔つきも子供っぽさが抜けないし、声変わりもまだこない。


 そんな男らしさを感じさせる要素がない僕には頼りがいなんて皆無だ。


 けれど、そんな僕に伊刈さんは頼りがいを見出してくれたのだ。


 伊刈さんは僕みたいな童貞にも気さくに接してくれるいい人だから、きっと他人の長所を見つけるのが上手いのだろうと思う。


「ま、任せて! お手伝いするよ!」

「わぁ! ありがとう、馬締君ならそう言ってくれると思ったんだ!」

「ぉお……」


感激した様子の伊刈さんに手を握られる。小っちゃなおててはポカポカしていて温かかった。


「じゃあまずは教室に貼っちゃおうかな」

「うん。じゃあ僕が貼りますね」

「ううん、レミが貼るから大丈夫だよ」

「え? じゃあ僕は何を?」

「上まで届かないから椅子に上がって貼ろうと思って、だから馬締君にはレミのことを支えて欲しいの」

「あ、椅子が動かないように押さえてればいいのかな?」

「う~ん、それよりレミの身体を直接支えて欲しいかな、よろしくね~」

「……え?」


レミさんは近くにあった席の椅子を無造作に引き抜いて、躊躇なく椅子に上る。


 すぐに支えなければいけないのだけど、正直今はそれどころじゃなかった。


 レミさんは言ったのだ。直接身体を支えて欲しいと、そう言ったのだ。


 目の前でレミさんの身体が揺れる。小柄で華奢、ぺったんこ。


 もし椅子から落ちてしまったら大変だ。


 すぐにでも支えてあげなければいけないのに、僕は一体レミさんのどこを支えていいのかまるで分からなかった。


 超高速で思考が回転する。今までの人生で最速だ。


 いったいどこなら触っても許されるのだろうかと考える。


 腰のあたりだろうか、いや、デリケートすぎてアウトな気がする。


 それなら胴か、もしくは生足か、思考は加速するばかりで、一向に答えは見えてこない。


「わわ、椅子に立つと結構怖いねぇ。じゃあ馬締君、しっかり支えててね」

「あ、あの、伊刈さん」

「ん、どうしたの?」

「いや、あの、どこならというか、どこを支えていたら一番安定しますか?」


考えても分からなければもう聞くしかない。


 我ながら意識しすぎている童貞のような感じがハンパない気がするけれど、考えてみれば実際に童貞なわけだから仕方なかった。


「ん~わかんないけど、じゃあとりあえず脚」

「脚、ですね」

「ギュッって掴んでてね」

「ギュッってですね」


ゴクリッと生唾を飲む。


 僕は緊張していた。伊刈さんの生足にこれから触れるわけだから当然だ。


 ギャルの生足を触ったことなんて夢ですら体験したことがない。


 これから成す偉業を前にして、僕の手は震えていた。

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