夢見る青年……。

「誰かいるんですか?」

 扉の奥から青年の声がした。


 ……生きている人?

 さすがに兵士たちも隠し部屋までは気づかなかったらしい。


 しばらく誰とも話をしていなかったので誰かと話がしたかったから、雑談でもしようと思い頑丈な鉄の扉を開けて部屋の中に入った。


 中は思った通り、牢屋だった。


 牢屋の中には茶髪で黒色の目をしたボロボロの服を着た青年が鉄格子をつかんでいた。

首には南京錠でカギがかけられた鉄の首輪をしている。

 ……奴隷である。


 とても整った中性的な顔立ちで、年齢は20歳くらいだろうか……。


「お願いです! ここから出してください!」

 と、鉄格子をつかみながら青年が大きな声で言った。

私は、歩きながら、

「出してって言っても鍵がどこにあるか……」

 と言うと、

「鍵ならあそこのイスの上です! 出してください!」

 と、青年が言った。


 監視用だろうか?

堂々と置いてあるイスの上に、2つの鍵が1つのリングでまとまられたものが置いてある。


 あんなに堂々と置いてあるのに気づかなかった自分が恥ずかしくて、何も言わずにイスの前まで移動して鍵を手に取ると、

「牢屋の鍵ってどっち?」

 と、私は青年に尋ねた。


 鍵は大小2つあって、どちらが牢屋の鍵かわからなかったのだ。


「大きい方です!」

 青年が教えてくれた。


私は、少年を牢屋から出すと、青年がお礼を言ってきた。

「助けてくださりありがとうございます。」

 丁寧にお辞儀をすると続けて、

「ところで、ご主人様は?」

 と訊いてくる。


 ご主人様……?

そんな人知らないが……。

「ご主人様って村長のこと?」

 私が思い当たる人はそれくらいしかいなかった。


「それはわかりませんが、この村で1番偉いらしいです」

 それなら村長しかいないわね。

「なら村長ね。残念だけど、もう死んでいるわ」

 実際に遺体を見たわけではないが村中がボロボロな状況で生きているとは考えずらかった。


「そうですか……」

 と青年は下を向いて落ち込んだ。


 それもそうだろう。

主人を失った奴隷はそれを見た者が欲しいと思えば所有権を得ることが法律で許されている。


 それを青年もわかっているのだろう。


 そしてここにはすでに人はいない。

盗賊にでもつかまって売られるだろう。


 すると、青年が、

「だったら! 俺をあなたの奴隷にしてください!」

 大きな声を出しながら頭を下げてきた。


私は特に考える素振りもせずに、

「悪いけど、別に私は奴隷が欲しくてあなたを助けたわけじゃないの」

 と、きっぱりと断った。


 青年は、他の誰かの奴隷になるよりは、私の奴隷になった方がいいと判断したらしい。

その判断自体は間違ってはいないとは思うが、私は奴隷を雇うつもりはない。


 落ち込んでしまった青年が少しかわいそうに見えてきたので、

「この村は今、襲撃にあって誰もいないわ。家はほとんど燃えているけど、ここで暮らしていけば数か月は安全だと思うわ」

 と、提案をした。


 ただ、安全なのは数か月だし、もしかすると魔物がやってきて数か月もしないうちに死んでしまう可能性があったが敢えて言わなかった。


 すると、青年は、

「僕はもっと世界を見てみたいんです。いろんな場所に行ってみたいんです。だから、この村にとどまることはできません!」

 と言って一呼吸おいてから、

「でも、僕一人では世界を見て回ることはできません。奴隷ですから、そうするにもご主人様が必要なんです。見たところあなたは旅人、僕の夢を叶えるにはピッタリなんです!」

 と、すごく熱がこもった声で青年が言ってきた。


 これは断れそうにない、と思い。

「そう……。考えておくわ」

と保留の決断をした。


「ところであなた、名前は?」

 ここは話題をそらすしかない、と思いそう言う。

早川 雷武はやかわ らいむといいます」

 

 早川 雷武?

ここら辺では珍しい名前だ。

たしか、東の方にそういった名前が一般的な国があると聞いたことがあるが……。


「そう。私はカトレア=フォールン。雷武は東の方の国出身?」

 と何気なく訊くと、

「わかりません」

 という答えが返ってきたので、

「はぁ⁉ どういうこと⁉」

 少し大きな声を出してしまった。


 すると、雷武が

「覚えていないんです……。気づいたらこの牢屋にいました……」

 と話してくれた。

「………そう……」

 私が相槌を打つと

「はい……」

 雷武は暗い顔をした。


 私と雷武の間にしばらくの沈黙が続く。

少し気まずい空気が流れだした。


 私はそれを察し、

「とりあえず、体を洗ってご飯を食べましょ」

 と話をそらすと、

「体を洗うって……いいんですか⁉」

 明るい返事が返ってきた。


 無理もない。

奴隷は基本的にこんな気遣いはされない。

「もちろんよ」

 と私は答えた。


   ⋄◇────────◇⋄


 雷武の体を洗うために井戸の使い方を教えようと外に出ると、目を輝かせながら、

「これが……外……!」

と驚いていた。


 雷武の横顔を見ながら「すっごくうれしそうだな」と思っていると、民家を指さしながら、

「あれは何ですか?」

 とニコニコしながら訊いてきた。

「焼き焦げた民家よ」

 私が答える。

「じゃあ、あれは?」

「人の死体よ」

「あれは?」

「焼き焦げた人の死体よ……」

「あっちのは?」

「人の……生首よ……」


 雷武……。


 まさかこういうのが余裕な人だったとは……。


 でもさすがに、死んだ人が「あれなーに」されるのはかわいそうだったので、

「そのくらいにしてあげて……」

 私は雷武の肩に両手をのせながら言った。


    ⋄◇────────◇⋄


 その日は雷武が体を洗っている間に、村長の家で簡単な料理を作り、2人で食べたところで眠りにつき、出発は明日からにした。

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