第23話 登山準備

「さて、どうする? 明日の朝まで待つか、それとも準備をしてもう登るか」

 アシオーさんが手を目の上にかざし、レグアズデを見上げながら言った。

 時刻は太陽の位置からしてお昼頃だろうか。時計がないのでおおよそでしか判断できない。大きな街ならば教会の鐘で大体わかるんだけど。

「登りましょう。ただし、腹ごしらえをしてから」

「言うと思ったぜ」

 アシオーさんは苦笑すると、さっさと歩きだしたリティーナの後に続いた。


「警備兵たちとの交渉もありますからね。今からそのつもりでいてください」

 二人の背中に向かって声をかけつつ、ケントニスさんも続く。

「警備兵なんているの?」と最後尾のルルディさんが尋ねる。

「ええ。王家と関わりの深い神聖な霊峰ですからね。興味本位でやってくる者が入れないようにしているのです。現在は戦時中で観光客や冒険者はあまりいないと思いますが、以前は結構いたのですよ」

「観光客はまだわかるけど、冒険者が何しに来るのよ。近くに遺跡や迷宮なんてないよね」

 この辺にはレグアズデ山以外、見事に何もない。依頼って説明はしたけど、馬車の人たちも訝しがっていた。


「グリフォンは財宝を守っているという噂がありましてね。それ目当てです」

「え、聖獣を倒して奪おうっての? すっごい罰当たりじゃん」

 それはもはや冒険者ではなく単なるならず者だ。もっとも、グリフォンはそう簡単には倒されないだろうけど。

「人間の欲は畏怖すら上回るのでしょうね」

 賽銭泥棒みたいなものかな。ちょっと違うか。

「――でさ、財宝って本当にあるの? ちょびっとでもいいから、分けてもらえないかな」

 ルルディさんは悪戯っぽく笑うと、人差し指と親指で円を作って見せる。

「ルルディ、あなたはまったく」

 ケントニスさんはあきれたように嘆息する。

「ケントニスも、実は欲しいでしょ。路銀、厳しいものね」

「――そんなことは、ないですよ」

 とは言うけど、ちょっと気持ちが揺れてるっぽい。尻尾の先がぴくぴくしてる。ぼくはまだケントニスさんの表情から細かな感情を読み取れないけど、尻尾ならば少しわかるようになった。迷っている時は今みたいに先端がぴくぴく震えるのだ。


「頼んでみようか? わたしが無事試練を突破したらの話だけど」

「ひ、姫様。グリフォンの逆鱗に触れたらどうするのですか」

 本気であわてたようにケントニスさんは言う。リティーナなら本当に頼みかねないものね。

「逆鱗があるのは竜だろ。もっとも、グリフォンの強さは竜に匹敵するらしいが」

 アシオーさんが冷静に突っ込む。竜と同じくらい強いって、グリフォンすごいな。

「ものの例えです」

「どうせ頼むなら、あたしはお肉の方がいいな」

「お前は牛乳でも飲んでろ」

 

 そんなことを話しているうちに、一行は村の中央にやってきた。雑貨屋や食堂、居酒屋兼宿屋と一通り揃っている。

 食堂で腹ごしらえを済ませたリティーナたちは、雑貨屋へと入っていった。さほど広くない店内には各種薬草や調合済みの傷薬、ロープといった道具や簡易食料など冒険に必要な物が雑然と並べられている。どこの村の雑貨屋にも置かれている品物で、特に珍しくはない。

 半ば観光地化しているということで、グリフォン饅頭やレグアズデ山ペナントを期待したんだけど、ないみたいだ。ご当地グッズ、作ったら売れると思うんだけどな。ぼくがもし人間に転生していたら、そういう商売をするのも悪くなかったかもしれない。

 

 雑貨屋で必要な物を購入したリティーナたちは、各々自分の背嚢に手際よく詰め込む。女性陣の荷物が大きめなのは、着替えが多い分だ。魔物との戦いで返り血を浴びたりするので、どうしたって替えは必要になるみたい。

 準備を終えた一同は、登山道へと続く村外れまで移動した。登山道入り口の側には簡素な小屋が設けられており、槍斧で武装した兵士が二名、周囲に油断なく目を光らせていた。どちらも若い。

「待て。ここから先は立ち入り禁止だ。立ち去るがいい」

 リティーナたちが近づくと、兵士たちはそう言って睨みつけてきた。

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