第9話 事件発生

「二人の妖精はどこにいるの?」


 男女共用の広い待合室の中から、リザベルを探しながら二人に聞いてみた。

 二人と一緒にお風呂に入ってないなら、男の妖精だと思う。

 リザベルも男妖精二人に捕まって、力尽くで地面に座らされれば反省するだろう。


「えーっと、あっ⁉︎ 二人とも隠れて。アイツがいる」

「えっ、どうしたの?」

「しぃー! 静かに……」

「う、うん……」


 アデリンが嫌な相手でも見つけたみたいだ。

 僕とジナの腕を引っ張って、慌てて長椅子の後ろに隠れた。


「やっぱりアイツよ。朝から現れるなんて最悪ね」

「本当だ。何でいるんだろう? 誰か待っているのかな?」

「まさか、アイツと組む妖精も騙される妖精もいないよ」


 長椅子の裏から顔だけ出して、アデリンとジナが見ている。

 僕も同じように顔だけ出して、そのアイツを探してみる。

 でも、人も妖精もいっぱいいるから、誰だか分からない。


「そんなに最悪の奴なの?」

「そうだよ。三大クズ妖精と言われている奴で、自分で優秀だと言っているのに、一緒に夢見の世界に行っても何もしないんだよ。それなのに夢結晶の分け前だけは要求する最低最悪のクズ妖精なんだから」

「へぇー、そんなに酷い妖精がいるんだぁー……」


 ジナが教えてくれるけど、僕も出入り口近くの長椅子に、一人で座っている変態妖精を見つけてしまった。

 多分、僕が知っている妖精と同じ妖精だと思う。

 クズだと思っていたけど、夢界でも有名なクズ中のクズだったみたいだ。


 ……どうしよう? アイツと契約している事がバレたら、誰も友達になってくれない。

 とりあえず、リザベルが本物のクズなのは分かった。

 問題は問題が分かっても、契約しているからどうする事も出来ない事だ。


「誰にも声をかけないから、誰かを待っているみたい。通っても大丈夫よ。無視して行きましょう」

「そうだね。ルイカも行こう。完全無視していれば諦めるから」

「うん、そうしようか」


 二人は建物から出るみたいだ。僕も完全無視して出る事にした。

 アイツも完全無視していたら、空気を読んでくれるはずだ。

 長椅子から出ると、二人の身体に隠れるように歩いていく。


「おい、こっちだ。おい、カイル」


 ……ちょっと話しかけないでよ!

 リザベルが僕に気付いて話し掛けてきた。でも、名前が違うから人違いだ。

 そう思う事にして、スタスタスタと出口に向かって歩いていく。


「おい、無視するな」

「あうっ!」


 でも、やっぱり駄目だった。

 白い上着のフードを掴まれた。首がキュッと締まって大変苦しい。


「ちょっと離しなさいよ!」

「おっと! 危ないなぁー、いきなり何するんだ?」


 アデリンが僕のフードを掴んでいる、リザベルの右腕に杖をブンと振り下ろした。

 その攻撃を素早いだけが取り柄のリザベルが、フードから手を離して簡単に避けた。

 銀色の杖は前後に白い水晶が嵌め込まれている。多分、魔法の杖だ。

 

「それはこっちの台詞よ! 私達の友達に手を出さないでよ!」

「誰か助けてください! クズ妖精に襲われています!」

「あっ、あっ……」


 ……どうしよう⁉︎ 知り合いだと言えない状況になってしまった。

 二人が僕を助けようと杖をリザベルに向けて、周囲の人達に助けを求めている。


「おい、クズ妖精が女の子を乱暴しているみたいだぞ」

「あのクズ野朗。ついに場所も人も選ばなくなりやがったか」

「絶好のチャンスよ。皆んなでボコボコにしましょう!」


 男女問わず強そうな人や妖精二十人近くが、リザベルを取り囲み始めた。

 このままだとリザベルが袋叩きに遭うけど、よくよく考えると何も問題なかった。

 どうぞどうぞと道を開けた。一回ぐらいは痛い目に遭わないと変態は反省しない。


「おいおい、怪我するからやめた方がいいぞ」


 リザベルはちょっと強いから余裕があるみたいだ。取り囲まれているのにニヤニヤ笑っている。

 確かに武器を持っている人よりも素手が多いけど、見ている人達四十人以上が途中参加する可能性もある。

 嫌われ者の妖精なら、最終的に百人以上にボコボコにされそうだ。


「怪我するのはお前だけだ!」

「おっと! ハッ! やれるものならやってみな」

「「「ブチ殺せぇー‼︎」」」


 背後からの右拳の不意打ち攻撃をリザベルは軽々と避けた。

 それを切っ掛けに取り囲んだ人達が一斉に襲い掛かっていく。


「くたばれ!」

「外に逃すんじゃねぇぞ!」

「前に立たないでよ! 魔法が使えないでしょう!」


 攻撃を避けまくるリザベルを皆んなで協力して追い込んでいく。

 けれども、「きゃあああっ!」と女の子の悲鳴が上がった。

 リザベルが戦闘を見ていただけの女の子を人質にした。

 分かっていたけど、クズだ。


「へっへへへ。それ以上近づくと、この可愛い子ちゃんを大人にしちゃうぞぉー」

「嫌ぁ、やめてぇ……」

「くっ! なんて最低最悪のクズ野朗なんだ!」


 リザベルは短い金髪の女の子を後ろから羽交い締めにして、スカートの中に右手を入れている。

「大人にしちゃう」の意味は分からないけど、周りの人達が凄く動揺している。


「ほらほら、道を開けろよ。それとも、こっちの道を開けて欲しいのか?」

「嫌ぁー! 嫌ぁー!」

「離れろ! 皆んな離れろ! アイツは本当にやる奴だぞ!」


 最低最悪という信頼と実績が凄く高いみたいだ。

 リザベルがスカートの中の右手が激しく動かすと、取り囲んでいた人達が一斉に出口への道を開けた。

 女の子には悪いけど、僕はアデリンとジナと遊んだ後に、二人の妖精に家に送ってもらおう。


「おい、そこのお前も来い。来ないとこの女を大人にするぞ」

「あっ……」


 でも、遊びには行けそうにない。リザベルが僕を指差して呼んでいる。

 行きたくないけど、周りの人達の目が明らかに『行け』と言っている。

 この犯人は絶対に刺激したら駄目みたいだ。

「大丈夫」「頑張れ」という声援を送られて、嫌々ながらリザベルに近づいていく。


「手間取らせやがって、人質交代だ!」

「きゃあ!」

「はうっ⁉︎」


 リザベルは乱暴に人質を建物の中にドンと突き飛ばすと、僕を羽交い締めにした。

 スカートの中に乱暴に右手を入れられて、ビクッと驚いてしまう。

 

「大丈夫? もう大丈夫だから、安心して」

「うええええん! もうお嫁に行けないよぉー!」

「くっ、手遅れだったか……」


 解放された女の子を皆んなが心配しているけど、泣いている理由と何が手遅れなのか教えてほしい。

 僕も女の子だから、教えてくれないと手遅れになると思う。


「邪魔が多いから静かな所に行くぞ」

「にゃ⁉︎」


 だけど、それが分かる前にリザベルが、僕の身体を右脇に抱えて走り出した。

 誘拐も手慣れているのか、女の子一人ぐらいは余裕で抱えて走れるみたいだ。

 誰も追って来ないけど、お風呂場の建物からどんどん遠去かっていく。


「どこに行くんだよ! 降ろせよ! これから友達と遊ぶんだぞ!」

「とりあえず換金する。話はその後だ」

「監禁だって⁉︎ 何でそんな事するんだよ⁉︎」

「端た金でも金が必要だろう?」

「にゃ⁉︎」


 ……なんてクズ野朗なんだ! 僕を監禁するつもりだ!

 ジタバタとリザベルの右脇の間で降ろせ降ろせと暴れる。

 だけど、そんな僕を降ろさずにリザベルは監禁すると脅してきた。

 きっと静かな場所に監禁して、変な事をさせるつもりなんだ。

 ちょっと無視しただけなのに酷過ぎる。


 ♢


「ここだ。夢結晶は失くしてないだろうな?」

「うぁっ、ふぇっ?」


 泣いていると監禁場所に到着したようだ。人通りが多くて全然静かな場所じゃない。

 建物の入り口に付けられている看板を見ると『夢結晶換金場所』と書かれていた。

 ……換金? 監禁じゃなくて?


「さあ、換金するぞ」


 混乱している僕を気にせずに、リザベルは黄色の外壁に鉄柱がくっ付いている建物に入っていく。

 建物の中にも人が沢山いる。とても監禁場所には見えない。


「夢結晶をこの穴に入れると、こっちの穴から金が出てくる。入れてみろ」


 壁に取り付けられた四角い箱の前に降ろされた。上に丸い穴、下に四角い穴と箱がある。

 丸い穴に夢結晶を入れている人を見ると、下の四角い穴から硬貨が出ていた。

 僕も言われた通りに上着のポケットから夢結晶を取り出すと、丸い穴に入れてみた。

 チャリン、チャリンと四十秒ぐらいで四角い穴からお金が出てきた。


「えっ? これだけ?」


 蝶の絵が描かれた硬貨が九枚、魚が三枚、鳥が三枚、猫が二枚ある。

 あれだけ頑張ったのに、たったの十七枚だ。


「妥当な金額だ。蝶、魚、鳥、猫の順番で価値がある。猫は1000フルム、蝶は1フルムだ」

「えーっと……2339フルムだね。これだけあれば武器が買えるよね?」


 よく見たら、硬貨には数字が描かれていた。

 魚は10フルム、鳥は100フルムと描かれている。


「無理だな。新品の安いので2万フルム。壊れた武器でも5000フルムはする」

「2万フルムかぁー。人面ピーマンを十回も倒さないといけないんだね」


 安い武器なら買えると思って聞いたのに、まだまだ足りないみたいだ。

 壊れた武器をお風呂場の靴入れに入れて、修理されるなら買おうかな。


「フッフッフッ。その必要はないぜ。俺が良い金蔓を紹介してやるよ」

「まさか、僕に何か変な事をさせるつもりなんじゃ?」


 リザベルが嫌な笑みを浮かべて言ってきた。ろくな事じゃないのはもう分かっている。

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