第5話 鈴蘭ぱにっく!

 母がダウンしてしまったため、仕方なく自室に戻ってきた。微かな花の香りに気がつき目をやると…




…鈴蘭がもっさり飾ってあった。もっさりである。バケツ程のデカイ花瓶一杯の鈴蘭。もっさりである。しかも他に同じサイズの花瓶が2個。多分あのメイドの仕業だが…あのメイド力持ちなんだなぁと思考を逸らしつつ兄に報告に向かった。




 幸い兄の勉強は終わったらしくやや疲れていそうだったが、兄は私に手を引かれて自室に入った。




「…なにこれ」




…ですよねー。




「いや、僕の花壇からじゃ全部刈ってもこの花瓶一杯にもならないよ!?」




 ですよね!




「わけがわからない!花屋にだってここまで大量の鈴蘭は多分無いよ!?」




 この世界の花屋に行ったことないからわかんなくて兄に確認したくて連れてきたけど、ですよね!この量明らかに異常だよね!




「庭に行こう!」




 兄に手を引かれて、朝も訪れたはずの庭は様変わりしていた。




「ナニコレ!!」




 叫ぶ兄。気持ちはわかる。


 庭が一部真っ白。いや、これよくみたら全部鈴蘭じゃん!!




「坊ちゃま、いやぁ刈っても刈ってもキリがねぇや。精霊様の悪戯かねぇ」




 頭をポリポリかきながら現れたのは我が家の庭師トムじいさん。




「好きなノ、たくさんだヨ。嬉しイ?」




「え」




 耳元でなんか囁いた。なんか居る。しかも聞き捨てならないこと言った。私そういや鈴蘭好きっていったよね?え?これ、私のため?私のせい?




「トム、これはいつからだ?朝ロザリアと来た時は普通だった」




「おやぁ、嬢ちゃまも居たのか。昼頃からですかねぇ、あっという間に増えちまって。マーニャも3束ぐらい刈ったら束持って逃げちまうし。あいつ鈍臭いわりに逃げ足は速くってなぁ…」




 青ざめて硬直する私に気がつかず話をする2人。マーニャってあの運悪いメイドだな、多分。


 思考を逸らしてみたものの、現状が改善されるわけではない。




「ロザリア?」




 兄が私の様子がおかしいことに気がついた。




「にいたま、ごめんなたい」




「何が?」




「わたしがすずらんすきっていったからかも」




「嬉しくなイ?」




 耳元で囁く声は不安げだ。君が悪いわけではない。




「うれしいけど、わたしはすこしでよかった。にいたまのおにわのおはなだけでよかったの。よろこばせようとしてくれてありがとう。もういいよ」




 耳元にいた何かは私を覗き込む。だから怒ってないよ。気持ちは嬉しかった。


 この世界にはありとあらゆるものに精霊が存在する。彼らは気まぐれで気に入った人間に加護を与える。かわりに人は精霊に名前を与え、精霊はそこで初めて個性を得る。この子は私が気に入ったらしい。




「名前、くれル?」




 私に山ほどの鈴蘭をプレゼントした精霊は、緑の髪と瞳をしていた。手の平サイズのトンボみたいな羽を持つ、典型的な妖精さんスタイルである。可愛らしい。




「いいよ。ひすいみたいにきれーないろだからスイでどうかな」




「スイ!」




 先程より輪郭がハッキリ見えるようになった。名前は気に入ったらしい。髪短いしズボン履いてるから男の子かな?


 あれ、兄とトムじいさん固まって大口あけて…どうしたの??




「おはな、けせる?」




「出せる、けど消せなイ」




 まぁ、そうかもね。消すとかは闇の精霊の領分だ。なら、私自身なら?せっかくのスイからのプレゼントだし、刈り取るかな。




 確か私は魔法が使えるはず。風は精霊の加護はないものの適性はあったはず。ゲーム内で嫌がらせとしてヒロインの服を風魔法で切りつけてたし。




 手を突き出して、風が花をきれいに刈り取るイメージをする。唸れ!私の厨二病!!




「ウインドカッター!」




 上手く発動したらしく、鈴蘭は綺麗に刈り取られた。ついでに風で整えて積んでみた。あれ、呪文無しでもイケる模様です。




「上手ー!」




 スイとハイタッチする私。うん。仲良くやっていけそうだ。




 チラッとみると兄がやっと復活し…てない。なんかブツブツ言ってる。え?普通は召喚して根気よく何度もやり取りしてやっと加護って貰えるもの??ゲームにそんな描写なかったよ!ロザリアはスタート時すでに加護持ちだったし、ヒロインは私と同じ方法で貰ってたよ!だから精霊に愛されるとか特別扱いだったのかな?これってチート?




 普通この年齢で魔法なんか使えない?すいません、内面は25歳ぷらす3歳です。使えたのはゲーム知識と私の妄想力の賜物かと。日本のアニメのおかげでイメージ力はばっちりです。




 ふと、兄も緑の精霊の加護持ちだったことを思い出す。私、兄の加護横取りとかしてないよね!?兄の精霊女の子だったし違うよね!?


 不安になった私はスイにこそっと尋ねた。




「スイ、にいたまをすきなみどりのこはいる?」




「いるヨー、今周りめっちゃウロウロしてるヨ」




 兄の周りを確かに緑の光がうろついている。スイの加護の影響で見えるのか、たまたま気がつかなかったのかは不明である。そして兄の周りをめっちゃ飛んでいる。見えてない兄は気がつかないが、熱烈アピールだ。激しいな。




 兄に耳打ちする。兄は目を見開いたが私の言うことを信じたようだ。




「僕の傍にいる緑の精霊さん、僕に姿を見せて」




 喜ぶように光は点滅しまばゆい光を放ちながら兄の差し出した手に着地した。




「名前をくださいな」




「フィル!フィルでどうかな!」




 兄の声に光が微笑んだ気がした。スイが幼児なのに対し、フィルは小学生低学年ぐらいの女の子姿になった。あ、あの子兄の精霊だわ。ゲームでは中学生ぐらいの姿だったけど。




「よろしくね」




 ふわりと優雅に兄の手の平で礼をするフィル。




「うん!」




 嬉しそうだなぁ、兄。よかったね。ゲームでもフィルとは仲良しだったしね。




 トムじいさんはようやく復活した。




「いやぁ、長生きはするもんだ。精霊様に会えるなんてなぁ。しかも2人も。おまけに加護を与える所をこの目で見られるなんて、ありがてぇなぁ」




 え?あのゲームでは加護持ちは普通でしたよ?…よく考えたらゲームの舞台は王立の名門エリート学校だったから、加護持ちってだけで実は凄かったの??




 後で凄いことなんだよって珍しく興奮気味の兄と穏やかなトムじいさんに延々と訴えられました。わかったよ、すごいことだったってわかったからぁぁと涙目で懇願してようやく解放されました。




 鈴蘭は基本屋敷に飾ることに。マーニャがめっちゃ走り回り、マーサにどつかれていたのは余談である。


 我が家の花瓶を総動員したが飾りきれず、余りの鈴蘭は売却された。スイにこだわりはないらしく、余りの鈴蘭は私のお小遣いになりました。今度このお金でスイにお菓子でも買ってあげようと思います。精霊はごはんやお菓子を食べなくても平気だけど食べれるらしいです。

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