第40話 夢幻∞夢現

 昨日起きたときはあんなにボロボロだった身体も、一晩明けた今日は体力もほぼ回復し、怪我も殆どが治ってしまった。眷属の権能様様である。


 大学へ向かう道すがら、僕はここ最近の事を思い返していた。

ゴールデンウイークから、たったの2週間の間に目まぐるしく僕の生活は変わった。


 僕自身は何か変わったのだろうか。以前の自分というものが、既に曖昧になりつつある。自分自身という存在を、どういう風にとらえていたのか。


 曖昧な感情を持て余したまま、いつもの講義室に入った僕は驚いた。

こんな時間なのに、既に涼がきている。しかも起きている。


入り口で固まった僕に向けて よっと片手を挙げてきた。


「......なんでこんな時間から来てるんだ?」

「まぁたまには、こういう事があってもいいだろ?」


 涼は気軽に言う。


「......たまには?今までそんなことなかっただろ。」


 僕はそう言いながら、取り敢えずいつもの席に着いた。


「それを言ったら、誰かさんが急に休む事だってなかっただろ?」


 隣で涼が言う。


「珍しいこともあるもんだと思っていたら、昨日はもっと珍しいことがあってな。」

「......何かあったのか?」

「コウを訪ねて、人が何人か来た。女性が2人、男性が1人。」


 ちょっと考えて、合点がいく。美玖と青葉先輩、最上先輩か。

というか他に思いつかない。


「それで気になってな。今日は早めに来てみたわけだ。」


 そう言いながら、涼は僕に昨日の講義ノートのコピーを差し出す。

何も言っていないのに、こういう所は気が回る。


「最近、コウはちょっと変だったからな。」

「......やっぱり変か?」


 涼は うーん と唸る。


「まぁ今までとは、明らかに違う。なにか心境の変化があったんだろうな。そしたら今度は急にこれだ。だから気になった。トラブルでも抱えてないか とな。」


 ちょっと驚いた。涼が本気で僕の事を心配している。


「まぁ、そうだな。大丈夫か?」


 ちょっと真剣な調子で、でも重くならないように涼がさらりと聞いてきた。

 

「―――大丈夫 だ。特にトラブルは抱えていない。心配かけて悪い。」

「そうか。ならいいんだ。」


 そう言って涼は相好を崩した。


「ホントに困ったときは言えよ。」

「......ありがとう。」


 それだけ言うと涼は、大欠伸をして寝る体勢に入った。


「......なぁ、やっぱり僕変わったか?」


 寝る前の涼に聞く。


「変わったぞ。前よりいい顔するようになった。」


 涼がニッと笑って机に突っ伏した。

 

________________


 講義が終わったので、僕はお決まりのようにサークル棟に向かう。

部屋のドアをノックしたら返事があった。


 はいると、今日は最上先輩だけだった。いつもは亜子先輩が先にいるので、

ちょっと拍子抜けする。


「今日は、先輩だけですか?」

「ええ。会長は来ていないし、青葉くんもまだよ。」


 最上先輩が首肯する。 そうだ と思い出して僕は言う。


「昨日はわざわざ来ていただいて、ありがとうございました。」

「いいえ。体調はもう大丈夫?」

「はい、おかげさまでもうほぼ何ともないです。」


 そう と先輩は頷いた。改まった感じで口を開く。


「日曜日は本当にお疲れ様。伊吹くんのおかげで助かったわ。ありがとう。」

「いえ、お互い様です。僕も最上先輩がいてくれなかったら、手も足も出ない所でした。」


 僕も改めてお礼を言った。

先輩がちょっと妙な顔をする。


「......それ。」

「はい?」

「呼び方、『最上先輩』っていうのできれば何とかならない?」


 その呼ばれ方、ちょっと苦手なの と先輩が言う。


「会長みたく、名前で呼んでもらえると助かるわ。みたいにね。」


 そういって先輩が、ちょっと笑う。

なんだかんだで、この人もしっかり『愉悦』の眷属だなと僕は思った。


「・・・わかりました。――舞姫先輩。」

「ありがとう。」


先輩がすまして言う。そして吹き出した。

僕もつられて笑う。


そこへ丁度、亜子先輩が入ってきた。


「なんだ?面白い事なら私も混ぜろ!」


そう言いながら空いている席に座った。

僕は舞姫先輩と顔を見合わせる。意思疎通がなされて僕は言う。


「「何でもないです。」」


・・・ハモった。それを聞いた先輩はちょっと面白そうに笑う。


「二人とも随分と仲良くなったな。まぁあんなこともあれば当然か。」


それで思い出したかのように、先輩が聞いてきた。


「それで伊吹は体調、大丈夫か?」

「おかげさまでもう何とも。」

「そうか、それはよかった。」


 少し安堵したように笑う。そして真剣な顔になった。


「日曜日に起こったあの出来事だが、まだ原因は判明していない。明らかに不自然だが、何が関係しているのかすら不明だ。過去の巡回でも、あんな出来事イレギュラーが起こった事もない。」


 僕等も、真剣な面持ちでそれを聞いた。


「『協会』は、原因について徹底的に調査する構えだ。あちらとしても予想外の出来事だったことは間違いない。」


 そこまで言い切ると一転、肩をすくめながら言う。


「まぁ、なのでこちらとしては結果待ち という事になる。調べようにも方法が無い。嫌な感じはするし、警戒はするが、原因がわからない以上対応しようがない。

 強いて言うなら、今後の巡回がしばらく単独ひとりで出来なくなるようだ。」


 このぐらいしか説明できなくてすまない と先輩があやまる。

僕も気にはなるが、わからないものはどうしようもない。舞姫先輩も特に気にしていないようだ。

 それを確認した亜子先輩がひとつ手を打った。ニヤッと笑う。


「じゃあ、前置きはこれくらいにして今日の本題に入ろう。」

「......今のが本題じゃないんですか?」


 僕の中の、警戒センサーが点灯し始めた。なんだか嫌な予感がする。

亜子先輩が立ち上がって、ホワイトボードをゴロゴロと転がしてきた。


「違う。今日の主題は、めでたく判明した伊吹の限定魔術リミテッド・アーツの名前を、みんなで考える会だ。」


 そういいながら、ホワイトボードに大きく題名をかく。


「さてと、姫が伊吹の原点オリジンも暴いてきたそうだから、まずはそこから聞こうか。」


 ウキウキした亜子先輩が楽しそうに言う。僕にとっては、地獄のような回が始まろうとしていた。

 タイミング悪く、ここで青葉先輩も入室してくる。


「すみません。遅くなりました。」

「いや、ばっちりのタイミングだぞ。これから伊吹の原点オリジンの発表がされる所だ。」


 おや という顔で先輩がこちらを見やる。僕は縋るように目線を送った。

 先輩がわかっていますよ というようにひとつ頷く。さすが青葉先輩。


「それはいいタイミングで来ましたね。楽しみです。」


 一瞬で裏切られた。愕然とする僕の肩を、ポンポンと叩いて青葉先輩が言う。


「『愉悦の眷属』へようこそ。」


 いい笑顔だった。亜子先輩も笑っているし、舞姫先輩も微笑んでいる。

 残念ながら助けてくれる、僕の味方はいなかった。


「『悪魔』...。」


 僕はボソリと呟いた。


――――――――――――


しばらくのち、喧騒が去った部屋の中。


色々な候補が書かれたものの中で

ホワイトボードの中央に大きく「決定」の文字と共に、

何度かぐるぐると円で囲われた文字列があった。


堅牢硬人ハード・コート


そう読めた。

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