第28話 希望∪絶望

 僕は、痛む頭を抑えながら言う。


「......デートじゃありません。巡回です。」

「若い男女が二人っきりで出かけてるのを、デートと呼ばずして何と呼ぶんだ。」


 ......さっきもどこかで聞いたな。このセリフ。


「そんな事言い出したら、青葉先輩とだって出かけましたよ。」

「私は、男同士だってありだと思うぞ?」


  駄目だ。口では勝てない。

 僕は降参というようにおとなしく両手を上げた。


「まぁ、伊吹をからかうのはこれぐらいにしておこう。何はともあれ、初めての巡回お疲れ様。」


 亜子先輩が笑う。


「姫から聞いたぞ。初巡回で、きっちり下級妖魔フローターを倒したんだってな。」

「......とどめを譲ってもらっただけですよ。あれは。」

「それでも立派なもんだ。私なんか焦ってワタワタしてるうちに終わったぞ。」


 意外だった。そういう事はそつなくこなしそうな印象なのに。

と思っていることが顔に出たらしい。


「......私は眷属になる前、一回『喰われた』んだよ。そのせいで、初回はあの姿を見て緊張して上手く戦えなかった。あの当時は今の伊吹よりまともに身体強化できなかったし。」


 まぁ慣れた後は意趣返しにボコボコにしてやったから、もうトラウマとかそういうのはないけどな と亜子先輩は笑った。


「それで昨日も青葉とまた行ってきたんだって?そんなに楽しかったか?」

「早く慣れたいと思っただけです。」

「......慣れたいというよりんだろ?」


 ......僕の周りには鋭い人間が多い。それとも、そんなにわかりやすいだろうか。


「伊吹は大人しそうに見えて、実は意外と負けず嫌いだろ?そんな奴が『ただ慣れたいだけ』なんかで収まるわけないからな。対処できる位に早く強くなりたいんだろ?」

「......わかりますか?」

「まぁな。言っただろ、相手を見るのは私の得意分野だって。」


 亜子先輩が机に頬杖を突きながらいう。


「まぁ別に悪い事でもないからな。男子たるもの、強くあれってね。」


 と先輩は嘯いた。


「ただ、私が伊吹に教えられることなんて、知識位のものだからな。聞きたいことがあったら何でも聞け。姫のスリーサイズでもいいぞ。」


 ・・・それはよくないだろう。僕もまだ死にたくない。


「あ、それで思い出した。『協会』に伊吹の登録しなきゃいけないから、銀行口座とかあとで教えろよ?今回の巡回の分の報酬とかも出るからな。」


 そうだ。僕も思い出した。巡回の時に聞こうと思っていたことを、ちょうどいい機会だから今聞くことにしよう。


「亜子先輩、早速質問なんですが。」

「なんだ?姫のスリーサイズか?」

「......そこから離れてください。違いますよ。『協会』について教えてください。」


 なんだスリーサイズじゃないのか とブツブツ言う。どれだけ人の秘密を喋りたいんだこの人は。


「まぁ、いいや。『協会』ってのは『特異指定能力者互助協会』の略称さ。母体は『色欲大公』の眷属だな。」

「『色欲大公』というと、『愉悦大公』のような?」

「そうだ、大きく7柱。『愉悦ゆえつ』、『色欲しきよく』、『憤怒ふんぬ』、『恐怖きょうふ』、『強欲ごうよく』、『悲哀ひあい』、そして『絶望ぜつぼう』。これが現在に存在する魔帝七公と呼ばれる悪魔達だ。」

「その大公達が、それぞれ眷属を持っているんですか?」

「適合者のという意味ならNOだな。このうち現在我々と契約しているのは、『愉悦』、『色欲』、『憤怒』、『恐怖』のみだ。まぁ既に伊吹は他の眷属と遭遇しているんだけどな。」

「......覚えがないんですが。」


 僕は困惑して答えた。ほかの大公達の眷属などと出会った覚えはない。


「そりゃ人間じゃないからな。出会ったというのもおかしな話か。」

 

 亜子先輩がちょっともったいぶる。


「......なんですか。勿体ぶらずに教えてください。」

下級妖魔フローターさ。すべての妖魔は『絶望の眷属』だ。」


  つまりは絶望大公がラスボスという事だろうか。

 僕のそんなありきたりな疑問はお見通しのようで先輩がさらに続ける。


「まぁそう言うと、普通に勘違いすると思うんだけどな。実際は全大公の内、最も無害で、最も怠惰なのが絶望大公だ。」

「......その割には、せっせと妖魔を送り込んできているみたいですけど。」

「あれはなぁ......。」

「溢れてる?」


 そうだ と先輩が頷く。


「実際の所、七大公の中で『絶望大公』の力だけが飛びぬけて大きい。

 ほかの大公全てを合わせたより、『絶望大公』一柱の方が上回るぐらいだそうだ。

 そして強すぎる力が、本人の意図とは関係なく現世に溢れて零れ落ちてくる。零れ落ちた下級妖魔フローターというわけだ。」

「だいぶ、はた迷惑な存在ですね。というかそれだけ力の大きな存在がどうしてそんなに怠惰なんですか?」


 先輩がちょっと何かを思い出したように笑う。


「それはだな。『絶望大公』がだな。」

「......不運?ですか?」


 僕の頭に疑問符がともる。


「あぁ。あの大公は『』と言われるぐらいには不運だ。何を始めようとしても、必ず一歩目から躓く。歩けば、本人のみが不幸に見舞われる。そういう風に出来ている。故に本人は至極怠惰に、

 だが、絶望大公は。本人は現世に来たくなどないのに、はじき出されて本人の意思とは関係なく、たまに現世にに出てくる。」


 なんだろう。ちょっと同情を覚える。


「だからまぁその内、伊吹も出くわすことになるだろうが、全く無害だから安心していい。あったら一目でわかる。」

「できればそんなモノに出会いたくないんですが。不幸がうつりそうです。」

「その点なら安心していいぞ。うつるのは『幸運』だからな。」


 ん?


「『絶望大公』が不運な分、その分周りにいるものには幸運なことが起こる。ついうっかり『絶望大公』が何かに失敗しようものなら、大ラッキーだぞ。『禍福は糾える縄の如し』、幸と不幸は表裏一体というわけだな。」

「......つまり『絶望大公』が必ずコインの裏という不幸を引くから、周りにいると表しか出ないという事ですか?」


 亜子先輩が頷く。そんな世界のバランスのとり方があるとは と僕は若干引いた。


「例えその日、自動車事故で怪我をする運命だったとしても、『絶望大公』が来たならもう安心だ。で代わりに奴が轢かれる。」


とことんまで可哀そうな悪魔だった。

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