第24話 現界<限界

 昼食は、近くのカレーショップで食べることにした。

少し遅めの時間なので、すんなりと入れたのはラッキーだった。


運ばれてくるのを待つ間、目の前に広がる海をボーッと眺める。


「...のどかですね。」


 思わずつぶやいた。


「今日は、本当に天気も良くていいですね。」


 先輩も同じく海を眺めている。


「僕もなんだかんだ連休中は予定があってどこへも行けなかったので、まぁ少しは楽しんだって罰は当たらないでしょう。」


「...連休中は何をされてたんですか?」


「伊吹君と似たようなものですよ。実家の都合だったりいろいろ駆り出されまして。」


 そういえば実家は病院経営だったか。涼の噂話を思い起こした。


「ご実家は病院でしたよね?噂で聞きました。」


 先輩が苦笑する。


「よく知ってますね。まぁ家はそうです。病院を継ぐのは兄なので僕にはあまり関係の無い事ですけどね。」

「いえ、たまたま友人がそんな話をしてまして。詳しくは知らないです。」

「そうでしたか。伊吹君の実家は何をされているんですか?」

「...書店です。小規模ですが。」


 それは会長が喜びそうですね と笑う。

 嬉々として押しかけてくる亜子先輩が目に浮かんでげんなりした。


「...亜子先輩にはしばらく内密にお願いします。」

「冗談です。伊吹君が言わないなら特に話したりはしませんよ。」


 そんな雑談をしているうちに、注文したものが運ばれてくる。

先輩が、野菜系のカレーを、僕がカツカレーをそれぞれ頼んでいた。


「「いただきます。」」


 美味だった。カレーはよく煮込まれていてまろやか。カツも衣が薄くあっさりとしているようで肉のうまみが溢れてくるようだ。

 付け合わせの野菜もアクセントとして大変いい塩梅だった。一緒に頼んだ海鮮サラダもこれまたおいしかった。

 あっという間に食べ終わる。


 満足感に満ち溢れた僕の隣で、青葉先輩が口を開いた。

 

「巡回の最中に、誰かと食事をするのは久々ですね。」

「...普段は一緒に回ることはないんですか?ルールがあるとか。」

「いえ、別にそういったことはないです。『協会』から『眷属』に打診が来るので、それに応えるかどうかだけですね。別に1人で回ろうがチームを組もうがそのあたりは自由にして大丈夫です。」


先輩が食後の飲み物を手に取って飲みながら言う。


「ただ、まぁわざわざ予定を合わせるほどの事でもないので、僕も舞姫君もここ最近は一人の事が多いというだけです。

...誤解しないでほしいですが、今日伊吹君が来たのを別に迷惑に感じていたりはしませんよ。個人的には一人だと退屈だとは思っています。」


 暇があってもすることがないですからね と笑う。


「ちなみに伊吹君は、まだしばらくの間は単独での巡回はできません。『限定魔術リミテッド・アーツ』が判明していることと、単独での『中級』クラスの妖魔討伐が可能な実力があることの2点が条件になります。」

「...最上先輩も言ってました。『中級』ってそんなに変わるんですか?」

「別物と思っていいですよ。...そうですね、例えるなら『下級妖魔フローター』はなんです。卵からはいろいろな怪物が孵化してきます。孵化する前の卵の状態で倒すこと と、卵から出てきた怪物を倒すこと ぐらいには差があると考えてください。」


 ...それはもう絶望的な差なんじゃないだろうか。

 僕の不安は顔に出たようだ。


「...脅すような言い方をしましたが、極端に相性が悪いなどがなければ単独ひとりでの討伐は可能です。ただ下級妖魔フローターのように甘く見ていると逃げられますし、場合によってはこともあります。」

「......出来れば遭遇したくないですね。」

「まぁそのうちに、どうしたって会いますよ。僕も既に4体は遭遇しています。その内1体は単独での討伐です。」


 ちなみに舞姫君はもっと倒していますよ と先輩は言う。

流石だな と半ば現実逃避で考えていた。


______________________


 食事が終わったので、今日の夕方の予測のために鎌倉駅に移動した。

予測時間は17時前後という事なので、あと一時間ほど時間がある。


先日の横浜同様、こちらも人がごった返していた。

僕等は人込みを避け大通りに出た。


「やっぱりどこも人が多いですね。この前の横浜も混んでました。おかげて出現に間に合わなくて取り逃がして...。」

「まぁそういう事もあります。気にしていたら際限がありません。」


 青葉先輩は笑いながら言った。


「出現してから、どんな時でも間に合うだなんてそんな保持者ホルダーいませんよ。」

「......そんなにってことはいるんですか?」

「えぇ、少ないですが。」


 ......。どうやったらそんなことが出来る?。

 僕が疑問に思ったことが顔に出たようだ。先輩が答えてくれる。


「まぁ方法はいろいろあります。まずは限定魔術リミテッド・アーツですね。遠距離攻撃型、移動強化型などに分類される魔術保持者アーツ・ホルダー達の中でも特にそういう事に長けた能力を持っている場合。

 あとは、物理的な身体能力がもともと高い保持者ホルダーが身体強化との合わせ技で強引に物理限界に迫るという荒業ですね。」

「...なんですかそれ。」

「伊吹君も既に実感しているとは思いますが、身体強化はもともとの身体能力に乗算する形で強化されます。通常で2~4倍ほど、あとは集中や特化の具合でおおよそ変わってきますが、本当に上位の場合は強化倍率は10倍近くに迫ります。」


 想像できますか?と先輩が聞いてくる。

 僕は素直に首を振る。わかりません。


「......そうですね。では極端な例えですが、通常時に100Mを10秒で走る保持者ホルダーがいた場合、強化されたら100Mを1秒台で駆け抜けてきます。」

「.........それはもはや化け物ではないんでしょうか。」

「まぁこれは現実的には走るのはうまく行きません。重力は変わりませんし、脚力だけそんなに強化したらバランスを崩します。」

「......そうですよね。」

「いいとこ、6倍速ぐらいです。」

「.........。」


 それはもう十分早いのでは という疑問は飲み込んだ。

計算上は100Mを1.6秒で駆け抜けてくるわけだ。


「まぁそれだけ早く駆けつけられば探知できれば大体間に合います。下級妖魔フローターは出現から捕食、消失までどんなに短くても2分程度は現界していますから。」

「...確かにそれなら間に合うでしょうね。」

「どうしますか?日本記録目指してみますか?」

「......やめておきます。なるべく、ぐらいで考えておきます。」


 それがいいですね と先輩は笑った。

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