第12話 代償<対価

「あとはそうだな...。まぁこれは感覚的にわかるかもしれないが、アウラは『愉悦太閤』と私たちの間のゲートだ。アウラを通じて感情因子と魔力をやり取りしている。アウラに意識を集中してみろ。保持者ホルダー共通で自分の魔力残量や消費量がわかる。」


 言われて、意識を向けると感覚的に理解が出来た。今の魔力量は1800位、消費は1時間で15前後といったところか。


「消費は、その時々の状況に応じて変化するし、肉体のサポートのレベルによっても異なる。まぁこの辺りはおいおい感覚を理解していくしかない。習うより慣れよ だな。」


 亜子先輩が笑う。


「じゃあ本題だ。晴れて伊吹も保持者ホルダーになったわけだが、『愉悦』から力を貸し与えられたときにどう感じた。」

「...力が僕の中に入ってきて、今は寝ている ような感じがします。」

「そう、その通り。貸し与えられた力、つまり魔術アーツは普段は休眠状態だ。この状態では何の効果も発揮しない。これを起こしてやることで、魔術アーツが発動可能な状況になる。スペルワードは『起動アウェイク』。この状態になると何もしていなくても消費魔力量が跳ね上がるから常用はできない。休眠させるスペルワードが『停止アスリープ』だ。」


 ここだと危ないから後で広い所で試すことにしよう との事。


「肝心の魔術アーツだが、これが一番厄介なんだ。何せ同じものは存在しない。使い方についてのアドバイスどころか、発動にあたっての『限定条件』が何になるのかも千差万別だ。」


 亜子先輩は目を輝かせながら、言った。


「伊吹が一体どんな力に目覚めるのか、私はとてもとてもとても楽しみでならないよ。」


 青葉先輩が、若干呆れながら口を開いた。


「会長、土曜日からその話しかしてませんでしたからね。3回ぐらいは我慢できずに伊吹君のところに、突撃しようとしてましたし。」

「当たり前だ!こんなにワクワクさせられるものが他にあるか?」


 亜子先輩が熱弁をふるう。


「ずっと夢に見た、物語の中にしかないと思っていた奇跡が世の中にはあるんだ。私の魔術アーツは探求には便利だったからな。今でもつくづく期間限定なのはどうにかならないかと思う。」


 ......ん?


「...?」


 あぁ。と亜子先輩が言う。


「私は4年前の3月に契約したから、先月魔術アーツ自体は失ったのさ。今残っているのは、適合者としての能力と契約の残滓みたいな力だけだ。」


 まぁこの辺りは契約が終わる時に選べるぞ、との事。


「契約延長をさんざん交渉したんだが、『愉悦大公あのやろう』は頑として首を縦に振らなかった。期間限定の一回限りなのさ。」


 まぁ詳しい話はそのうち聞きたければ聞いてくれ、と先輩は言った。


「そのせいで最近は少し退屈だったんだ。だからこそ新しい適合者おもちゃが見つかったなんて聞いたときは、思わず神に感謝したね。」


 ...僕のことをどう思っているのか、完全に本音が駄々洩れだった。後感謝する先がおかしいと思う。

______________________________


 最上先輩は午後講義があるということで、いったんお開きとなった。

僕は特に予定はなかったので、そのまま青葉先輩、亜子先輩と一緒に魔 アーツの訓練をすることになった。


 今は、大学裏のグラウンドに向けて移動の最中だ。

 亜子先輩は見るからにご機嫌で、時折スキップやら謎のダンスを繰り出している。


 僕と青葉先輩は後ろから少し離れて歩いていた。


「伊吹君。すみませんね。急に連れてきたのに。」

「いえ、もう決めてきたことですから。改めてよろしくお願いします。青葉先輩。」

「こちらこそよろしくお願いしますね。まぁ困ったことがあったら何でも相談してください。...会長がどこにでも現れるとかそういう時は連絡をもらえれば回収しに行きますので。」


 そう言うと前を歩く亜子先輩を二人で見て、ため息をついた。


「悪い人では決してないんですけど、良くも悪くも『愉悦の眷属』ですからね。長期間、眷属でいることで、性格変容をある程度起こしてしまいます。」

「...性格変容ですか?」

「えぇ。僕らは羞恥の感情因子を、『愉悦大公』に譲渡します。そのおかげで、それまでの人生では感情で抑制されていた行動が可能になるわけです。ですが、これは今までの人生では出来ないことが出来てしまうということでもあります。当然性格にも影響が出るわけです。」


 まぁ分かりやすいところで言うと、どの眷属でもそれまでより大胆な性格になります。との事。


「だから伊吹君。気をつけてくださいね。会長の姿は一つの結果なんです。信じるかは別として3年前までの会長は『おとなしい内向的な性格の文学少女』だったそうです。本人の主張なので真偽はわかりませんが、羞恥の抑制が消えた結果、生来の好奇心が前面に出てきたということです。」


 会長自身は、性格の変化を好意的にとらえていますけどね。と言ったあたりで亜子先輩が振り向いた。


「なんだ?男二人で密談か?私も混ぜろ。混ぜないなら、青葉の原点オリジンの話を面白おかしく伊吹に話すぞ!」


 こちらに亜子先輩が戻ってきた。

珍しく青葉先輩が、ちょっと焦っている。


「会長、悪趣味ですよ。僕にだって心の準備というものがあります。」

「おいおい。私たちは仮にも『愉悦』の眷属だぞ。悪趣味はむしろ誉め言葉だろう?」


 照れるな照れるなとゲラゲラ笑う亜子先輩は、悪魔みたいだった。


「...亜子先輩、原点オリジンって何ですか?」


 亜子先輩がん?とこちらを見る。僕は顔をそらさないようにと頑張った。


「...ちょうどいい。到着したし、その辺の説明は実践しながらだな。」

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