第6話 人間∩悪魔

「ふむ、つまりは対面での会話が苦手、不得意という事ですか?相手の顔が面と向かって見られないと。」


 なるほど、と青葉先輩が納得する。


「......じゃあまさしく悪魔のような勧誘ですが、君が『愉悦』の眷属となった場合、そのトラブルは大幅に低減されるはずです。」


「......どういうことですか?」


 ずっと黙っていた最上先輩が口を開いた。


「あなたが眷属となった場合、『恥ずかしい』という感情を得たときに、それをあなたは自動的に『愉悦』に提供するのよ。するとエネルギーを失った感情は強い情動を引き起こすことが出来なくなる。」


 緊張感なんかは大分低減されるはずよ と。


「つまりあなたが保持者ホルダーである限り、対面でのやり取りで生じる『恥ずかしさ』は、生まれる端からほとんど魔力に転換されてしまうという事よ。」


 後は会話の慣れの問題ね。と最上先輩は宣った。



「いくら感情に起因する照れや緊張感がなくなったとしても、

 あなた自身のコミュニケーションに対しての苦手意識や、会話そのものの質が改善するわけではないから、それはあなたの努力が必要よ。これは契約を結んだとしても勝手に何とかなるわけではないわ。」


 これは契約を結んだとしても一朝一夕にはうまく行かないから、

 あなた自身でどうするか考えて。


 と言って空になったグラスを机に置いた。


「忠告じみたことを言ってすみません。こういう事を、事前にきちんと伝えないといけないので。

 詐欺みたいな方法で契約を結ばせることを『愉悦大公』は良しとしていないんです。契約前に僕らがそういう事をしていないかきっちり。優良誤認には厳しいんです。」


 なかなか良心的な悪魔らしい。どこかの会社にも見習ってほしいものだ。


「ちなみに大公がそうしている理由は、契約前に完全な自由意志を確認し、

 締結に当たって詐欺行為もしていないという事を主張する事で、

 契約から『大公の眷属じぶんのごはん』を逃がさないためですから。

伊吹君が今想像したような善人的な発想によるものではないですよ。」


 前言撤回。やっぱり悪魔は悪魔だった。


「大公達からしたら、僕達が何を求めているかなんか正直どうでもいいので。

 人間基準での善悪なんて、気にもとめていません。

  どうにかして自分の求める悪感情を、多く徴収したいという事にしか興味がありません。自分の眷属を増やすことで、その機会が多くなるという事を理解しているから、僕等にはそのメリットを提供してくるだけです。」


 つまりは餌をぶら下げて、適合者を釣り上げている。

 という事らしい。


「大変に癪ではありますが、大公達が提案してくる契約はこちらにとってもメリットが大きいです。

 まず第一に、感情の抑制、コントロールができることで、今まで抱えていた問題が解決しやすくなること。

 第二に、伊吹君が今日見たような化物に対して対抗手段を得られること。

 第三に、、、あぁ先にこれを説明しなければいけませんね。」


 すみません。と謝られた。


「まず、伊吹君が保持者ホルダーになった際に、君に我々が求める活動は大きく分けて2つです。

 これは、契約ではなく『お願い』しかできないことです。強制力はありません。」


「一つは今日見たように、妖魔の探索と討伐です。

  これは我々のような眷属が、定期的に手分けして巡回と討伐を行っています。

 行わないと今日のような被害が拡大するので、できれば協力をお願いしたい。

 そしてもう一つ、手に入れた魔術アーツを自分の為に悪用する保持者ホルダーを拘束することです。」


 青葉先輩が、少し真面目な顔をする。


「非常に残念なことですが、稀に魔術アーツを手に入れた後でこれを悪用する保持者ホルダーが出ることがあります。使おうとすれば簡単に悪事に転用ができますから。

 例えば僕がアウラを現界させたまま、銀行に入って金庫から現金を盗み出したとしたら?簡単に完全犯罪の出来上がりです。魔術アーツの力で直接攻撃したってかまいません。

 なにせ一般人はから、どんなことだって、好き放題にできます。」


 青葉先輩が、こちらを見ながら言う。


「そういった保持者ホルダーが出た場合、対応できるのは同じ保 持 者である僕達だけです。

 保持者ホルダーの無力化と拘束。これが僕らのもう一つの仕事です。」


 理解できましたか?と青葉先輩が聞くので頷く。


「まぁ実際の所、これはめったにあることじゃありません。最初に説明したと思いますが、適合者なんて人数が限られていますし、その中でこういった行為に、手を染めようなんて人間はそういません。

 日本全国の保持者ホルダーを集めても、はぐれになるのは年間に10本の指で足りる位です。大体は短絡的な行動がすぐにバレて拘束されるのがオチです。」



 だからまぁそんなに構えなくても大丈夫ですよ。と


「ただし、覚悟は必要です。もし伊吹君が限定魔術リミテッド・アーツを得る道を選ぶなら、

 誰かがそうなったときに立ち向かう責任があると思ってほしい。そうしないと守れないものがありますから。」


「それがさっき話そうとした第3のメリットです。

 そういった悪意を持った保持者ホルダーが出た場合、それについて対抗手段を持てること。はっきり言って魔術アーツ相手に魔術アーツなしで対抗することは不可能です。」


 これで一応、説明は全部しましたかね?と横目で青葉先輩が舞姫先輩を見る。

 舞姫先輩も小さく首肯した。

 じゃあ と青葉先輩がこちらに向き直った。


「君には今3つの選択肢があります。1つめは僕らの勧誘を受けてもらうこと。2つめは、僕ら以外の勧誘を受けて他の大公の眷属となること。そして3つ目は、という選択肢です。これはこれできちんとした選択です。」


 いいですか?と青葉先輩は続ける。


「なにせまともじゃない状況です。伊吹君もそうでしたが、適合者だと最初に気が付かれる状況は、ほとんどが妖魔に襲われた後です。

 今回は幸いにも未遂で終わりましたが、間に合わなければ適合者は一般人と違って、ということです。下手をすればひどいトラウマになります。」


「伊吹君だって多かれ少なかれ、ショックを受けているはずです。たった数時間のうちに様々なことを知ったんですから。飲み込むのだって時間はかかります。だからよく考えて、後悔しない選択をしてください。」


 青葉先輩が一つ手をたたいた。


「さて、長々と拘束して済みませんでした。質問がなければ今日はいったんこれで解散にしましょうか。伊吹君の家は近くなんですか?送っていきますよ。」


 そう言って先輩が、微笑んだ。

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