EP9 反撃開始《リベンジタイム》

「VR空間で動かすのとでは勝手が違って戸惑ったけど……コツはなんとなく掴めた。こっからは俺のターンだ」


 空のその言葉に、ryoは馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「……負け惜しみは見苦しいぞ。大人しく斬られな!」


 再び剣を構え突っ込んでくるryo。空は今度はそれを待たず自分から突っ込む。

 自分から斬られに来るとは愚かな奴、ryoは笑みを浮かべながら剣を上段から振り下ろす。しかしその剣は相手の体をすり抜けた。


「……!?」


 否、すり抜けたのではない。空は当たるギリギリまで攻撃を引きつけてから回避し、まるで剣がすり抜けたように錯覚させたのだ。


「おいおい、そんな遅い攻撃じゃスライムにだって当たんねえぞ……っとお!」


 空の鋭い回し蹴りがryoの太ももにヒットし、スパァン! と大きな音が鳴る。するとryoは痛そうに顔を歪め、空を睨みつける。


「痛ってえなこの野郎……!」


 Re-sports中にキャラが受けた痛みは、ゲームをしている時と同じくプレイヤーも感じてしまう。もちろん安全装置が働いているため大きな痛みは軽減されるが、斬られたり殴られたりする痛みと比べて、はたかれる痛みは減衰されづらいのでryoは本当に叩かれたかのような痛みを感じていた。

 痛覚を完全にオフにする機能もあるにはあるが、そうすると感覚的な操作が出来なくなり、反応が鈍くなってしまう。一瞬の油断が命取りになるRe-sportsにおいてそれは致命的だ。


「くそ、癪だが一旦距離を取るか……」


 怒りながらもryoは冷静だった。空の移動速度を見て接近戦は不利と判断し、一旦下がろうとする。


 しかし空はそれを許さず、ryoにぴったりくっつくようにして移動する。


「んな!? 付いてくんな!!」


 ryoは付いてくる空を引き剥がそうと右に左にフェイントをかけながら移動するが、空はフェイントに引っかかることなく、その動きにぴったりくっつき離れなかった。


「こいつ――――いい加減離れろッ!」


 叫びながら何度も剣を振るうが、驚異的な反射神経を持つ空はそれら全てを難なく躱す。

 柳に風、暖簾に腕押し。まるで煙や風などの実体のない物を斬っている感覚に陥る。

 何度も何度も空振りしたryoは、足を止め肩で息をする。いくら肉体は動いてないとはいえ、キャラを動かすのは実際に体を動かすのと同等かそれ以上に神経をすり減らすのだ。


 一方空はというと、けろりとした表情をしていた。彼は疲れた様子のryoを見て呆れたように口を開く。


「お前、ろくにリアオンをそんなプレイしてないな。wiki見て最低限やらなければいけないことだけしかやってないんだろ」

「……なんでそんなことが分かる」


「そんなもん動きを見ればすぐ分かるだろ。あんたのキャラは操作されてる感が強すぎるんだよ」


「操作されてる感? 何言ってるんだお前は」


 空の言葉が理解できず、ryoは眉を顰める。

 そんな彼を見て空はやれやれと首を振る。


「リアオンの世界にどっぷり浸かってる奴はあんたみたいな動きはしない。まるで本当にその世界で生きている生き物みたいに自然に動くんだ。あんたの動きはまるで操作されてるロボット。そんな動きじゃ俺や廃人連中には付いてこれない」

「……言わせておけば意味不明なことをペラペラと。真面目にプレイしてようがしてまいが、勝てばそれでいいだろうが!」

「もちろんそうさ。だがな、その程度のゲーム愛で俺に勝てると思うなよ」


 青井空は青春の全て、いや人生のほぼ全てをリアルワールド・オンラインに捧げた。普通に過ごしていれば得ていたかもしれない友人、恋人、思い出、それら全てを投げ捨て、ゲームに打ち込み続けた。


 その覚悟、情熱、そして『愛』は誰にも負けない自信があった。少なくとも目の前の流行りに乗っただけのエセゲーマーに負ける気は微塵もしなかった。


「お前程度の腕じゃ上位クランの下っ端にもなれないだろうよ。ファンに持ち上げられて勘違いしたな」


「言わせておけば調子に乗りやがって!」


 激昂したryoは再び空に斬りかかる。


 空はその攻撃を変な動きで躱した。まるでロボットダンスをしているかのような、カクカクした動き。ryoは何度も斬りかかるがその度空はカクカクと動き、躱す。


「なんだこの動き!? 気持ち悪い!!」

「おいおい無秩序歩法ルインズムーブも知らないのか? 初歩的なバグ技だぞ」


 リアオンには『キャンセル』と呼ばれているテクニックがある。

 その名の通りスキルの発動や現在の動きを途中で止めるテクニックなのだが、これがなかなか扱いが難しい技術で覚えるのを嫌がるプレイヤーが多い。


 キャンセルはその特性上、様々バグを生み出すことが多く、先ほど空が行った気持ち悪い動きもその代表的なひとつだ。


「少し動いてキャンセル、また動いてキャンセル……と繰り返すことでこんな風に普通のプレイじゃ出来ない動きを実現出来んだ。面白いだろ」


 そう言って得意げに空はカクカクしながらダンスを踊る。そのあまりにシュールな動きに観客たちも笑い出してしまう。


 しかしただ一人、対戦相手のryoだけは笑わず、むしろ苛立った顔をしていた。


「お前……ふざけてんのか? 遊んでんじゃねえぞ!」

「おいおい、お前こそふざけてんのか? 俺たちは今何をやってるんだ? ゲームだろ? ゲームってのは遊ぶもんだぜ?」


 空がバトルに役立たない無秩序歩法ルインズムーブを習得したのは、面白そうだったからだ。だから『真剣』に遊び、会得した。彼にとってゲームとは楽しいものだったから。どんな難しい技も笑顔で習得することが出来た。


「まあ、分かるぜ? ゲームで金を稼げるからって効率を求めるやつは多いからな。でもよ、そんなの俺からしたら不純だ。本気で楽しんでる俺らに、お前らみたいな金稼ぎの道具としかゲームを見てない奴に負けるかよ」

「……言わせておけば訳の分からないことをペラペラと……いい加減その口を閉じろ

!」

 ryoの刃が空に襲いかかる。

 空はその一撃を受けるでも、避けるでもなく、なぜか拳を構えて迎え撃つ。


「そんなに死にてえなら殺してやるよ!」


 剣と素手のリーチ差は今更説明するまでも無いだろう。いかにryoの剣がリーチが短めとはいえ、流石に素手では勝ち目がない。


 そもそもリアオンは武器を装備するのが前提のゲーム、格闘系の職業ジョブじゃない限り、素手ではマトモな火力は出ず、急所に当てて怯ませるのがやっと。


 だが空からしたらそれだけでよかった。


「くらえ必殺『伸びる腕ズームフィスト』!」


 なんと空がパンチを放つと、その腕がぐにょんと伸びた。そしてryoの剣が届くより早く彼の顔面に当たり、彼を怯ませる。


「んがっ!」


 手元が狂い剣がくうを斬る。

 腕が伸びるというまさかの現象に観客たちは興奮し、歓声が巻き起こる。


 バグ技『伸びる腕ズームフィスト』。腕が伸び切る直前に腕を引っ込めることで腕が一瞬伸びてしまうというバグ技だ。


 武器を持っていたら発動せず、拳を武器にする格闘系の職業ジョブでも使うことが出来ないので、バトルに役立つことはほとんど無い。だが、


「面白いだろ? 廃人おれはそれさえあればいい、それさえありゃあ覚えるために何百時間だって練習出来る」


 怯んだ隙に空はryoに接近する。

 既に距離は小太刀の間合いの中。気づいたryoは咄嗟に円盾バックラーを構えるが……もう遅い。 


 既に必殺の一撃は放たれていた。


「クイックスラッシュ!」


 視認出来ぬほど高速の剣閃が走り、ゾリ、という肉を断つ嫌な音が鳴る。熟練されたその一撃はryoの首を刹那の間に斬り裂いていた。


「なっ……!」


 相手がスキルを使ったと気づいた頃には、すでにryoの首は宙を舞っていた。完膚なきまでの敗北。言い訳すら浮かばない圧倒的な力量差を彼は感じた。


「く、そ……」


 空の使ったスキル『クイックスラッシュ』は、試合中にryoも使ったスキルだ。しかし空のそれはryoのものとは段違いの速さだった。


 腕を振る角度、強さ、タイミング。それらがピタリと噛み合った時、スキルは本来の強さを発揮する。ただ発動しただけではスキルの強さの半分も発揮出来ない。


 空はそのことをよく理解していた。


 彼はチン、と音を鳴らし小太刀を腰に収めると消えゆくryoに向かって口を開く。


「手に入れたスキルは千回素振りが基本だぜ。覚えとくんだな」


 かくして空のRe-sportsデビュー戦は、勝利に終わったのだった。

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