第44話 昆蟲大戦(その3)


 ◇◇◇



「……決死隊? あれほど信頼していた《黒門》で倒し切れないかもしれないってことですか?」


 フィンはキースに問い返す。彼から告げられたお願いとは、女王をここで確実に仕留め切るための別動隊──《決死隊》への参加要請だった。


 現時点で作戦は計画通り、いや、計画以上にうまく進んでいるようにさえ感じられる。蟲は未だ壁に到達してさえいないが、突進の勢いは消え、数を着実に減らしているのだから。


《黒門》を発動できさえすれば群れを殲滅できると豪語していた騎士団だからこそ、この状況でその様な要請が出てきたことにフィンは違和感を覚えた。



 つまり、何か想定外の事態が起きたということだろうか?




「まさか、ここにきて黒門が発動できなくなった……とか言うわけじゃないですよね?」



 フィンは少し頬を引き攣らせて尋ねる



「いえいえ、黒門の発動には問題ありませんよ。私が恐れているのはです。私はしばらく群れを観察していたんですが、は中々に賢く、用心深いようでしてね」


 キースはそこでふうと息を吐くと、決死隊編成の理由を説明した。



「群れがある程度減らされた時点で、《女王》が群れを置いて早々に離脱する……なんてことが起こり得るかもしれません。ここで彼女を逃した場合、黒門でいくら数を減らそうが、群れは数日と待たず元の規模に再生するでしょう。

 それに何度も同じ手が通用するとは思えません。警戒してこの街を避けられてしまえば、大陸全土に被害が及ぶ可能性さえ有り得ます」




「つまり、黒門の発動条件は、女王が完全に黒門の射程圏に収まってから……ということですか?」


 フィンの問いかけに、キースは首を振る



「いや、それは難しいかもしれません。そもそも、黒門の有効距離は文献によってバラつきがあるのです。それに第三大隊は接近戦では確かに強いですが、あの数が一斉に壁上に上がってくれば、街への侵入を完全に阻止できるという保障がありません。当初の計画通り、魔法障壁の消滅と同時に黒門を発動させます」




(そんな不確かなものをいきなり実戦で投入すること自体がそもそも危険だったんじゃ……)


 フィンは内心そう毒づくが、とは言えあの群れをまともに相手にする方法が他に思いつくわけではなかった。



「貴方達が帝国のために命を賭ける意味などないということは分かっています。ただ、ここ数日で見せていただいた貴方達の力は信頼できる。この状況でその力を遊ばせておくのは余りに惜しいのです。ご助力願えませんか」



 そう言ってキースは再度フィンに頭を下げる


 ややあって顔を上げた彼が見た付与術師の顔は、何故かであった。



「わかりました。乗り掛かった……いや、もう乗ってしまった船ですからね!!」



 目を丸くするキースに対し、フィンは快諾を表明する。



「断られても仕方ないと思っていましたが……何故そうも嬉しそうな顔を? 飛空艇で真っ先に離脱しようとしていたのは演技だったんでしょうか……本当に、貴方の考えている事がよくわかりません」



 フィンはギクリとするが、あの時はこれが《災厄》だという確信があった訳ではなく、数あるフリークエストの一つ程度としか捉えていなかったからである。


 この戦いが《災厄》関連のクエストであるとわかった以上、この周回で少しでも有用なスキルを増やしたいフィンにとっては、災厄の討伐報酬を騎士団に全て持っていかれるのは面白くない。自分達単独で災厄と対峙するよりも遥かに良い条件で戦う事ができるのだから、ある意味キースからの申し出は渡りに船と言っても過言ではなかった。



「こちらにも色々と計画があるんでね。それに先程の不思議な声によれば、女王を倒せば何やら報酬が貰えるそうじゃないですか。せっかくだから競争しません?」



 フィンはキースの勘ぐりを躱すように話を逸らす


 

「ははは、いいでしょう。私も先輩としての意地がありますから、負けませんよ? それともう一つ、申し出を呑んでいただいた後で恐縮ですが、女王についての追加情報です」



「へえ、何でしょうか?」



 キースは再び真顔に戻り、口を開いた


「女王と、その周りの数十体ほどは赤褐色の個体で、何やら異様な雰囲気を放っているので、遠目にもわかります。中でも女王と見られる個体は特に濃い気配を放っています。特徴さえわかれば識別は容易ですので覚えておいて下さい」


「赤褐色……ですか?」


 フィンは顎に手を当てて少し考える。蟻の女王レジーナアントは通常、群れの個体と同じく灰がかった土色をしている。赤褐色の個体……それではまるで……



「ええ、私も文献でしか知りませんがもしかすると彼女は……」



「なるほど、女王を含めた群れの一部は上位種ということでしょう。もしかしたら、俺はその種の魔物とやり合ったことがあるかもしれません。キースさん、すぐ全軍に蟲の死骸は必ずおくよう指示を出して下さい」



 フィンは少しピリリとした様子でキースにそう告げた



「直ぐに指示を出しましょう」



 その時、二人の会話に割り込むように伝令から報告が入る



『──副官殿!5枚目の障壁に亀裂の発生を確認しました!』



「わかりました。第一大隊を退がらせます。馬から降りている者はいませんね?」


『はい!副官殿の指示通り、乗馬したままに戦闘を継続しております』



「了解です。フィン君、そろそろ戦闘が動きそうです。ここにもどれだけ手勢が押し寄せるかわかりません。ご武運を」


 キースはそう告げて、戦況を把握するためにその場を離れていった。その背を見送った後、フィンは魔法障壁に阻まれながら重なり合い、蠢いている蟲達を見つめる。



「まさか……《同族喰い》か?」



 ポツリと呟いた彼が思い浮かべたのは、万の魔物が住まうと言われる異界の大迷宮だった。


 そこで生まれた魔物は基本的に魔物以外を口にしないため、必然的に純度の高い魔素を取り込んだ赤黒いオーラを常時纏うことになる。


 遠目に見ればキースが言うように、それらの体表が赤褐色であると認識してもおかしくはない。実際、ゲーム時代には同種の勘違いしていたプレイヤー達が沢山いたのだ。



「現状では判断しようがないか。とにかく、そろそろ俺もアップしておかないとな」



 フィンは一旦頭を切り替え、まずは万全の状態で蟲と対峙することに専念することにした。



 6層あった魔法障壁の5枚目が砕けたのは、その直後だった。



 ◇◇◇

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